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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第二章 

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17 古の神話

 スピカは語る。


「異世界から渡ってきた闇の魔物は、この世界を我が物にしようと人々を襲いました。


 世界に初めて戦いが起こり、闇の時代が幕を開けます。人々は英知を武器に魔物に挑み、討ち滅ぼしていきました。魔物たちは時空の移動によって消耗していたのです。それを好機とみた人々は、数多の犠牲と引き換えにさらに魔物を追い詰めます。


 その結果、大地は人々と魔物の血でどんどん穢れていきました。  


 六体の魔物を倒した頃、血を嫌った女神様たちが地上を去ってしまいました。天地のバランスを保っていた女神様がいなくなることで、世界はますます闇に呑まれ、荒廃していきます。精霊たちも次々死んでしまいました。


 人々はようやく気づきます。このまま魔物と戦って倒しても、世界に未来はありません。人々は女神様が残した数々の秘術を用いて、残り七体の魔物を世界各地に封印しました。こうして闇の時代は終わりました」


 ちらり、とスピカが流音の顔色を伺う。ついていけているよ、と流音が微笑むとスピカは安堵の息を吐いて続けた。


「世界が平和な楽園に戻ると誰もが信じていました。

 しかし戦いの味を知った人々は、今度は人間同士で争い始めてしまいます。女神様が地上に戻ることはありません。たくさんの国が興り、戦争によって消えていきます。戦乱の時代の到来です。


 やがて闇の時代が古の神話となった頃、ガリファロ帝国の初代皇帝が古の魔物の復活を解こうと試みました。皇帝は魔物を戦争の道具にするつもりだったのです。魔術師たちの家族を人質にとり、封印解除の儀式を強制しました」


「皇帝さん、ひどい……」


 いつの間にか流音は手に汗を握ってスピカの話に聞き入っていた。


「しかし、儀式の途中で異変が起こります。魔術師たちの目が赤くなり、自属性が闇に転じてしまいました。古の魔物が魔術師たちの魔力を闇に染め、自らの力として取り込もうとしたのです。

 やがて一人の赤目の魔術師が気を狂わせ、皇帝を殺してしまいます。以来、古の封印に近づく者はいなくなりました」


「皇帝さん、死んじゃった……自業自得だけど」


 そう思いつつもしょぼんとする流音。

 赤い目の魔術師という言葉で、初めて会ったとき、ユラの瞳が赤く光っていたことを思い出す。

 話の先を察しつつあった。


「ところが、年月が経つにつれ、魔物の封印に触れなくとも赤目の魔術師が現れるようになりました。それが闇巣食い。古の魔物に魅入られ、魔力機関を闇属性に支配されていく者たちです」


 スピカは童話のような語り口を止め、躊躇いがちに告げた。


「それでね……闇巣食いの魔術師さんはいろいろと大変なの」


 闇巣食いになると日に日に闇属性が強くなり、他の属性の魔術が使えなくなる。そうなると次は周囲の人間にも影響を及ぼし、闇巣食いはどんどん増殖していく。

 それは、力の根源である古の魔物が力を取り戻すことに等しい。


 闇巣食いが増えると、古の魔物が完全な状態で復活してしまうのだ。

 それは闇の時代の再来に他ならない。


 ゆえに人々は闇巣食いを忌み嫌い、阻害してきた。

 忌み嫌われた闇巣食いも世界を憎む。犯罪に手を染める者も少なくない。それがますます彼らのイメージを悪くしていく。


 話を聞いて、流音は俯いた。思っていたよりもずっと重い話だ。

 スピカは目に見えて慌てだした。


「で、でもね、闇巣食いの進行は人それぞれなの。他の魔術が使える状態なら人にうつることもないし、長時間一緒に過ごさなければ他の人にはうつらないし、進行を遅らせる方法もあるみたいなの、だからね……」

 

