尊時
学校のグラウンドにひとひらの雪が舞い落ちる。
「ゆき……、か」
もうそんな季節か。
ここ最近、心なしか寒いと思っていたが雪が降るほど寒くなっていたとは。
気が付かなかった。
どこか、遠くで灯油屋の音楽が聞こえる。
『と~ゆ、18りった~、1380円』
いつの間にか吐息が白い。
雪は嫌いだ、寒いのも、冷たいのも、嫌いだ。
冬が嫌いだ。
母さんを思い出す。
俺が高校に上がる前に、死んでしまった。
母さん。
「寒いのはいやだ」
声がこぼれた。
「わたしもだよ?」
「おおおおおおお!?」
突然背後から話しかけられた。
目の前におかっぱの女の子が立っている。
「むっふっふ驚いたか?」
そりゃあ驚いた。
「私のお父さんはね、こんな雪の日に車にはねられちゃったんだ、だから雪は嫌い」
少女は頬を膨らませる。
俺はこの顔を見たことがある。
どこだろう?
「でもね、どんなに嫌っても思い出しちゃうんだ」
少女の言葉は続く。
「お父さんと過ごした、雪の日を。楽しかった日を。だからね、嫌うのはやめたの。いつまでも好き嫌いは良くないから。嫌いなら好きになる、嫌いを上回るくらい好きになる」
『嫌いなら、それを上回るくらい好きになればいいんだよ』
母さんの言葉。
「私はね、大切なものを置いてきちゃったんだ。本当はだめなのに無理言ってここまで来た。そしたら雪が嫌いとか言ってんじゃない。だから、励まそうと思ってね」
少女は歯を見せてニカっと笑う。
知らないはずの少女は、俺の知っている笑顔を浮かべる。
母さんは昔からすごかった。
俺がどんなに泣いても、反抗しても、決して笑顔を絶やさなかった。
子供ながらにすごいと思った。
どんな特撮ヒーローよりも、ヒーローみたいだった。
けれど、母さんは死んだ。
その母さんが……
少女は俺を見ると、また笑った。
死んでも、俺に会いに来る。
本当にすごい人だ。
俺が
口を開こうとすると、少女はそれを押しとどめて、満面の笑みを浮かべ
「頑張れよ」
一言告げて、降り積もる雪の中に解けるように消えていった。
俺はそれをしばらく眺めてから、ゆっくりと雪の中に歩いていった。
母さんやっぱりあんたはすごいや。