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インモータルズ  作者: kojima
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1.ゲーム開始

例え時代が移りゆく中でも人の娯楽などに変化は起きない。


ファッションに音楽それに演劇、これらは何世紀に渡ってカタチは変わっていったものの趣旨は同じだ。


誰もが求めるモノは快楽に過ぎない。


どんなに進歩したとしてもヒトはそう変わらない生き物である。


そして余暇における娯楽活動は多種多様に分かれ人々は自由な時間を享受している。


娯楽により人々が生き甲斐や意義を余暇に見い出している事実は変えることは出来ないのだ。



1年前、出雲いずも 豹牙ひょうがは20歳の誕生日の前日に窃盗の罪で青年刑務所ドムス・アウレアへ送られた。


真っ白なコンクリートで覆われた刑務所の中で誕生日を迎える羽目になったのは自分が不幸であるから、そう考えると苛立ちは高まる。


懲役5年と判決を下された時に漸く事の重大さに気付かされたが、彼には遅く残酷だった。


囚人達は習慣通りにチャコールグレーのウェットスーツのような制服を身に纏い、夜の9時に行われる看守の“夜会”のため集会場へと向かう。


いつもとは雰囲気が異なりライトアップされた舞台に無数のカメラが構え、青年刑務所を囲むように観客達が見守っているのが画面を通してわかる。


ここには15歳から26歳までの罪を犯した青少年らが収監されており、豹牙はミニアーオフェンダー(小罪)と呼ばれるグループに区分されていた。


ガラス張りの牢獄に閉じ込められた男女21人が役人らに運ばれながら集会場に姿を表すと一瞬にしてその場がざわつき始める。


彼等は殺人罪に問われたデッドリーオフェンダー(大罪)の人間だ。


その内の1人ジェフリー・ガルバという男と目があった気がした豹牙は一瞬心臓を握られたような感覚になる。瞳孔が開ききったあのダークな目は人殺しを示しており、過去に34人もの男女問わず殺してきた男だった。


