悪魔の選択
心から愛する女性の命の灯火が、今、正に燃え尽きようとしていた。
「先生、もうどうにもならないのでしょうか?」
男は目を硬く瞑り、肩を震わせながら主治医にそう訊ねた。
今更訊ねても仕方が無いのは、男自身分りきっているはずなのに。
彼女に繋がっている機械が、血圧と心拍数の低下を、警告音と共に訴えかけている。
昔観たヒーローモノは、限界三分近くになると、ピコーン、ピコーンと警告音が鳴ったものだったなと、男は頭の片隅で思い返していた。人は切羽詰ると、色んな想いが頭を巡るものらしい。
「残念ですが…現代の医学の力ではどうしようもありません…しかし」
主治医は、これまでにみせた事の無い顔を男に向けた。
「しかし、ですって? え? と言うと? 手段はあるのでしょうか?」
男は思ってもみなかった主治医の言葉に、一条の光を見た様な気になる。
「ええ。今から私がするお話は、口外無用とさせて頂きたいのですが」
「それはもう! 彼女を救う手立てがあるのなら何でもします!」
男のその言葉を聞いて、主治医はニヤリ、と笑う。その顔は人間離れをして、まるで悪魔のようだと男は思った。
「そうですよ。たった今あなたがお思いになった通りです。実は私、悪魔でして」
「え? まさか…しかし、もし彼女の命を助けることが出来るのであれば、悪魔にこの魂を差し上げる事も厭いません。どうせ、私が死んだ後の話でしょうから」
そんな男の言葉に悪魔は囁く。
「いいえ、魂なんぞいりませんよ。私が欲しいのは負のエネルギーです。そのエネルギーが私の糧となるのですから。それでは説明しますよ? もし了解ならば契約成立。彼女の命を直ちに救ってさしあげます」
「本当ですか?」
男の顔が喜びに輝く。
「それではお話いたしましょう。彼女を助けると、彼女はあなたの事を好きではなくなります」
「え?」
「ですから、彼女は助かると同時に、貴方の事を好きではなくなります。そうですね、今までと同じ行動をとると、彼女はあなたを異常者を見るような目で見る事になるかもしれません。何せあなたは彼女にとってはただの他人となるのですから」
「ええ?」
「酷いでしょ? 悪魔と契約をしてまで助けた彼女。その彼女から、あなたは恩を感じてもらうことは無く、ただの他人、もしくは嫌悪する人間として認められてしまうのです」
「……」
「そうです、その負のエネルギー。それこそが私が求めるものなのですよ」
「この悪魔め…」
男は悲しげな目をして呟いた。
「何も無理矢理にとは申しません。あくまでも選択肢はあなたにあります。このまま彼女が亡くなっても良し。今の条件を呑んで、彼女を助けるも良し」
「ああ、何ていうことだ…神様、私はどうしたらいいのでしょう…」
警告音が更に強くなった。
「さあ、どうします? 愛する彼女の命を助けるのか? 助けた後は彼女から厭われる事をもよしとされて。それともこのまま彼女を見送るのか? さぁ! ご決断を!」
「うわぁあああ!」
悪魔は男の負のエネルギーを少しだけ味わうと、思った。
これだから人間は面白い。どちらにせよ、俺は損をすることはないのだ。
苦悩する男を見ながら、悪魔はもう一度ニヤリ、と笑った。
男は、どのような決断をしたのでしょうか。それはお読みになった貴方が決めてくださいませ。
ちなみに、どちらを選ぼうと、男は生涯に渡って悩み続け、負のエネルギーを放出させ続けます。それを悪魔は搾取するという訳。
まさに悪魔の仕業です…




