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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第二章 

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12 高まる女子力

 この世界へやってきて一週間が経った。

 流音はチクチクと裁縫をしながら切実な思いで呟く。


「お金が欲しい……」

 

 この世界に来て、自分が今までどれだけ恵まれた生活をしていたか思い知る流音だった。






 事は初めて町に行った日までさかのぼる。

 町役場で手続きをし、ユラと転空者のことを話し、ついに当初の目的である買い物をするため、商店街へ向かっているときのこと。


「ルノン、着替えの他に欲しいものはありますか?」

 

 流音は思いつくまま口にした。

 

「えっと……歩きやすい靴、歯ブラシセット、お風呂セット、カーテン、机、大きめの鏡、あとは――」


「待ってください」


 流音が首を傾げてじっと見上げると、ユラの目が泳いだ。もしかしたら動揺しているのかもしれない。


「先に言っておくべきでした。ぜいたくは敵です」


「……貧乏なの?」


「……否定はしません」


 ぜいたくを言ったつもりはないだけにショックだった。

 流音はがっかりしてため息を吐く。


「ユラはすごい魔術師だって聞いたのに……」


「魔術の研究には莫大な費用がかかるんです。論文を提出して国や企業が買い取ってくれれば十分回収できる出費ですが、それまでは節約の時です。生活費が倍になりましたからね」


 しみじみと頷くユラ。


「じゃあ本から減らすべき。ユラは書店に行くと見境ない。今日もたくさん買った!」


 書店で購入した荷物を運んで戻ってきたヴィヴィタの証言である。


「……ねぇ、もしかしてわたしの物を買う予定のお金も使ったの? ねぇ」

 

 軽蔑の視線を送ると、ユラは歩調を早めた。

 認めたも同然だ。


「とりあえず着替えを優先的に買いましょう。あとのものは残金と相談です」

 