クリーナーと呼ばれる仕事をしていたそうだが、無関係な人間をも生欲を満たすために殺したという噂がある。


最高級のオフェンダーが集会場に姿を表すことは滅多にないもので、誰もが嫌な予感に蝕まれる。


「おいおい今日はマーディスターから報告があるらしいぞ、こりゃやばいぞ」


同じく青年刑務所に収監されたリトル・Dとは豹牙の唯一の友人でありここの情報通だ。


黒人の血が流れている彼はあるギャング団に入っていたが怖気付きここに逃げてきたと言っていた。


「デッドリーオフェンダーもここに居るし、何かマズイことが起きたんじゃ?」


ニヤつく豹牙だったが、青年刑務所のイベンテンターであるマーディスターがマイクを握りしめると多くのカメラが彼の姿を捉える。


『紳士と淑女の皆様、画面の前にお集まり下さい!えぇ、今宵は重要な発表がございます』


シルバーに染められた髪をオールバックにし蝶ネクタイを弄りながらカメラに笑顔を向ける。


『ここに集った総勢700名のオフェンダーから12名をこのクジで選出していきます』


大きな箱をチラつかせるマーディスターは手を突っ込む。するとリトル・Dは急に震え始め豹牙の肩にしがみ付いた。


「クソ!選ばれねぇことを祈るしかねぇな!」


胸で十字をきるリトル・Dを他所にマーディスターはひとつのボールを手に持つと、カメラに向けた。


『1人目に選ばれたのは何とNO,302259!』その言葉に遠くに立っていた少女のウエットスーツがホワイトに色変わりする。


『さぁ、こっちへ』


マーディスターにエスコートされながらその少女は舞台の上に立つと不敵に笑っていた。


『所属と名前を教えてください』マーディスターは少女にマイクを渡し微笑む。


『ミニアーオフェンダーのセリーナ・ギルバートです』


ハスキーな低い声に豹牙はドキリとしていた。


華奢で成長期と言える彼女は女性らしさを感じないものの顔は大人びており、恐らく長い栗色の髪が自慢なのであろう。ずっと弄っていた。


「なぁ、一体何が始まったんだ?」


豹牙の問いにリトル・Dはこっそりと耳打ちする。


「聞いたことないか?インモータルズって」


「聞いたことないな…」


「お前少しはテレビ観ろよな!」


そうこうしている内に次の選出者が発表される。


『では続いてもう1人は…NO,208291!』


次に選ばれたのはブラウンヘアの美青年であった。セリーナの隣りに並ぶ彼はモデルそのものだつた。


『同じくミニアーオフェンダーのエドワード・シーモアです』


その言葉に女性受刑者達は黄色い声を上げており、自分も選ばれることを祈り始める。


次から次へと選ばれ残り3人となった時、マーディスターが握ったボールにリトル・Dは思わず悲鳴を上げた。


豹牙のスーツが白く光り始めたからだ。


『NO,7755053!』


番号を呼ばれた豹牙はリトル・Dに助けを求めるも彼はただ首を横に振り目を合わそうとはしなかった。


『前へと来なさい』


マーディスターに促されながら豹牙は舞台に向かう中、マーディスター達は何やら相談し始めていた。


「何故番号を言う前にスーツが光った?」マーディスターの問いにスタッフ達も戸惑っていた。


「何か問題が?」


豹牙が尋ねるとマーディスターは苦笑しながらも何もないと答え彼の肩に手を置く。


『不安がることはない、インモータルズは公平的だぞ』そう話すマーディスターに観客達は笑い声を上げる。


『さぁ所属名と名前を』


『ミニアーオフェンダー…出雲豹牙です』


『これはこれはまたもやミニアーオフェンダー!』10人目のインモータルズが選ばれた時点で全員がミニアーの所属であったことがマーディスター等の困惑を招いていた。


しかしマーディスターは気を取り直し拍手を送ると再び進行を始める。


『ではこれからは少しやり方を変えてみましょうか』そう話すマーディスターはまた別の箱を手に持ちその中へと手を突っ込んでいく。


『これはデッドリーオフェンダーの番号のみ書かれたボールです、さぁ次の番号は…NO,1002!』


ガラス張りの牢獄にいた21人の中の1人が光り出し、そこにいた誰もが息を呑み同時に観客達の歓声が上がる。


『何と…あのジェフリー・ガルバです!』


その言葉に並んでいた選出者達は身震いを覚える。


続いてデッドリーオフェンダーから女が選ばれる中、豹牙はジェフリーの目に囚われ恐怖心を呼び覚まされたようだった。


『これで全員選出されました!選手達はこれから控え室へ向かいますがカメラが彼等をずっと捉えておりますので皆様ご安心を』


笑みを浮かべるマーディスターに観客達は拍手喝采だった。


少しの間、仲間達に最後の挨拶をする時間を与えられそれぞれ散らばっていく。


豹牙の元にリトル・Dが駆け寄ってくると自分が選ばれなかった幸運を見せつけるように笑ったいた。


