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僕と先生2

作者: 久絽


花曇りの午後。


この街はいつも雲に覆われている。

霧はしょっちゅうかかるし、晴れたと思えばまた雨が降った。

でも今日は幸いまだ降っていない。



書店の店番が済み、僕はルヴォアハウスに向かった。金曜の午後、まだ人々はせわしく通りを行き来し、仕立て屋の前には主人の帰りを待って馬車を停めたまま御者が不機嫌そうにこちらを一瞥する。

僕は気にせずルヴォアハウスに向かった。



今日は窓から香ばしいパンの香りが漂ってきていた。

ブザーを押すとお入り、としばらくして扉の錠が外された。



さっき焼けた、君も食べるといい。


近くのテーブル上の皿にはバターの効いたデニッシュ生地のパンが置かれ、すでにちぎられていた。まだ熱くて切れないからちぎって食べたんだろう。

今日の先生は寝巻きではないが相変わらず三つ編みにゆるく編んだ姿でエプロンをしていた。


お腹空きました、いただきます、先生。


ちぎられた部分をよけながら食べたい分を手で分ける。出来立てだからこその柔らかさと熱さだがこれが一番のごちそうなのだ。



君はうまそうに食べるね。朝から作ったかいがあるというものだよ。



欠伸をしながらエプロンを椅子にかけるとゴブラン織りのソファに腰掛ける。

今日はエプロン下にスカートのようなものを纏い、その下に薄手の足のラインが出るズボンをいている。全体に細い人なので女性に間違われかねない。ただしそれなりに筋肉質なので女性の丸みはもちろんない。



ぶっ、…なんです、ソレ。

飲みこもうとしたときちょうどスカート下が見えたのでむせかえった。



…………失礼だな。東の国で纏う伝統の衣装だ。この模様は稲の豊作を祈って千の刺繍が繋げられたものだ。


先生はいたって真面目だ。


うちの中だけにして下さいよ。ホラ、アレイン夫人にもダメ出しされたじゃないですか。

こないだ仕立てたツイードのひとそろいが一番よって。




…知ったことか。



もう、何言ってんですか。


先生は皿から残りのパンをひょいとつかむともぐもぐと食べてしまった。

アレイン夫人とはルヴォアハウスの4階の住人で中年のおばさんだ。世話を焼くのが好きな女性で、先生のファッションを見かねて仕立て屋まで連行し、「いち紳士にふさわしい」ものを選んでくれたりした。

あれでもないこれでもないと生地を見つくろい、何軒か店をまわり……僕もついていったのだが先生は終始目が半分で必要な場面だけ不器用に愛想笑いをしていた。

夫人の見立てはしっかりしていてできあがりも着心地も上等なものだった。

店主の言ったぼったくりまがいの代金も夫人は他店の平均的な値段まで値切ってくれた。




あの人はいい人だ。

いい人だがあの調子には疲れてしまうから、しばらくは会いたくない。



学校に行きたくない子供のような様子で先生はスカートをじっとみつめたままつぶやいた。

でも瞳は澄んだ翠をしている。



先生、スカート素敵ですから作文見てもらえません?



……スカートじゃない。ああ、いい、わかった。どれ……。



そばに来た先生からは小麦のいい匂いがした。

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