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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第二章 

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15 水薔薇の姫君

 リコーダーを吹いたら、精霊のお姫様が現れた。

 

 流音は緊張で全身を痺れさせながら、何とか名乗る。


「ルノンか。わらわのことはキュリスとお呼び。ほれ、近こうによれ」


 にこにこと手招きされ、流音は恐る恐るキュリスの横に座った。ふわりと水薔薇の華やかな香りを一層強く感じ、流音はぼうっと惚ける。


「礼を言うぞ。ごらん、水棲のものどもがつやつやしておるじゃろう。わらわも久しぶりに満たされ、新しい芽を増やせた。そなたの魔力のおかげじゃ」


 泉の精霊たちが流音にぺこりと頭を下げた。


 ――その魔力って、わたしが水に注入できなかった魔力のことだよね……?


 流音は俯く。礼を言われる筋合いがなかった。

 魔力が無駄にならなくて良かったけれど、素直に喜べない。

 

「浮かない顔じゃのう。わらわが怖いのかえ? 人の子など食わぬぞ」


「い、いいえ。違います。実は……」


 流音が事情を話すと、キュリスは高笑いした。


「そんなに笑わなくても……」


「ああ、すまぬ。てっきりわらわに願い事があるゆえ、魔力を捧げているのだと思っていたのじゃ。見当違いじゃったな。魔力を操る練習かえ」


 ほほほ、とキュリスは口元を隠してなおも笑う。

 一方流音は膝を抱えて顔を隠す。


「わたし、魔術の才能ないんだ……」


「そう落ち込むことはない。見たところ、そなたは別の世界の生まれじゃろう?」


「分かるんですか?」


 キュリスは頷く。


「まだこちらの世界に体が馴染んでおらぬのじゃ。そのうち上手くできるようになるじゃろう。そなたは無垢な輝きを宿す、いわば原石。人としても、女としても、術者としても、洗練されるのはこれからじゃ」


 その言葉に流音は顔を上げた。


「時間が経てばできるようになる?」


「努力を怠らなければ、報われるときは必ず来るものじゃ」


 キュリスは慈しむように流音の髪を撫でた。


「魔力の礼じゃ。綺麗な黒じゃのう、大事におし」


 すると、傷んでいた黒髪に潤いが甦っていく。触れるとさらさらのつやつやで、キュリスと同じ良い香りが漂う。キューティクルが息を吹き返した喜びで、流音は目を輝かせた。


「わぁ……何をしたんですか?」


「水薔薇のオイルじゃ。肌にもよいぞ。塗ってやろう」


「ふわわ、ありがとうございまふ……」


「ふむ。やみつきになる手触りじゃのう」


 頬をふにふにと揉まれても不思議と嫌悪感はなかった。むしろくすぐったくて笑ってしまう。


 それから流音はキュリスと打ち解け、いろいろと話をした。

 かしこまった喋り方が嫌いだと言うので敬語はやめた。


「あの闇の坊やと暮らしておるのかえ」


「坊や……ユラのこと?」


「わらわから見れば、そなたらなど赤子のようなものじゃ」


 見た目こそ二十歳くらいの若さだが、キュリスはもう二百年近くこの泉の縁で咲き続けているらしい。


「ルノンとあの坊やは番いかえ?」


「つがい……?」


「夫婦のことじゃ」


 流音は噴き出した。慌てて首を横に振る。


「違う! 絶対違う! わたしまだ十一歳だもん。それにユラとは五つも離れてるんだよ? あり得ないよ!」


 キュリスローザはからかうように目を細め、流音の頬をつついた。その指が先ほどより冷たく感じるのは自分の頬が熱いからだろうか、と考えて流音はますます焦る。


「五つくらい大した差ではないと思うがのう」


「う……でもね、十年二十年経てば普通かもしれないけど、今の歳だとおかしなことになるの。人間の世界だとそうなの」


 この世界に来て間もない頃は、もしもユラがそういう趣味の人だったらどうしようと身構えていたが、全くその心配はなかった。小さな女の子どころか女性そのもの、はたまた恋愛や人々との交流というものにユラはまるで興味を示さない。


 魔術の研究は一生懸命やっているが、それも楽しんでやっている感じはしない。一体ユラが何に幸せを見出しているのか、流音には皆目見当がつかなかった。


 キュリスはしばし考え、そうじゃな、と頷いた。


「あの坊や、二つ前の季節にふらっとこの森にやってきて、酒やら麦やらを置いていった。つまらん供物じゃったから、姿は現さなかったがのう。女心が何も分かっておらん」


 それは先住者へ引っ越しの挨拶らしい。そういうことはちゃんとするんだ、と流音は失礼なことを考えていた。

 ユラとヴィヴィタがこの森で暮らし始めたのはごく最近だ。一人と一匹の強い魔力に気圧されて、弱い精霊や魔物たちはびくびくしているらしい。今のところ直接の害はないので見逃してやっている、とキュリスは語り、流音は苦笑した。