「お前もこれで有名人になるな!」


「それよりこれから一体何が始まるって言うんだ?」


「お前本当に何も知らないんだな…」


目を出すほど驚くリトル・Dに豹牙は不服そうに顔を俯く。


「仕方がないだろう?家にテレビなんか置けるほど裕福じゃなかったんだ」


「インモータルズって言うのはな、謂わば殺し合いだ。誰か1人が生き残るゲーム」肩を竦め説明するリトル・Dに豹牙は顔を青ざめていく。


「冗談じゃない!あの中にジェフリー・ガルバがいるんだぞ!」


「だがもし生き残れたら無罪放免、お前の罪も帳消しになるって有難い話だぜ?」


「そんな事…死んだら意味がない…」


死刑宣告をされたような表情になる豹牙は辺りを見渡しセリーナやエドワード達に目を向けるが彼等は余裕を見せていた。


すると時間切れの合図が鳴り響き選手達は控え室へと向かっていく。


「いいか、棄権なんか考えるんじゃない。そんな事をしちまったら寿命が縮まるだけだ。俺の情報によるとだが」


リトル・Dの助言を豹牙は最後に聞き彼等の後に続いた。





控え室へ向かう一行からは妙な空気感が漂う。


何の前触れもなく殺し合いが始まるのだ。


エレベーターで地下深くまで降りていくとそこは鋼鉄でできた清潔な大部屋だった。


「今日はここでゆっくり休んでくれ、ただカメラはそこら中に設置されているとだけ言っておく」


監視役の男が案内を終え説明を施す。


「そのカメラって1日中回しているの?」


小柄なブロンドの少女ケイトリンが尋ねると監視役は静かに頷いた。


「君らにスポンサーが付く可能性がある、それは好かれたらの話。どう好かれるかは君ら次第」そう告げると監視役はそそくさと去っていく。


妙な8人だけが部屋に残されると美青年のエドワードは部屋を捜索し始めた。


「部屋は12人分あるみたいだ、自分達の番号を押せば入れるシステムらしい」


「最小限のプライバシーは守られるようね」


甲高い声のケイトリンは安堵の息を漏らす。


「それより自己紹介でもしません?こうやって選ばれたのも何かの縁だと思うし」


懐っこい笑顔を見せるブロンドの青年ハリーの提案にステンレスのテーブルを囲むようにソファーに着く。


すると人を感知したのかテーブルから優しげな炎が上がり部屋が暖かくなる。


「こりゃあいい、牢屋の中よりも満喫できそうだ」


ハリーの顔は一層明るくなる中、ジェフリー・ガルバだけは不服そうだった。


「これから殺すっていうのに自己紹介なんか必要あんのか?今ここでその細っこい首をへし折ってやっても敵わない、出来るなら今すぐその首を絞めてやりてぇ」


欲望を思い出すかのように笑みを浮かべるジェフリーを隣りで哀れだと言わんばかりにセリーナは見つめていた。


「そういう強く逞しい男って堪らないけど、もしルールを破れば特にアンタは速攻処刑台に立たされる。その欲望を満たす前に」


目の前に置かれたチーズを頬張りながら話すセリーナに豹牙は首を傾げる。


「このルールというか、ゲーム自体理解していないんだ。ただ殺し合うゲームなのか?」


「驚いた、貴方このゲームを全く知らないの?」ケイトリンのまん丸とした眼差しに豹牙はしどろもどろとなる。


「家が貧しくて疎いんだ…」気まずそうに俯く豹牙に少女は微笑んで見せる。


「貴方みたいな人がまだ居たなんて世の中捨てたものでもないわね」ホッとするように胸を撫で下ろすケイトリンに豹牙は胸が高鳴る感覚に陥った。


「1年に1回受刑者を選び1人ずつ公開処刑を行うのがこのゲームの狙いね。処刑って言ってもパフォーマンス染みたやり方だけど」


ケイトリンの説明にエドワードは付け足す。


「所謂サバイバルゲームだ。1日に1度ゲームが行われるがその内容は様々でその日にならなければ内容を知ることが出来ない」


「貴方のイギリス訛りって素敵」


猫が喉を鳴らす声でセリーナはエドワードの正体を探ろうとするもそれに察した彼は笑みを浮かべたもののそれ以上口を開くことはなかった。


「ねぇ、私も貴方の意見に賛成だわ。全員の生い立ちを知るのはメリットに繋がるかも」そう話すケイトリンにデッドリーオフェンダーから選ばれた女が口を開く。


「別にアンタを知ったところで勝ち目があるのは殺しを知っている人間だけだ」ふくよかな女ナイッサはムスっとした表情が特徴でニキビ面が酷かった。


「サバイバルには向いてる体型とは言え難い」


ハリーの嫌味にナイッサは立ち上がり殴りかかろうとするもスーツウェアが引き締まり痛みからのたうち回り始めた。


「監視役はしっかりと仕事をしているようだ」


ハリーは部屋を見渡しカメラを探り笑顔を見せ、テーブルに置いてあるタブレットを丁寧に扱う。タブレットに移るのは色々な場所から映し出される自分達の姿にハリーは感銘していた。