 それに異存はなかった。

 流音は駆け足でユラの後を追う。


「あ……素敵」


 あるショーウィンドウの前で流音は立ち止まる。

 マネキンが白いワンピースを着ていた。

 避暑地でお嬢様が着ているような上品で可愛らしいデザイン。襟元や袖口にレースがあしらってあり、腰回りにピンクのリボンが施されている。


「いいなぁ……」


「きっとルゥに似合う! 可愛い!」


「ありがとう。ヴィーたん」


 可愛すぎて向こうの世界ではとても着られない。でも、この世界なら。


 流音がついてきていないことに気づき、ユラが戻ってきた。そして流音の心を奪ったものの値札を見て、若干眉間にしわを寄せる。


「きみは俺の話を聞いていましたか?」


「ぜいたくは敵なんでしょ。分かってるもん。見てるだけ」


「ならいいですけど。……忠告しておきます。きみは成長期です。こんな高価な服を買っても、すぐにサイズが合わなくなります。大体こんな服、どこに着ていくんです?」


 理解もデリカシーもない発言に流音は腹の底からムカついた。


 ――夢くらい見させてくれたっていいのに。ユラには絶対恋人できないだろうな。女の子の気持ち、全然分かってない……。


 結局、服は古着屋で買った。


 ユラの行きつけらしい。せっかく綺麗な容姿をしているのに、ユラはおしゃれには興味がないようだった。

 いや、端正な顔立ちのせいで、くたびれたシャツでもダボダボのスラックスでも、ユラが着ると様になって見える。そのせいで適当になっているのかもしれない。


 ――もう少し身だしなみに気をつければ、王子様みたいになるのに。


 流音の中でユラは「もったいない美形」の地位を築きつつあった。


 残念なユラのことはともかく、今は自分の服だ。

 きちんとした店だったので商品自体に問題はない。むしろユラが辟易するくらい時間をかけて厳選して買ったので満足はしている。

 ……しているけれど。

 もう少しちゃんとオシャレしたい。それが流音の本音だった。






「できた」


 流音はこの一週間の成果を広げ、屋根裏部屋の窓枠に引っ掛ける。

 丈も遮光性もバッチリのお手製カーテンだ。

 花柄、ストライプ、レース、水玉を組み合わせている。


 古着屋の処分ワゴンに積まれていた服をつぎはぎし、何枚も重ねて縫い合わせた。

 この家にはミシンがないので、全て流音の手縫いである。縫い目は少し歪んでいるけど派手な柄のおかげで気にならない。

 元の世界から持ってきた裁縫箱はかなり重宝している。


「うん……なかなかの出来」


 これで朝日の暴力で目を覚まさなくても済む。部屋もこころなしか華やかになった。


 あとでヴィヴィタに見てもらおう。そう決めて流音は一階に降りた。

 

 まだ日暮れ前だったが、流音は夕飯の支度を始める。

 慣れない作業ばかりで時間がかかるのだ。

 これまた古着を大胆にリメイクして作ったエプロンを着用する。


「えっと、今日は玉子のリゾットとピンク大根のステーキにしよう」


 流音はノートを取り出す。日本語で分かりやすく書き写したレシピである。


 ユラが先日書店で買った料理本『魔王でもできる簡単節約レシピ』は、タイトルの奇抜さとは裏腹に良い本だった。包丁の使い方や調味料の量り方まで丁寧に書いてある。しかも翻訳の魔術がかかっているため、流音でも読むことができた。


 ユラは服にかけるお金は切りつめるクセに、本への出費は惜しまない。料理本もそうだが、他にも流音のためにこの世界の案内本や魔術の教本をいくつか買ってくれていたので、怒りはだいぶ収まった。

 流音も読書は好きだ。


「よし、綺麗に卵割れた……」


 この一週間、流音が料理を作っている。

 ユラの料理は死ぬほど不味い。外食はお金がかかりすぎる。人間は食べないと死ぬ。

 よって健全な食生活を望むなら、流音が用意するしかなかったのである。

 

 ――大丈夫。今日こそ美味しい料理を作るんだ……。


 今日まで失敗の連続だった。

 レシピで手順を確認している間に食材を焦がしたり、調味料の単位を間違えたり、火が通ってなかったり、散々だった。

 包丁で指を切ったし、鍋に触って火傷もしたし、皿も割ってしまった。


 あらゆるドジは踏みつくした。

 今度こそ、と流音は集中を高める。


 ちなみにこの世界の調理台のコンロは、魔沃石という魔力の結晶を動力に炎を起こしている。この火加減の調整も難しい。


「良い匂いがします。今日は成功の予感です」


 完成直前、ユラが研究室からダイニングの方へ移ってきた。味覚や人の心の機微には疎いくせに匂いには敏感な男である。


「美味そう! おいらも食べたい!」


「うん。もちろんヴィーたんの分もあるよ」


 お皿に盛りつけ、机に運ぶ。

 流音の中では会心の出来だった。


「いただきます」


「いただきます!」


 流音は固唾を飲んで一人と一匹の反応を伺う。


「美味い! この味好き!」

 

 ヴィヴィタはドラゴンだけど、味をつけた食事も好んでいる。味覚も人に近い。

 リゾットのお皿に顔を埋め、がつがつ食べ進むヴィヴィタを見て流音はほっとした。


 問題はユラだ。

 流音は半ば睨むように彼の手元を凝視していた。


 ユラはピンク大根のステーキをナイフで切り分け、口に運ぶ。

 そして目を閉じ、ゆっくりと咀嚼した。


「……美味しいです。ここ最近食べたものの中で一番です。ルノンはすごいですね」


 ユラはお世辞なんて言わない。

 だからこそ嬉しかった。


 流音は自分の腕をこっそりつねる。ちょっと褒められたくらいで喜ぶなんて子どもっぽい。絶対見られたくなかった。


 ――調味料もしっかり量ったし、焼き加減もバッチリだし、ちゃんと味見もした。美味しくて当たり前だもん。


 それでもやっぱり嬉しくて、流音は根負けして頬を緩めた。


「えへへ。リゾットはおかわりもあるよ」


 すっかりこの生活に馴染み、笑顔が増え始めている流音だった。





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