 ――わたし、ユラのこと全然知らない……。


 町で聞いた『闇巣食い』という言葉など、気にはなっているものの結局尋ねられなかった。ユラの嫌われ方は異様だ。気軽に聞いてはいけない気がした。


「どうせなら衣が良かったわ。今の娘子はこのような服を着るのか。面白いのう」


 物珍しそうにキュリスは流音の服を摘まんだ。

 今日の流音の服装はチュニックにカーゴパンツという動きやすい格好だ。

 キュリスは人間の女性のファッションに強い興味があるようだった。


 彼女は基本的に泉そばから動けない。たまたま水を汲みに通りがかった旅人や、水薔薇を眺めに来る画家がやってくるが、大抵男性だ。しかも流音のような普段着とは程遠い格好でやってくる。

 そもそも人と間近で話すのも数十年ぶりだという。


「かわゆいのう。わらわも着てみたいのう」


「キュリスならきっと何でも素敵に着こなせそう」


 サイズさえ合えば喜んで貸す。

 しかし流音がキュリスと同じサイズになるにはまだ数年は必要だった。バストに関して言えば、追いつける気がしない。


「お金さえあれば……」


 ぎりり、と流音は奥歯を噛みしめる。

 キュリスには古着ではなく、新品のドレスやワンピースを着せてあげたい。


「お金……人の世にはそんなものもあったのう。ルノンや、今の人間はどうやってお金を手に入れておるのじゃ?」


「えっと、みんなの役に立つお仕事をしたり、商品を作って売ったり、芸を披露したり……」


 キュリスは甘えるような瞳で流音に訴えた。


「ならば、ルノン。頼みがある。わらわの水薔薇を売ってきておくれ」


「え!?」

 

「これでは値はつかんかのう?」


 流音は咲き誇る薔薇を見やる。

 見事な花だ。花屋に置いてあれば、客はみんな感嘆のため息を漏らすだろう。

 水薔薇の流通価格は知らないものの、素敵な値が付く予感がする。


「でも、お花を摘んでしまってもいいの?」


「少しならば構わぬ。ルノンのおかげで今年はたくさん芽がついておるからのう。ああ、しかし水薔薇は繊細な花じゃ。人の手に渡ると数日で枯れてしまう」


「そ、そうなの?」


 もし売れなくて全部枯らしてしまったら。

 そんなことを想像してしまい、流音は怯んだ。


「ちょっと待ってて、キュリス。わたし、調べてみる。どうすればお金が稼げるか」


 考えなしに摘んだら何も残らないかもしれない。慎重に事を運ぶ必要があると流音は感じた。


「うむ。頼んだぞ。わらわは眠っておることが多い。会いたいときは泉であの不思議な笛を吹いておくれ」

 

 キュリスと別れ、流音は家に戻る。


 ――うーん、先に注文をもらってから届けるとか……生花じゃなくてフリーズドライにするとか? 


 それで高貴なキュリスに似合う服を買えるくらい稼げるだろうか。

 流音は泉に行った当初の目的をすっかり忘れていた。魔力の修業の失敗を忘れ、今はお金を稼ぐ方法で頭の中がいっぱいだった。


「ルゥ、おかえり!」


「わわ、ヴぃーたん!?」


 家に入った瞬間、ヴィヴィタが胸に飛び込んできた。


「帰ってこないから迎えに行こうとしたところ! 心配し……はわぁあ、良い匂い……」


 流音の腕の中でヴィヴィタがうっとりと目を細め、脱力した。


「本当です。これは……水薔薇?」


 ユラが流音の頬に顔を近づけた。綺麗な顔が触れそうなくらい迫る。


「やっ」


「……すみません」


 流音が思わずのけ反ると、ユラが珍しく本当に申し訳なさそうに眉尻を下げた。


 ――あ、あれ……傷つけちゃったのかな。


 胸がきゅうっと痛み出し、流音はユラから顔を背けた。


「ううん。び、びっくりしただけ、だもん……」


 流音は深呼吸を繰り返し、なんとか平静を取り戻す。

 そして泉でキュリスローザに会ったことを告げた。


「精霊姫ですか。それは珍しい体験をしましたね」


「ユラは会ったことないんだよね?」


「はい。彼女は気位の高い精霊だと聞いています。簡単に人間の前に出てきません。それどころか施しまで受けるなんてすごいことです」


 貴重な体験をしたことはもちろんだが、素敵なお友達ができて流音は嬉しかった。憂鬱な気分はすっかり晴れている。

 

「良かった。ルゥが元気になって」


「ごめんね、ヴィーたん。心配かけて」


「髪もつやつやで綺麗!」


 離れようとしないヴィヴィタを撫でたとき、流音は閃いた。


 ――そうだ。別に花じゃなくてもいいんだ。


 水薔薇オイルなら生花よりも長持ちするだろうし、美容効果は身をもって体験した。これなら売れるかもしれない。


「ユラ、本当にしばらく特訓休んでいいの?」


「はい、構いません」


 魔力のことはユラが何とかしてくれるはずだ。

 今は友達のため、できることを一つずつ頑張ろう。




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