「じゃあ私から話すわ。ミニアーオフェンダーから選ばれたケイトリン・マツバ、19歳。どこまで話せばいいかしら?」


「どんな罪を犯してムショに入れられたかはどう?」ハリーは顔を見入るようにケイトリンに近づく。


「そうね…、私は転売して捕まったの。シャネルやルイヴィトンの顧客ってところね」


長いブロンドヘアをかき上げるケイトリンに魅入ってしまっていた豹牙はふと彼女と目が合い、ケイトリンは優しく微笑んだ。


「それじゃ次は君」ハリーの声に豹牙は顔を上げる。


「同じくミニアーオフェンダーの出雲豹牙、20歳で窃盗罪で拘留されている」


「へぇ生粋の日本人なんてまだこの世に居たんだ」


悪気のないハリーだったが豹牙は気に食わなそうに顔を顰める。


「一体何を盗んだか気になるけど、私そろそろ部屋へ行こうかな…。誰か一緒に来る?」


セリーナはジェフリーを誘うように見つめていたものの彼は鼻を鳴らす。


「女は好みじゃねぇな」ニヤついた笑みを浮かべるジェフリーはハリーを捉え舌を舐め回す。彼の歯は腐りきっておりハリーは何も見なかったように顔を俯かせる。


「私も明日に備えてもう寝るとする」


そしてエドワードも部屋へと向かうとぞろぞろと解散していく。


残ったのはハリーとケイトリンそして豹牙の3人のみだった。


「それで貴方は一体誰で何をしたの?」


ステンレスのグラスにコーラを注ぎながらケイトリンは尋ねる。


「僕はこのタブレットがあれば何でも知ることができる。例えばあのセリーナって子は詐欺に窃盗、強盗ってところだね」


「貴方ハッカーなのね」正体が分かるとケイトリンは顔を明るくさせる。


「やぁ僕はハリー・ロイドだ」握手を交わすハリーとケイトリンを見つめながら豹牙はタブレットに触れる。


「これで彼女のことどこまで調べられる?」


「彼女は逃れる為に整形までしてるね」


「まぁ抜け目がないのね」


感心するケイトリンにハリーは嬉しそうだった。


「他には何か出来るの?」彼女が尋ねればハリーは何でもするだろう。そして再びパネルをタップし微笑む。


「これだと大して弄れないけど、悪戯はできる」


不敵に微笑むハリーはタブレットを慣れた手つきで弄り始めると何やらロックされる音が聞こえた。


「これは明日になってからのお楽しみってことで」


人差し指を唇に当てて笑うハリーの顔はまだ垢抜けていなかった。


夜中になり3人も眠りに就いた頃、すっかり静まり返った居間にこっそりと潜む影があった。


あのタブレットに手を触れると眩しい光が立ち込む。


画面に釘付けになるセリーナはある文章を何度も見通すと誰かの気配を感じ取り咄嗟に振り返ると背後にはエドワードが立っていた。


「人の過去を探るとは良い趣味だな…」


不快そうに睨むエドワードにセリーナは不敵に笑う。


「貴方何処かで見た事があると思っていたらやっぱり。SISの人間が如何して此処に?」


「何故貴様に話す必要がある?」


「まさにミステリアスな男って感じ」一先ず用を終えたセリーナは彼の前から姿を消す。


彼女が消えたことを確認し、エドワードはすぐにタブレットの履歴を消そうと試みる。しかし自分のキャリアが書かれている画面に目を通すと何やら思いつめた表情を浮かべていた。




