#2-2
第二話その2です。今回は繋ぎなので案外楽しいって感じじゃないかも……でもでも、ごゆっくり見て下さいね?
「すまんタケル、遅くなった」
「イズヴィニーチェ(すいません)、遅くなりました」
「お、キタキタ! さっさと始めようぜ! 今日は一位には俺からジュース一本おごってやるよ!」
ここは屋上、誰しも快晴が素晴らしいと呟くほどに良い春の陽気だった。タケルがすぐに元気を回復したのを見て、響也はさりげなく少し安堵していた。
「あー、すまんタケル。ちょっといいか?」
「ん? どうした響也」
「あのさ、VTSのアップデートで思考で動くタイプしか使えないだろ? だからちょっとソフィと練習しておきたいんだけど」
「あぁ、そういやお前らはまだ思考で動かしてないんだっけ」
「普段からやってるタケルとは違ってな」
そう、タケルはフレンドリーな性格も相まって学校外でもVTS仲間と遊ぶことが多いのだ。きっと今回のアップデートバージョンも既に試運転済みなのだろう。
「ソフィーヤちゃんも?」
「うん、だからちょっと外れるね」
「――いや、一緒にやろうぜ」
「「……はい?」」
「えっと、俺さ。やっぱりみんなとやりたいんだ」
「つまり面倒だから、と」
「そういうこった!事前に設定してあるこの屋上の範囲をイジるのは得意じゃないもんでな」
ごまかそうとする部分を響也が指摘すると、一切悪びれもせずに親指でも突きつけられそうなほどの満面の笑みで答えるタケル。響也とソフィは頭が痛くなりそうだった。
「ま、そういうことだから諦めてくれ。っともう一つソフィーヤちゃん」
「どうかしました? タケルさん」
「うん、いつまで響也の腕抱いてるのかなって」
タケルがスッと指先で響也の腕を指す。どういうことか理解した響也はみるみるうちに真っ赤になってゆく。
「――ッ! そ、そうだソフィ、離せ」
「や」
「や、じゃない!」
「や! だって響也は私の彼氏だもん!!」
「な」
「「「えぇえええええええッ!?」」」
響也だけならまだしも、屋上にいる全員が口を大きく開けて驚いていた。
「――って、僕は認めてないぞ!」
「ウ・ソ・ツ・キ♪」
「へ?」
人差し指を口元に当て、ニコッといたずらっぽく笑うソフィに響也は困惑を示した。思考を巡らしても一切覚えがないのだ。
「“勝手にしろ”って言ったのは響也だよ♪ だから、“勝手に響也を彼氏にした”の!」
「~~ッ!」
納得した響也の心はしまったと連呼し続けるしかなかった。率直に言えば響也の敗北だった。結局のところ、あまりの驚きに仲間たちはVTSどころではなく、挙げ句の果てには昼休みは一瞬で過ぎ去ってしまったのだった。
良かったのやら、悪かったのやら。
響也は複雑な気分のまま、授業へ向かった。しかし、ある違和感を抱えたまま。
◇ ◇ ◇
時は映って時刻は三時辺り、基本的には放課後の時間。
「そういえば小夜、昼休みには屋上にいなかったようだけど」
「えぇ、ちょっと……気分的に止めておいたのです」
普段のメンバーで帰るつもりが、タケルは「俺剣道部があるから!」と言い残して不在。響也は正に両手に花状態。しかし小夜の姿がしょんぼりという感じではないが、五時間目の授業から誰がどう見ようと、気分が低いように見えていた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です、明日にはいつものようになってますから」
「そうか? まぁ、無理はするなよ」
「そうそう、無理は健康に悪いんだからね」
「うん」
いつもはなぜかソフィに反抗する小夜だが、今はスムーズに聞いている。それが逆に二人が妙に不安にさせる。特に響也は“昼休みの屋上に小夜がいなかった”という違和感も兼ねて心配していた。
「あ、そうだ。ソフィちゃんはこれからちょっと寄り道する程度の時間、空いてる?」
「え、うん。大丈夫だけど」
「じゃあちょっと付き合って。“響也君”には悪いけど」
「お、おう。楽しんで来いよ」
「うん、終わったらメールするよ」
まだ明るい空。不意に風が吹いてどこからか桜の花びらを散らす。去ってゆく二人の女性の姿を見送りながら響也はあることに気が付く。
(“響也君”――か)
響也にとっての問題点はソフィじゃなく、小夜の呼び方の変化だった。
一体小夜に何があった?
思考を巡らせながら帰路に付いた。
◇ ◇ ◇
「え、中将が不在?」
『えぇ、なんでも有給休暇で旅行に出かけてるとか。もうすぐ帰るそうですが』
「あんのエロジジィ……ッ!」
時は経って午後五時を回った。家でくつろぐ響也にアップデートの終了と、貞喜の不在を知らせる開発部の電話が入った。
「わざわざありがとう、今後もよろしくお願いします」
『いえいえ』
社交辞令を述べてから通信を切断する。その瞬間に計ったように“黒の”V・Rがテーブルの上で振動する。面倒だと思いつつ白のV・Rをすぐ横に置いて黒のV・Rを起動する。
――新着メール一件 ソフィーヤより 件名「ただいま!」
[内容]
やほー♪
小夜ちゃんからアドレスもらったよ!
そう言えば響也って同じマンションなんだねー?
