#2-1 第二話 「静かなる胎動」
遅くなりました、紫苑です。では第二話、どうぞごゆっくり。
「これで下準備は整った」
ある男性が呟く。
西洋風の暗い部屋に丸いテーブルを囲んで複数の男性が座っており、他とは装飾の違った椅子に座る男性が。呟いたのはその椅子に座っている男性だった。
「我々が力を充分に蓄える段階に進むのですね、始帝 新一殿」
どこからか上がった声に、始帝と呼ばれた男性は静かに頷く。
「我らが受けた負の遺産を、今ある明るい世界にぶつけて打ち壊す時がゆっくりと近づいている。来るその日に我らの“旧型”と言うレッテルを張った馬鹿者共に、目にモノを見せてやろうではないか」
所々で静かな笑いが起きる。始帝はクックッと喉の奥を鳴らして笑った。
「しばらくの辛抱だ。手始めに我らの努力の賜物の試験運用が始まる。各自データは取っておけ」
始帝はそれ以上何も言わず、集会らしきものは静かに解散した。
(キョウヤ=シズナイにソフィーヤか。この先の障害となりうる存在と化すだろうか)
◇ ◇ ◇
「――へっくし!」
『どうした、静内。風邪でも引いたか』
「いえ、大丈夫です。どうぞ続けてください先生」
『そうか』
現在は正午辺りの四時限目、「歴史」の授業。
V・Rには戦をしている勢力を、三次元で分かりやすく簡略化した画像が展開されている。データグラフ上、数で劣っている勢力が策で逆転させている戦いに、響也は興味を示していた。
『この戦では、相手が極小戦力なら殲滅しようとするだろうと踏んだ弱小勢力が、部隊を分けて少ない人手で陽動、多数の人手で迎え撃つという策を展開したんだ。これはそうそう上手くできることではなく、たまたま付近に伏兵を忍ばせるほどの森と、細い道という条件が合ったからこそ成せたんだ。この策略は素晴らしいものだ』
教師が握り拳を作りながら熱弁する。生徒はそんな先生を一切無視して立体的な画像をじっと眺めていた。特に響也は、まるでなにかに取り憑かれたかのように熱心に眺めていた。
「響也、購買行こうぜ!」
四時限目終了のチャイムとほぼ同時に後ろのタケルが声をかけてきた。このパターンはほぼ日常化し、響也も本物の学生のような気分になっていた。
「あぁ、行こう」
「ボクも行きます!」
「私も!」
颯爽と響也の右腕に抱きつくソフィのおかげ(?)で、即座に現実に戻ることはできるが。
「「「……」」」
「あれ、どうしたの? 皆」
「ソフィ、頼むから僕の腕に抱きつくのはやめてくれ」
「えー、なんでよぉ~」
「「……」」
周りの冷たい視線が、響也にとって一番の苦痛だった。
高嶺学園の中で、学年主席と次席は既に恋人同士になっていると既成事実のようになってしまった噂は有名になってしまい、ソフィは文句どころか逆に先程のような過度のボディタッチまでするようになっていた。響也にはただの迷惑としか言い様がないくらいだった。
「マスター、何鼻の下伸ばしてるんですか!」
「そうなの? 見せて!」
「こ、断る!」
「――お~い、飯食う時間減るぞぉ~……」
「「「……ごめんなさい」」」
男子としては嬉しいものだが。妙に不機嫌でツンツンした小夜と妙に密着する上機嫌なソフィ、響也は内心喜んではいるが必死に隠そうとし、タケルは突っ込むところも見つからずにただ呆然としていた。
『お、本日も学年上位カップルのお出ましだ!』
いつものように景品を買いに購買へ向かうと、VTS仲間から茶化す声が上がる。
「だから、僕らはカップル」
「です!」
「ではない……って、勝手に噂の信憑性を深めるような真似はするな!」
「えー、私は響也が恋人でもいいんだけどなー?」
実に楽しそうにワルノリを始めるソフィに、響也は重い息でも吐けるなら吐き出して軽くなりたいくらいだった。響也は今のメンバーで一番助けになりそうな人に声をかけた。
「頼む小夜、助けて」
が。
「いいじゃないですかマスター、イチャイチャできて」
いつもと違って妙にツンツンした小夜に、響也は驚きを隠せなかった。
「あ、あの~……小夜さん?」
「なんでしょう」
「僕、何か怒らせるようなことしました?」
「別に」
(いや明らかに怒ってるでしょー!?)