翌朝大音量のアラームに起こされたインモータルズは取り敢えず部屋を出て居間へと集う。


するとジェフリーの怒る声が響き渡りハリーと豹牙は満面の笑みを浮かべていた。


「おい!ここを開けろってんだ!」


ロックが掛かった扉を何度も叩きつけるジェフリーは恐怖に満ちた声を出しており、段々に弱々しくなっていくのに気が付きハリーは急いでタブレットを触る。


そしてドアが開いたのと同時にジェフリーはハリーに襲いかかった。


「お前の仕業か!?舐めた真似しやかったことを後悔させてやる!」


ハリーの首を絞めるジェフリーを豹牙とエドワードが止めていたが彼の腕力は想像以上のもので2人では成す術がないとわかる。


悶え苦しみ出すハリーの顔を見てはジェフリーの息が上がる。


するとジェフリーのスーツから電力が走ると漸く彼はハリーから手を離し床に跪いた。


咳き込むハリーを見て豹牙は胸を撫で下ろしていたがエドワードはジェフリーの脅威を思い知ったように見つめており、それはセリーナも同じ心境だった。


そして居間に設置された大画面にあのマーディスターが顔を見せる。


『お早う諸君。よく眠れたかな?此れからゲームの説明をしようと思うが、何せ今日が初日。先ずはコロシアムへ向かってもらう』


「コロシアム?」


ケイトリンが首を傾げるとマーディスターは頷いた。


『観客の皆様にご挨拶をするようなものだ、ちゃんと君らにはスタイリストも付いているぞ』


そう話すと画面は消え、彼等には疑問が残る。


此れから一体何が始まるのか誰も理解していなかった。


「今までとは少しやり方が違うようだ…」


首を摩りながらハリーは告げるとケイトリンは少し不安げだった。


「先が全く読めないゲームなのね」


すると控え室に大勢のスタッフが機材を持って入ってくる。様々な衣装にメイクアップ道具が揃っておりケイトリンの機嫌は良くなっていく。


「早速準備を始めちゃいましょう!」


Jと呼ばれた男性に腕を掴まれた豹牙は成されるがままで不安が募る。


「まぁ緊張しているのね」


Jの言葉に豹牙は俯く。


「一体これから何が始まるのか想像が付かない。でもアンタらの狙いは殺し合いだろ?」


「まぁそう言われると後味が悪いわ」


気まずそうに答えるJに豹牙は目を閉ざしながらステンレスで出来たチョーカーを手渡す。


「不安がることはないわ、アンタ可愛い顔をしてるもの。ファンは付くはず」


「ファンが付いて何のメリットがある?」


ふて腐れながら首にチョーカーを付ける豹牙にJは笑う。


「それぞれにスポンサーが付けば何かと支援してくれるの。そうすれば勝利に近ずくわよ」


耳打ちするJの言葉に豹牙は目を丸くさせる。


「今着替えているのはその為?」


「それもあるけど…、まぁそれはお楽しみってところでいいじゃないの?」


悪戯に笑うJに親しみを感じた豹牙は漸くやる気が起きたようだった。


着替え終わった選手達はエレベーターに乗り込む。


背後から殺意を感じたハリーは恐る恐る振り返るとそこにはジェフリーが立っておりその笑顔はまさに欲望が満たされるという表情だった。


そんな中セリーナは隣りに立つケイトリンの肩に腕を回し寄り掛かる。


「ねぇ、ルブタンのヒールも転売してたって本当?」


セリーナの問いにケイトリンは笑う。


「この身に置いてヒールが欲しいの?」


「勝ち残る自信はある。賭ける?」


勝気なセリーナにケイトリンは呆れて首を横に振っていた。


そのままエレベーターは最上階まで昇りつめるとゆっくりと停車する。そして開かれる扉の向こうには自然豊かな草原が広がっていた。


促されるように彼等は地に足を付けると一瞬で歓声が湧く。


『誰もがこの日を待ちわびていたのではないでしょうか?今シリーズも期待のできる選手達が揃っています!』気合の入るマーディスターの挨拶に観客達の拍手喝采が鳴り響く。


『これよりルールを説明します!観客の皆様にはこれよりどの選手が最後まで生き残るか賭けて貰います!お1人様2オフェンダーまで賭けることが可能ですよ!!見事生き残ったオフェンダーを当てた先着のお客様には20万レリアの贈呈です』


その金額は現代の金額にすると凡そ20億円に値する。


「凄い金額ね…」


怖気付くケイトリンの肩を豹牙は今だと思い抱きしめてやる。その様子をハリーは面白おかしく見つめており、余裕を見せていた。


『では本日のゲームを発表致します、計12名のオフェンダーに課せられるのはそれぞれに身につけているチョーカーを制限時間内に解除すること!制限時間は2時間!それを過ぎると…』


手に持っていたチョーカーを空中に投げるマーディスターはすぐに耳を塞ぐと同時に爆発音に騒然とする。


『ご覧の通り爆発します!それだけじゃありません。2時間が経つと同時に酸性の液体が襲いかかってきます。飲み込まれないように丘の上のゴールまで逃げ切らないと彼等の体は溶けてなくなるでしょう』


