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【書籍化】リトル・オニキスの初恋  作者: 緑名紺
第二章 

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11 もう一人の〈不適合者〉

 彼がくしゃりと顔を歪めて笑う。


「――神様に嫌われてるんだよ」


 流音は、はっと目を覚ました。

 冷や汗が背中を伝い、心臓がどくどくと脈打つ。


 ――すごく、懐かしい夢を見ちゃった。


 ずっと忘れていた彼の顔を劇的に思い出し、流音はゆっくりと息を吐く。胸の鼓動を落ち着かせたかった。


 ――かおるくん、今どうしてるのかなぁ?






 もう五年以上前のこと。


 小学校入学と同時に流音は祖父母に預けられた。

 母の職場復帰と流音の療養のためだ。


 祖父母の家は山間ののどかな村にあった。母と離れ離れになるのは寂しかったが、流音は祖父母のことも木の匂いがする古い家も大好きで、村での生活にもすぐに慣れた。


 しかし、順風満帆とはいかなかった。


「おばあちゃん、声が聞こえる」

 

 流音は声の主を探して、家中の押し入れや棚の戸を開けて回った。しかし誰も見つからない。

 村に来てから不思議な出来事を度々目撃した。


 小人が歩いていた、黒い影が白い影を呑み込んでいた、晴れているのに雨音がする……。


 それを報告する度に祖父母は眉をひそめる。次第に家の空気が重く冷たいものになっていった。

 幼い流音は戸惑うばかりだったが、周囲の人間はそれ以上の心労を抱えていたと思う。


 小学一年生の夏休み、流音は祖母に連れられ、隣の村の古寺を訪れた。


 そこでは様々な年齢層の人が集まり、座禅や祈祷をしていた。流音と同じ年頃の子どももかなりいる。

 大人たちは和服の男性にしきりに頭を下げ、封筒や小包を渡していた。熱心な人ほど奥の間へ通され、お札や数珠を身に着けて戻ってくる。


 後で知ったことだが、その古寺には有名な霊能力者がいた。悪霊に憑りつかれた人々を救ったり、霊能力を目覚めさせる訓練をしたり、幸運が訪れるようにお祈りしたり、そういうお仕事をしているらしかった。


 祖母が寺の人間と話している間、流音は境内を散策した。

 良いところに連れて行くと言っていたのに、全然楽しくない。つまらない。


 木の幹に残っていたセミの抜け殻をぼうっと見上げていると、後ろから手が伸びてきた。

 ふと振り返ると、にこにこと人懐っこい笑みを浮かべた少年が立っている。流音より二つか三つくらい年上で、髪を金色に染めていた。

 彼は終始笑顔のままセミの抜け殻を手に取り、地面に落としてぐちゃぐちゃに踏みつけた。


 流音はびっくりしてしまい、口を小さく開けて少年を見つめた。


「くくっ、可愛いね、きみ。名前は?」


 流音がおっかなびっくり答えると、少年は薫と名乗った。


「女みたいであんまり好きじゃない」


 薫はそう言っていたが、他に呼びようもないので流音は「薫くん」と呼んだ。


 その日から夏休みの間、流音はよく古寺に連れて行かれ、その度に薫に会った。


 薫はいかにも優しそうな見た目なのに、中身はやんちゃで乱暴だった。

 流音は無理矢理木登りをさせられたり、裏山の墓地に置き去りにされたり、クワガタを背中に入れられたり、たくさん意地悪をされた。

 それでも会えば一緒に遊んだ。薫のそばにいる間は、なぜか体調が落ち着くのだ。


「流音、つり橋効果って知ってる?」


「? しらない」


「一緒に怖い思いをした人のことを好きになっちゃうんだって」


「本当?」


「どうかな。流音は俺のこと好き?」


「うーんとね……キライじゃないよ」


 ふははっ、と薫は噴き出した。


「効果うっすいなぁ。まぁあれだけやって嫌われてないだけすごいか。実はね、人間って怖い思いをすると、いろいろ勘違いしちゃうバカなんだよ。ストックホルム症候群っていうのもあってさ――」