訳も分からず焦燥感に駆られる響也。表面上ただの固まった笑顔のままだったが、内心汗だくだった。
「あれ? 響也。なんか口元緩んでるよ? ……あぁ、まさか私の胸がキモチイイのぉ?」
「――そ、そそそそんな訳あるか!」
「えー、そう? じゃあもっとくっついちゃお……えいっ!」
「やめっここ学校だぞ!?」
ただし、全く自覚が無いというか、自由奔放というか(訳の分からない誘惑とか、扇情的な台詞とか、情熱的な態度とか)。とにかくソフィは心の底から学園生活を楽しんでいるように響也の目には映った。
「――もうっ! 柄にもなくコイツが困ってるでしょ!? さっさと行きますよ!」
「は!? ちょ、小夜まで!?」
「もう……ヤダ……」
「あ、あぅ……響也ぁ、もう少し遅く走ってよ~」
タケルが泣きそうな声で嘆くのを見ていい加減かわいそうと思うのだが、右腕をがっちりホールドされ、且つ左まで小夜にしっかりと自由を奪われ、不安定な体勢のまま上手く動けない。
ほんの少し右腕が痛い。そういえばソフィもEWSPメンバーだったな、と心で納得していた。
「む~……あ、もしかして小夜ちゃん羨ましかったの?」
「そ、そそそそんな訳ない!」
「いでででっ!」
「俺って一体……?」
ソフィが小夜に茶々を入れたおかげで、真っ赤になって強く左手を引っ張られる羽目になった。満足げにニヤけるソフィと真っ赤になって一切こっちを考える余裕のない小夜、いつもと違ってしょんぼりしているタケル。普段からソフィを除いたメンバーをよく知っている購買の人は「この白髪の娘のせいか」と引きつった顔をしながら感づいていた。
とりあえず個々で昼食を購入し、どこかで落ち着いて食べられないかと場所取りを考えていた(高嶺学園では図書室や放送室など、書類や機材などを保管している部屋を除けば基本的にどこでも昼食を食べられるのだ)。
――You got mail!
そんな中、ソフィと響也のV・Rが同時にメールを受信した。
「ん、メールか……」
「響也も同じ受信音なんだね! 嬉しい~」
「おいおい……あ、ごめん。ちょっと電話必要らしいから一旦抜けるよ」
「あ、私もだ。それじゃあ私も」
全くもって有無を言わせないハイスピードで響也とソフィがグループから抜ける。あまりの早さ(強引さ)にタケルと小夜は口をあんぐりと開けていた。
「――はぁ!? VTSのアップデートぉ!?」
『そう、これが随分と面倒な内容なのだ』
「具体的には?」
『思考でアバターを動かす必要があるんだ』
ここは校舎裏の影の深い場所。普段生徒がロクに来ない場所で、通信には持ってこいの空間だった。そこで響也とソフィは貞喜と共に複数で通信している。
「思考ってことは体で動かせないってことですか?」
「こちらはなかなか不利じゃないですか!」
『うむ……少々使い勝手が悪そうだが、今メンテナンスと称して体を使うか思考で動くかをプレイヤーで決められるように改修を延長させてもらっている。お前たち、VTSの更新設定は?』
「「自動更新……です」」
一瞬貞喜が呆気に取られたような顔をした(因みに今の貞喜のアバターは1/1スケールだから表情までくっきり分かるのだ)。まさか二人共とは思っていなかったようだ。
『――だろうなとは思ったがな。じゃ、メンテナンスが終わるまで思考で頑張れ』
「因みにそのメンテナンス終了のメドは?」
『多分……放課後まで』
「「……嘘」」
『あ、あとちゃんとグローブは持ってるよな?』
「あぁ、勿論」
『ソフィは?』
「K少尉から受け取りました」
『よし、各自気を抜くなよ』
「「了解」」
通信切断。瞬間に二人で溜息をつく。
「弱った、まさかこんなことになるとは……思考ってどんな動かし方だよ……」
「あ、なら一緒に練習しない?」
「――そうか、そうしようか! って、パトロールもあるのにできるの?」
「あなたのエリィちゃんは、どんな機能あったっけ?」
催促されてふと一切忘れていた少女もといAIのことを考えてみる(本人がいたら即座に叱られていただろうが)。高度な会話機能、ナビゲーション機能、あと思いつくものは一つしかなかった。
「そうか、センサーか!」
「そ、じゃあ行こう」
「おう……って、どこでやるんだ?」