誰もが息を呑む内容にケイトリンは更に震え始めた。


『ひとつ言い忘れて居ました!チョーカーを外すキーは1つ足りません、その為奪い合ったり何をしても許されるゲームとなります』


その合図にコロシアム中にアラームが鳴り始めると大きなゲートが開き始める。


それを見たジェフリー、セリーナ、エドワードは我一番に入っていく様子を観客達は盛り上がっていた。


負けじとどんどん後に続いていくオフェンダー達を他所にハリーと豹牙はケイトリンの説得に励む。


「こんなゲームやってられない!」


泣きじゃくるケイトリンは過呼吸でも起こしてしまいそうな始末でハリーはウンザリとしていた。


「鍵を手に入れなきゃ君の頭は吹っ飛ぶぞ!?」ハリーの説得にさらに弱腰になるケイトリンを見て豹牙は腰を下ろす。


「それなら俺が君の分のキーを探す。その間君はただゴールに向かえばいい」


「なに言ってんだよ!」口をあんぐりと開けるハリーを横目に豹牙は彼女をまじまじと見つめる。


「私だって、やれば出来る。それに貴方が信用出来るかなんてわからないし」


涙を拭いながら立ち上がろうとするケイトリンの腕を豹牙はしっかりと掴みながら一歩一歩前へと進んだ。


そして3人は5分程遅れてゲートへと向かうとそこに広がるのは予想を超えた場所だった。


「凄い…」


ゲートの中はまるでジャングルで滑っとしたコケが足を滑らせる。


人工の自然だろうが見事と言わんばかりのハリーは興奮しており先ほどまで泣いていたケイトリンすら笑顔になる始末だった。


その頃、人工の洞窟へ入ったセリーナは小さなプラスティック製のカードを手に取ると迷うことなくチョーカーへ向け外そうとした瞬間その腕をエドワードが掴み取る。


「キーはもう十分に手元にあるだろう?」


睨み付けるエドワードに対しセリーナは笑ったかと思えばその腕を振り払い去ろうとする。


しかしエドワードも慣れた手つきで彼女の足の脛をひと蹴り入れるとセリーナは怯みその場に倒れ込んだ拍子に鍵を手放した。


「手加減はないわけ?」


地面に落ちたキーを踏み付けるエドワードを睨むセリーナだったがストックしていたキーをチョーカーにはめ込む。


カチリと音を立てて形を崩すチョーカーを見つめながらエドワードは不敵に笑い彼女を蔑んでいた。


「何故私を知っていた?」キーを拾い上げながら静かに尋ねるエドワードにセリーナは地面を摩りながら立ち上がる。


彼女の考えなど誰にも理解できる者はいない。一体誰なのか、エドワードは真相を確かめることで頭がいっぱいになっていた。


すると土埃をエドワードの顔面に吹きかけセリーナは襲い掛かるが俊敏に彼は避ける。


素早い身のこなし方は彼の正体を明かしているようなものだ。しかしセリーナは容赦なく蹴り入れるもエドワードは彼女の細い足を掴んだ瞬間、洞窟の奥から妙な音が轟き2人の意識は音に向かう。


真っ暗闇であった洞窟の奥底が次第に赤く染め上がり2人は咄嗟に外へと向かった瞬間、凄まじい音と共に地面が揺れ始める。


爆発なのか火山の噴火なのか定かではないが、洞窟の瓦礫が2人を襲う。


必死に逃げ惑う中、飛び交う残骸がエドワードの頭に直撃するとばたりと倒れ込んだ。


意識を失っているエドワードをセリーナは確認しそのまま逃げようとするも第二の爆発に身を縮こまらせ足を止めた。


再びピクリとも動かない青年を見つめ冷めた眼差しを帯びながら一歩ずつ近寄っていった。




爆発音を聞いた豹牙は腕時計に目を向ける。制限時間はあと1時間はある。では一体“何が”爆発したのか、不安でしかなかった。


まだひとつもキーを見つけていないことにケイトリンは段々と恐怖を思い出している様子で焦りが見え始める。


「せめてあと30分以内にはキーを見つけないと不味いだろ?」感染するようにハリーも焦り始めると豹牙は渋る。


このまま3人で行動した所で進捗は良くなると言えない。例えひとつキーを見つけたとして誰が1番に爆弾物を解除するのか。疑心ばかりが募る。


そうこう考えていると木々の向こうで怒れ狂うジェフリーの姿があった。雄叫びを上げる彼はまるで野獣のようで3人は彼の姿を見るとその場から隠れるように身を縮こまらせる。


