#1-1 ◆第一話 「緊急任務」◆
修正を加えました。
ロクに変わってはいませんので、ご了承ください。
それではどうぞ。
2100年 二月。
科学技術が急速に進歩した世界で、どこにでもあるようなワンルームマンションの中に黒のブイネックシャツと紺青のジーパンを着た青年が一人、ベットに座っていた。ベットに座っているのは勿論部屋の広さがそこまで大きくないからだが、男子としては意外にも小綺麗に整理された室内だった。
その青年はコーヒーをすすりながら手元にある“紙の”資料に目を通していた。
不意に目の前の黒の小型テーブルの上に置いてあった、白く長方形の端末が震えた。青年はそれに手を伸ばし、割箸を割るような感覚で開くと、割れ目から細長い薄緑のレンズとフレームが飛び出すように展開され、一瞬で眼鏡のような形へと変形した。
これが青年の所持する『ヴィジョン・リフレクター』である。
一切を気にしない様子でそれを眼前に掛ける。視界に広がるのはレンズを通しても黒っぽい世界。小首を傾げた瞬間、電源を入れ忘れていたことに気付き、ヴィジョン・リフレクターのスイッチ(眼鏡で言う智の部分)を押し込み、電源を入れる。
薄緑色のレンズには電気的な世界が広がる。
電脳世界は、現実世界とあまり変わらない。
ヴィジョン・リフレクターが開発される前、衛生画像などを駆使して大体の土地を作成、世界中の技術協力者たちが検地し、または不動産屋にて購入または借りた部屋の壁などの土地データを各々が細かく更新し、そのデータが電脳世界に反映され、大体の土地の具合がアプリなどに流用される訳だ。
――脳波感知 ALL GREEN ――
――行動脳波座標 更新 ――
――脳波感知対象 “キョウヤ=シズナイ”と承認――
レンズに表示された電子的文字を手で横にズラす動作をすると、表示もそれに合わせて横に逃げていった。これが先ほど表示された『行動脳波座標』のおかげだ。
行動脳波とは身体的な行動を起こした時に出る脳波のことで、それを感知して電脳世界のアバターに反映するという仕組みになっている。
「遅い! 早くお父様にリダイヤルしなさい、静内 響也!」
ウィンドウをズラした後、先ほど出れなかった通信相手にリダイヤルしようとした瞬間に、目の前に随分と時代遅れな西洋風ファッション(ロリータファッションとでも言っただろうか)をした“三頭身の”女の子がレンズにデカデカと表示される。赤を基調とし、白いフリルが施されたドレスにカチューシャ、セミロングな金髪をした虹彩異色症の少女、これが立体的に映るのだ。随分と素晴らしい技術ができたものだと感心する。
その可愛い少女は、ヴィジョン・リフレクターの音声出力が骨伝導式でなければ近所迷惑になりかねない声量で叫んだ。
「エリィ、音声出力が乱れてる。僕の精神を破壊するつもり?」
静内 響也と呼ばれた青年は一切動じずに、静かに諭すように少女に話しかける。
話すと言っても実際に声は出していない。
“話すように思ったことを”ヴィジョン・リフレクターが読み取り、音声に変換する機能「思考言語ツール」という機能だ。その音声は本人そのものだが、事前に使用者登録をした時の脳波から認識している。ちなみにこの機能はちょっと改良(悪用?)してやれば、考えたことすべてを話してしまうため、過去に話題になった嘘発見器代わりにも使用されるほどの代物だ。
「なんなら壊して差し上げてもよろしいのですよ」
エリィと呼ばれたエレクトリックミニマム少女は、上から目線で回答した。
「やってみろ。そうしたらすぐにアンインストールして製作者の下に帰してやるから」
「お、鬼! 悪魔ぁ!」
響也がさらりと返事をすると、エリィは一瞬呆気に取られ、次に泣きそうな顔で響也にグチグチ文句を垂れた。
「まぁそんなことは置いておこう。エリィ、しばらく待機してなさい」
「そんなことって」
「ん?」
「あぁいや、なんでもないのでございますのよ?」
明らかに動揺していた少女は後ろを向いて移動し、電脳世界のテーブルに座った。