 スピカに頷きを返しつつも、流音はユラの過去を思って胸を痛めた。


 ユラはどんな思いで古の魔物を封印し直す魔術の研究をしているのだろう。

 家族と暮らしていないのも、ヴィヴィタ以外に友達がいないのも、町の中で暮らさず森に家を構えたのも、全部――。


 ユラもこの世界にとって〈不適合者〉みたいなものだ。救済される可能性がない分、もっと辛い立場にいる。


 流音には信じられなかった。どうしてユラが平然としていられるのか分からない。

 自分が同じ境遇だったらとても耐えられないだろう。


「ルゥ、ユラは大丈夫。ユラは強い」


 ヴィヴィタがきゅるるんとした瞳を流音に向ける。


「おいら、一回もユラが泣いてるところみたことない。自分のこと、全く気にしてない」


「そうなの?」


「そう。心配しなくても、ユラは負けない。だからルゥも気にしない方がいい。その方がユラも嬉しい」


 そう言われて、流音には少しだけユラの気持ちが想像できた。

 病気が原因でいじめられることも、可哀想だと同情されることも、みんなと違うのだと思い知らされて悲しかった。

 病気のことを理解し、普通に接してくれる人が一番ありがたい。


 ――自己満足かもしれないけど、でも……。


 自分がしてほしかったことして、してほしくなかったことをしない。

 きっとそれだけでいい。流音にはそれしかできない。

 

「うん、そうだね。わたしが落ち込んでも仕方ないもんね」


 沈んだ気持ちを呑み込んで、流音は微笑む。

 するとスピカもヴィヴィタもにっこりと笑った。


「ありがとう、ヴィーたん。スピカちゃんも」


 流音のやることは変わらない。

 目の前の問題を一つ一つ解決していくこと。


 魔力操作ができるようになること。

 キュリスのためにお金を稼ぐこと。

 そしてもう一つ追加で、ユラの研究を全力で応援すること。

 

 流音は躊躇わずにそう思えるようになった。


「よし。今できることはお金を稼ぐことかな」


 気合を入れて頬を叩く流音を見て、スピカはぎょっと目を丸くした。


「お、お金が欲しいの……?」


「うん。信じてもらえないかもしれないけど、実は――」


 流音はスピカにキュリスのことを話した。


 人間の服を着てみたいから、水薔薇を売ったお金で買ってきてほしい。


 精霊姫からの依頼内容に予想通り彼女は驚愕したが、話自体は信じてくれた。香油店で聞いたことまで話し終えると、スピカは感嘆のため息をついた。


「水薔薇のオイル、羨ましいの。女の子ならみんな一度は使ってみたいって憧れてるの」


「そうなんだ。やっぱり人気あるんだね。どうすれば売れるかな?」


 少女二人が揃ってむむむと唸り、ヴィヴィタは「んあ?」と首を傾げた。

 水薔薇オイルが本物だと証明して、みんなに手の届く値段で売る。たったそれだけのことなのにひどく実現が難しいことのように感じた。


「キュリスに本物ですって言ってもらって、わたしが直接欲しい人に売れればいいんだけど」


「っ! それなの!」


 スピカが手を叩いて立ち上がった。しかしすぐに恥ずかしそうに顔を隠して、椅子に座り直す。


「どうしたの?」


「良い考えを思いついたの。でも本当にできるか分からないから、一度お姉ちゃんとパパに確認してみるの」


 実現可能か分からないので、まだその方法は教えられないという。

 しかしスピカの顔を見ると、よほどの名案が浮かんだのだと分かった。


 スピカが当たり前のように協力してくれて、流音は自然に笑顔になる。と同時に心配だった。


「ありがとう、スピカちゃん。でもいいの? 協力してくれるのは嬉しいけど、香油店のおじさんみたいに、その……」


 この町には闇巣食いの関係者まで問答無用で嫌う人がいる。流音のそばにいたらスピカまで白い目で見られるかもしれない。


「平気なの。それに……お友達の役に立てたら、ウチも嬉しい……」


 頬を桃色に染めて恥らうスピカに、流音もつられて照れてしまった。

 流音に素敵なお友達がもう一人できた瞬間だった。




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