彼もまだキーを見つけ出せていないのか自力でチョーカーを外そうとするがビクともしない首飾りに苛立ちを見せる。


そしてそのまま捜索に向かう彼はさっさと姿を消すと3人は安堵のため息を漏らした。


「今あいつにばったり遭遇したらすぐに殺されるかもな」ハリーの言葉に誤りはない。


何人も殺めてきた挙句に自尊心などなくした彼なら何でもやり兼ねない。


「先ずはキーを探し出さないと、その為には3人で動けば厳しくなる」豹牙の台詞にケイトリンは怯え出す。


「1人で行動しろって言うの!?」


「いいか!キーを探すのは干し草から針を捜すのに等しい。このままじゃ3人共首が吹っ飛ぶぞ!」


彼女の小さな肩を掴み説得する豹牙は猛烈に冷や汗を流していた。


まだ死ぬ覚悟は出来ていないからだ。


「分かってる、私は足手まといなのね」


静かに涙を流すケイトリンに豹牙は思わず溜息を零す。


「違う!君達のことは友人だと思ってる、友人を失いたくない。その為に俺達の長所を上手く使うんだ」


「私達の長所って?」


「ハリー、タブレットをこっそり持ってきただろ?」


豹牙の問いにハリーは顔を渋らせながら頷く。


「そのタブレットを使ってキーの在り方を想定してくれないか?」


「恐らくこの森の中に隠しカメラがある。そこにハッキング出来れば可能かもしれない」ハリーは早速タブレットを操作する。


「私は何を?」恐る恐る尋ねるケイトリンは自分は無力でないと証明して欲しかった。


そんな彼女の心情を悟ってか豹牙は真っ直ぐとケイトリンの目を見つめる。


「君は目利きの才能がある。敵の行動を読み取って欲しい」


「そんな必要があるの?」


「ジェフリーみたいな危険な奴が潜んでるかもしれない。彼等を出来るだけ分析して欲しい」


「分かった…、保身を図るのね」嬉しそうなケイトリンに豹牙もホッと息を吐く。




その頃なんとかエドワードの腕を回し支えながら歩くセリーナは丘を目指していた。


そんな2人をジェフリーは見つけ襲いかかろうとしたのを見計らいセリーナはポケットからストックしていたキーを投げ捨てた。


「…なんだ?」


キーを拾い上げるジェフリーは不敵に笑い首の装置を取り外す様子にセリーナは念を押す。


「これで私は命の恩人、でしょ?」


眉をピクリと動かすセリーナをジェフリーは鼻で笑う。


「俺がお前等を見逃すとでも?」


「ならアンタを救うのはこれが最後になるってことね」残念そうに目を瞑るセリーナだったがジェフリーが発する次の言葉を予想する。


「賢い選択だな」


そして2人の元から去っていくジェフリーを見届けたセリーナは予想が的中したことに笑みを浮かべ再び丘へと向かう。


「…何故私を、助けた?」


すると弱々しいエドワードの声が耳元で囁かれるとセリーナは呆れた表示で彼の腕を離した。


「意識があるなら自分で歩いてよ」


地面に倒れ伏すエドワードは顔だけを上げただ彼女を見つめていた。


「質問に答えろ…」


「助けたのはアンタだけじゃない」


「このゲームの目的を理解しているのか?」


起き上がろうとするエドワードだったが立ちくらみを覚えまた地面に腰を下ろすと頭を抑えた。


そんな彼を見兼ねたセリーナは彼の腕を取り起き上がらせる。


「アンタなら借りを返してくれるでしょ?」企んだ笑みを浮かべる彼女は生き残る術を悟っていた。


その答えでは決して納得出来るものではなかったがエドワードは彼女に身を委ね、そのまま丘へと向かった。



残り時間あと20分を切った中、ハリーとケイトリンはキーを見つけ出していた。しかし豹牙の首にはまだあの装置が付けられたままだった。


「まだ時間はあるわ」


ケイトリンの励ましだの無用だった。一先ず丘へと向かうことにした一行だったがどんどんと時間がなくなっていく。


冷静を装っていた豹牙だったが2人にはお見通しだった。


「まだナイッサもキーを見つけていない様子だ!キーはまだあるはず」


動画を見せるハリーは必死に訴える。


「君達は先に丘へ向かうんだ」


しかし豹牙は彼らにそう告げた。


「でも…、貴方のキーをまだ…!」


不安になるケイトリンは首を摩る。見つけたキーを差し出してくれた豹牙は命の恩人であり、そんな彼を放って置けと言うのは酷だった。


「いいか、必ずキーを見つけて追いつく」


「本当?」


「ああ」


微笑む豹牙を信じケイトリンはハリーと共に丘へと向かった。


彼等を見届けた豹牙は時計に目を留めるとあと17分しか残っていなかった。



刻々と迫る時間に豹牙はただ無闇に森を駆け上がる。


木々の枝が頬を傷付けていたが、そんな痛みよりこれからの恐怖の方が強まる。


時間ばかりに気を取られ地面から突き出た小石に足をひっかけ転倒してしまった。すると倒れ伏した彼を襲ったのはナイッサだった。


「キーは何処よ!?アンタ持ってんでしょ!?」


首を絞め上げるナイッサに抵抗するも首の骨がミシミシと音を立てていることに気がついた豹牙は彼女の体を叩きまくる。


「ッがっっっ!!!………ァッ!!!」息苦しさに悶える豹牙だったが霞んでくる視界に死を目前としたようだった。


「何処にあるの!!?」


容赦ないナイッサの目は殺意が剥き出しだった。


爆発まで残り8分


それまでに自分はこのまま絞殺されるのか?