「どこって……屋上。私と響也の専用訓練をするの」
「なんで屋上限定?」
「あれ、知らなかった? ここ高嶺学園では私たちのいる普通科と違って技術科、つまり機械メインに勉強する区間を設けてあって、通信機とかもあるからお互いに電波の干渉をしないようにって、屋上は他の高校と違って特殊な処置をして開放されてるんだよ」
「へぇ、徹底してるなぁ」
結構頭の回るソフィにちょっとした意外感を持つ響也だった。もしかしたら、本当に頭がいいんじゃないかと響也は考えた。
「じゃ、早く行こ♪」
「あ、おい! 腕抱くなって! 誤解が深まるだろ!」
「ふふ~ん、誤解してくれた方が嬉しいなぁ♪ それとも、響也は……ワタシのこと、嫌い?」
「~~ッ! あぁもう! 目立つ訳にはいかないってのに……勝手にしろ!」
「オーチン ハラショー!(非常に良い) 私の勝ち♪」
(まぁ……嫌いじゃないし、むしろ……)
案外まんざらでもない響也の顔は真っ赤だった故に、周りの生徒はあらぬ誤解をしているものがほとんどだった。ソフィの軽い誘惑に散々意識させられた響也は、右腕の柔らかい感触に理性が壊れそうになっていた。そんな響也の姿を見て、ソフィは常にニヤけていた。そして響也は自分の失言についに気付かなかった。
勝手にしろ、と言ったことがどういうことかを。
「もう! なんなのよ、あのソフィって子は!」
ここは購買から屋上へ上がったタケルと小夜。無色の清涼飲料水を強引に喉に流し込んで苛立ちを冷やすように愚痴をこぼしていた。
「ま、まあまあ落ち着け」
「これが落ち着いていられる訳ないでしょう!? あーもうなんであんなにマスターにベッタリなのよ! マスターもマスターでニヤてるし! 不純よ不純!!」
そこまで響きはしないが、屋上にいる人間にとっては充分耳障りな声量でどんどん愚痴をこぼしている小夜。その小夜を落ち着かせようとタケルが挑むが、どうも落ち着いてはくれない。愚痴は続く。
「だから落ち着けって」
「――ぷはっ! それに最初からマスターのこと知ってるみたいだったし、自己紹介の日は抱きついて一週間ぶりなんて言って……あーもー分かんない!!」
「いい加減黙れ苅谷!」
「!?」
今まで引っ込んでいたタケルが急に怒鳴り込む。普段から明るくフレンドリーなタケルが、周りも驚かすほどの声量で小夜を叱る。キッと小夜を睨む姿は、普段とのギャップも重なって深い恐怖を与えた。
「小夜、お前は何が言いたいんだ? さっきからずっと文句ばかりじゃないかよ。そんなこと俺たちが聞いたところで一切解決には繋がらないだろ!?」
「そ、それは……」
急にうずくまる小夜に、やっちまったと言わんばかりに深い溜息をつくタケル。次に口を開いた時には、その口の形はへの字から三日月状に変わっていた。
「それに怒鳴りたいのは俺の方なんだがな」
「……え?」
「だってよ、俺はずっと蚊帳の外だぜ?お前とソフィーヤちゃんは響也と終始喋ってたし――あー、あれは思い出すだけで悲しくなってくるぜ」
「――ぷ」
本気でがっくりと肩を落とすタケルに、小夜が失笑する。その姿を見て、タケルは誰にも分からないくらいにだが少し笑った。
「あはは! なんだ意外と可愛いところあるじゃん!」
「な、なんだと!? お前だって響也にヤキモチ焼いてたじゃねぇか!」
「な、ななな!? ち、違うわよ!!」
「そうか? ――うん、やっぱりあれだ苅谷」
「うぅ、何よ」
「お前はいつもの感じが似合うよ」
「――ッ!」
きっと心からの一言だったであろうこの言葉は、周りからすれば正に爆弾発言だった。小夜は真っ赤になってうつむいたまま固まり、その正面に仁王立ちしているタケルはニコニコしていた。
「ねぇ、これって三角関係なの? 何なの?」
「すまん、俺にも何が何だか分からなくなってきた……」
その傍ら、響也たちが合流するのを待っていたVTS仲間は、本人たちを置いておいてまた混乱を余儀なくされたのだった。
やっと更新できました。そこそこ前から考えていた細部の設定も段々とまとまり、やっと進んできました。今回はちょっとばかし色気を出してみました。個人的には楽しく書いてます。もし楽しいと感じたならコメント欲しいです。今後もよろしくお願いします。