 薫は物知りで、いろいろなことを知っていた。その知識を幼い流音にも分かるように説明してくれた。

 しかし、一つだけどうしても詳しく教えてくれないことがあった。


「薫くんはどうしてここに来たの?」


 薫は遠い町の人間で、夏休み中だけこの古寺に預けられているらしかった。親が会いに来ている様子はない。


「俺が本物だから。ここにいる偽物どもに何かができるとは思えないんだけどな」


「ホンモノ? ニセモノ?」


「ああ。流音は本物だね。俺よりはだいぶマシみたいだけど」


「うん?」


「俺たち、この世界の神様に嫌われてるんだよ」


 その言葉に流音は慌てた。


「ど、どうして? わたし、何か悪いことしてる?」


「さぁ? 何も悪くないと思うよ。でも嫌われてしまうものはしょうがないさ。そのうち流音にも分かるといいな」

 

 薫は不安がる流音の頭を優しく撫でた。

 何のことかさっぱり分からなくて、もやもやしたものが流音の胸に残った。


 夏休みの終わり、流音は薫宛に手紙を持って古寺に行った。

 お別れの日だ。せっかく友達になれたのに会えなくなるのが嫌だった。元の町に戻ってから返事をくれるように手紙に住所が書いてある。祖父母の家にはパソコンも携帯電話もなかった。


 結局、手紙は渡せなかった。


 流音が古寺に着いたとき、田舎に不似合いなスーツを着た男性が薫を見下ろしていた。対する薫もいつもの笑顔が嘘のように怖い顔だ。


「ここでも治らなかったのか。金の無駄だったな」


「何度も言ってるだろ! 俺は病気じゃない! どこも悪くない! 誰にもどうにもできないんだよ!」


 薫が噛みつくような言葉を放ったとき、彼を中心に強い波が広がった。

 土埃が舞い、周りの木々が大きく軋んで枝葉を揺らす。夏とは思えないほど、周囲の温度が一気に下がっていった。

 風はなく、地震の類でもない。

 周りにいた人々が慄き、ざわめきが起こる。


 ――世界がびっくりしてる。


 流音の体から血の気が引いた。

 薫から溢れる波のせいで世界が悲鳴を上げている。

 この世界に薫の力は強すぎるのだ。本能的にそう感じた。


 ふらり、と流音の体がよろめく。

 波の衝撃をまともに受けてしまった。その圧倒的な力に恐怖を覚える。


「化け物め。……次の受け入れ先は決まっている。居場所を用意してもらえるだけありがたいと思え」


 男性の冷たい言葉に薫は震え、悔しそうに顔をしかめた。


 流音が声をかける間もなく、薫は男性に着いて去って行った。

 それ以来、二度と会うことはなかった。

 古寺の人に聞いても居場所を教えてもらえなかったし、祖母にはもう忘れなさいと言われた。



 薫に会えなくなってからも流音は一年くらい古寺に足を運んだが、ちっとも楽しくなくて次第に駄々をこねるようになった。変な匂いのお香を焚いた部屋で、和服の男の唱えるお経をじっと聞くのは退屈で嫌悪感があった。


 それでも祖母が連れて行こうとするので、流音は母に電話した。古寺のことは絶対に母に話してはいけないと祖父母にきつく言われていたが、とにかくもう嫌だった。


 母は今まで見たことないくらい激怒した。

 流音を祖父母の家から連れ戻すほどで、転校することになってしまった。母の手を煩わせてしまったことになんとなく罪悪感を覚える。


 後日、古寺がニュース番組で取り上げられていた。

 何が起こったのかはよく分からなかったものの、流音と薫を繋ぐものが何一つなくなったことだけは理解した。


 



 薫のことを夢に見たのは、ペルネに救済の話を聞いたからだろう。


 ――薫くんも〈不適合者〉だったのかな。


 多分そうだ。 

 世界に適合できず、世界を害する者。


 急に薫のことが心配になった。

 あの父親らしき冷たい男の元にいて大丈夫だろうか。

 不思議な力で自分や周りを傷つけていないだろうか。


 元の世界に戻ったら薫のことを探してみよう。

 自分と世界の関係をどこまで知っているのか聞いてみたい。もしも力を持て余して困っているのなら、何か力になれるかもしれない。


 ――ううん。絶対力になれるように、こっちにいる間にしっかり勉強しよう。


 このタイミングで薫のことを思い出したのも、何か縁があるのかもしれない。

 流音は胸に誓った。


 ――薫くんだったら生まれた世界と本来の世界、どちらを選ぶかな……?

 

 ふとそんなことを考えてしまい、胸が苦しくなった。



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