そう考えた瞬間何者かがナイッサの頭を棒切れで叩き落とした。


気を失ったナイッサは豹牙の体の上で倒れ伏しており、豹牙は咳き込みながらも彼女の体を退かす。


「ゴホッ………っ!」


息苦しそうに肩で息をする豹牙だったが目線を上げると、其処にはエドワードが立っていた。


「おい!キーを渡してやれ」そう話すエドワードにセリーナは呆れて口をポカンと開けたままだった。


「何で彼女じゃなくこんな奴を助けんの?」


信じられないといった表情のセリーナは仕方がなさそうにポケットに手を突っ込むと気絶していたナイッサが背後から彼女を片羽絞にする。


「キーを私に渡せこの雌ブタ!!!」


ギリギリと絞め上げていくナイッサは今にもセリーナを殺す気満々だった。


「ぁあ"……!!!」


顔を歪まずセリーナだったが体勢を崩した瞬間何かが裂ける音が聞こえた。


そのまま地面に倒れ伏すナイッサの首からは血がダクダクと流れ出ており、鋭利なもので斬られた跡が残っていた。


その様子を見ながらセリーナは意地悪にも彼女が見える立ち位置で豹牙にキーを差し出した。


「お願い…助け、て……ッ」


泣き出すナイッサだったが出血が酷いのか顔色が悪くなっていく。


何とか這い上がろうとするナイッサを不気味に感じながらも豹牙は最後のキーをチョーカーに向けた。


カチリ


音を立てて外れるチョーカーを捨てエドワードは豹牙の腕を取り起き上がらせる。


「時間がない、走れるか?」エドワードの問いに豹牙は声が出ないのかただ頷く。


「私の心配もしてくれてありがとう…」皮肉を込めたセリーナだったが次の瞬間、目の前で爆発するナイッサに3人は息を呑んだ。


ナイッサの肉片が顔に掛かると豹牙は吐き気を覚える。


顔を拭いながらセリーナはある音を聞き付ける。まるで森が悲鳴を上げるような音だった。


3人が振り返ると水の壁が迫りつつあることに気がつき必死で駆け上がる。


背後からは津波が押し寄せてくるような感覚で、もし一滴でも触れてみれば皮膚が溶けてたたれてしまうだろう。恐怖が迫る中何もかもがスローモーションのように見えた。


漸く丘が見えた所で同じく逃げ惑うオフェンダー達に目が留まる。


恐怖で思わず転けた1人のオフェンダーが転がり落ちていくと迫り来る液体に飲み込まれていった。


彼の悲鳴は一瞬で消え、また彼の命も一瞬で終わりを告げたことを意味していた。


それを見た3人の足は更に早まる。心臓が破裂しそうに脈打っても肺が悲鳴を上げようとも3人は足を止めなかった。


ゴールにはケイトリンとハリーの叫び声が聞こえる。


「あと少しよ!!!」


もう背中まで迫っている酸液だったが3人は何とかゴールに到着した。液体はゴールまでは上がれないのか目の前で漂っている。


ギリギリで生き延びた3人は地面に倒れ伏し喘ぐように息をしていた。


そしてアラームが鳴り響きゲームの終了を知らせた。


『これでゲームは終了です!見事生き残ったオフェンダーは史上初の大多数!!何と10名が無傷でゴールを迎えました!!』


それぞれの顔写真がパネルに公開される中、ケイトリンは豹牙に抱きついた。


「心配したのよ!!」


彼女の声が震えており励まそうと声を掛けようとするも声帯が潰れたのか声が擦れて出なかった。


水が引いていく様子を眺めながら豹牙は微笑んだ。



『次のゲームは3日後に行われます!次回をお楽しみに!』


マーディスターのナレーションが止み漸くゲームが終了したと実感が湧いたオフェンダー達は心を落ち着かせることができた。


しかしこのゲームは最後の1人が残るまで続く。


少しでも弱味を見せれば付け込まれるとは誰も豹牙には教えてくれなかった。



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