……襲っちゃうよ?(。-∀-)+
中身を開いた瞬間に外から足音が聞こえた。大方ここで理解した。
EWSPは長期の潜入任務の際、勿論宿泊場所を考慮しなくてはいけない。事実響也がいるマンションは人気が少ない少々入り組んだところにある。今外で足音がしたのは、きっとソフィが帰って来た音なのだろう、そう響也は踏んでいた。
とりあえず“おいやめろ”という趣旨のメールを送っておいた。
そんなことをしているうちに返信と思われたメールが届く。
――新着メール一件 貞喜より 件名「ただいま!」
「お前もかぁあああああああ!」
反射的にそう叫んでいた。
「響也、精神に少し乱れがあるで――」
「もういい! 分かったから!!」
「なんですかその態度! 折角心配してあげてるのに!!」
怒鳴るエリィを無視してメールを開く。
[内容]
金切れた。
貸してくれ。
今空港なんだ。
[返信]
このエロ親父!
また女に大量の金つぎ込んだな!?
前に金貸さねぇっつったろ!?
自業自得だっつの!!
[RE:]
え、ちょ
悪かった、今回は勘弁してくれ。
本部に今日付の仕事が残ってるんだ、本当に頼む。
「はぁ、大人なんだからもっとカネの使い方くらい考えろよな……」
心底呆れたように溜息を吐き出す。
「お出かけ?」
「あぁそうだよ……ったく、あのエロ親父め」
「あの、響也?」
「どうしたエリィ」
「あの、その」
「だからどうしたんだって」
さっきまでプンスカ怒っていたエリィが妙にもじもじしている様が、響也には何が何だか分からなかった。何せ本人のエリィですら分からないのだ。
「ただ漠然と――なんだけど、気を付けて」
「はぁ? いつもに似合わずハッキリしないな、その言葉」
エリィですらも分からない、妙に不安な台詞。表面上どうとも思っていない風に映る響也だが、実際内面は不安に駆られていた。
「ほら、お前も行くぞ。ナビを頼む」
「――了解です」
モヤモヤした気持ちのまま、モノトーンで構成された部屋から闇色に染まってゆく外へ足を運ぶのだった。
◇ ◇ ◇
「動いたか」
V・RのGPS機能を使って響也がマンションを出たのを確認した。
男性は無表情で呟いた。
空港のベンチで腰を落ち着ける。
空港のガラス製の壁越しに綺麗な星が見える。
その内の今にも消えそうな星を視界に捕まえてポツリと呟く。
「これが復讐なら、お前はどんな顔をする?」
電気の光に照らされている男性の顔に、一筋の涙が流れ星のように輝いた。
最寄駅まで向かう途中ふと、古びた公園が目に入った。V・Rの透過度を上げた。
「ん? こんなところに公園なんてあったのか」
マンションを出てほんの数分。その公園には全く見覚えはないが、響也にはそれで充分目が行く光景だった。
錆びた鉄棒、木製の囲いの腐朽している砂場、ところどころ塗装の剥げた滑り台。
(そういえば、親父と母さんとで遊んで――)
一瞬の静寂、それが響也には少し長く感じた。“嫌な”記憶がよぎったのだ。
「響也?」
「すまんエリィ、行こうか」
誰にも分からないような暗い表情のまま、響也は踵を返した。
V・Rの透過度を高くし、いつものようにナビゲートに集中しようとした。
まさにその時だった。
「ぐぅッ!?」
「警報!?」
反射的に耳を抑える。
骨伝導の音声でレーダーのうるさい警報が鳴る。
勿論、これはウィルスの存在を表すものだ。
「エリィ、場所は!?」
「すぐ近く――正面!」
キッと暗い正面を向いてVTSとは違うアプリを起動させる。
action
――基本的には[行動]を指すが[軍事行動]を意味する時もある――
デカデカと[A]の文字が入ったアイコンが起動する。
基本構成はVTSとなんら変わらない。唯一変わると言えば。
「さぁエリィ……“お仕事”だ」
「了解」
ウィルスを視認した瞬間に自動的に固定することくらいだろうか。
暗闇に溶け込む敵はゆっくり、ゆっくりと響也に近づいていった。
◇ ◇ ◇
少々時間を遡る。
「~♪」
白髪の女性は上機嫌で鍋を掻き回しているトマトの少し酸っぱい香りが、キッチンを囲んでいた。今彼女が作っているのはガルブツィー(ロールキャベツのこと)。
頭では既成事実である響也との交際に関してを考えていた。
「うふふ、年齢の割には結構見た目に合った男ね。ちょっと可愛い、かな?」
ニヤニヤしながらじっくりと鍋の中身を煮詰める。
「でもなんか頼りなさそう。身長はあっても、ちょっと女の子を守るような感じじゃないわよね……」
軽く溜息をつくと、タイマーが鳴る。サッと火を止めてお皿に盛り付ける。
「ベッタリと響也に付いていれば、すぐに好機だって敵さんが来てくれるものだと思ったけど……なかなか来ないなぁ。あ~あ、“本当の恋愛”ってできないかなぁ~っと」
折りたたみ式の小さいピンクの机の上にロールキャベツやらパンやらを並べ、それぞれを味見するようにちょっとずつ口に運ぶ。
「うん、美味しくできた♪」
満足げに口元が綻ぶ。
「――ちょっとガルブツィー作りすぎちゃったかな。どうせなら近いんだし、響也にあげちゃおっか」
ある程度を持ってきたタッパーに入れて冷蔵庫に保管し、食事を再開させたのだった。
どうも。あれですね、ソフィちゃんのちょっとした裏切りです。誰が悔しいって?――私だよ!うぅ……信じてたのに。←オイ 次回はもうお分かりですね? 戦闘シーンです。さぁさぁ乞うご期待ですよ!