ここまで見て分かったとは思うが彼女は電子的機能の自律人型感情プログラム《AI》だ。
元はと言えば、響也の友人が趣味で作ったもの(服装デザインは響也の趣味)だが、実は少々機能をイジってある。普通ならこれは違法なのだが、非公式で尚且つちゃんとした理由があるために違法ではなくなっている。
「さて、親父にリダイヤルしますか」
今回の通信はきっと“仕事”についてだろうと彼は予想していた。
頭の中で“三次元通話履歴の表示”と唱え、表示された画像の最新履歴を指でタッチして選択しリダイヤルすると、速攻で接続された。
「やぁ親父。相変わらず老けてるな」
瞬時に目の前に“縮小された”スーツの男性が映った。
男性は黒い短髪、優しそうな目(垂れても釣られてもいない)にピンと伸ばした背中がちょっとばかり不釣合だった。
少しだけ残ったヒゲがまた似合っておらず、童顔が入っている分余計だった。
「老けてなどいない。ただ知らないうちに顔に薄いシワが増えていってるだけだ」
「結局変わらないんじゃあないかねぇ」
響也は苦笑いしながら頬を掻く。
「気にするな。さて、そろそろ本題に入ろう」
父親のアバターは咳払いを一つつき、キッと正面の響也を見据えた。
「紙の資料は送ったと思うが、今手元にあるか?」
「勿論。随分と厳重な警戒だね。紙なんてそうそう使わないでしょ」
「確かに通信能力が格段にアップした今は全く使われない。だが現在の通話だって盗聴されている可能性があるくらいの手練が相手になる。それを警戒しての狼藉だ」
この回答にふと疑問点が浮かんだ。
「そんなに危ない敵なのか? 親父のところはセキュリティも万全で情報漏洩なんて真似はしづらいはずじゃあ」
「まぁとりあえず本部に来なさい。話の核心はそれからだ」
父親の表情が強ばったのを視認した響也は、この事態がなかなかに深刻だということを認識した。
「了解。三十分くらいの猶予を私にください、“中将”」
「事故を起こさない程度に急ぐように、“少尉”」
響也との通信を切った後にすぐさまAIが近づいて話しかけてきた。
「響也、お仕事?」
父親からの真剣な話をしていて、ちょっとした緊張感を感じていた矢先に可愛らしい声がかかってつい口元が歪んだ。
「あぁ、“お仕事”らしい。お前のサポートが必要になるかもな」
「そうなの、しょうがないから貸してやるです」
響也が少しおどけた調子で答えると、AIは乏しい(デフォルト化されているから余計に)胸を張って答えた。
「お前なぁ……まぁいい、行くぞ」
「はいです」
ヴィジョン・リフレクターを付けたまま、玄関のすぐ横の壁に掛けてあるカーキのミリタリージャケットを羽織って外へ出て行った。
「エリィ、キーはかけたよな」
指紋認証式の電動自動車に乗り込んだ後、念のためエリィに確認を取る。季節が季節なもので、すぐには発信せず、少し手を擦って温める響也。車内でも息が白く、なかなかの寒さを物語っている。
「プログラムが忘れるようじゃ、アンインストール決定でしょ」
そんな響也をよそに、またもや胸を張るエリィ。別にそこまで反らなくても、一部分を自己主張しても既に抗えない事実が存在しているのは分かるというものだが。
「ありがとう」
面倒なので素っ気ない返事をした(勿論実際には声を出していないが)はずなのだが。
「ふ、ふん。意外と素直ですね」
過去に例を見ない反応をした。しかしそれがなんなのか分からず、無視することにした。手もある程度温まったのでエンジンを起動する。それと同時にエアコンを付けた。
「それじゃあ行こう。ナビを頼む」
「了解なのです」
騒音少なく、機械は走り出した。
◇ ◇ ◇
響也が向かった先は「セキュリティ・オールマイティ社」。
名前の通り電脳世界のセキュリティについての問題を解決するための会社で、セキュリティシステムを売り出したりなども行っている、セキュリティに関してはトップクラスの会社だ。
――というのは表面上、実際はJ・EWSP(日本エレクトリックワールドスペシャルポリス)の本部なのだ。
一般の人間は入れない地下駐車場に車を移動させると、入口付近で急に若い警官に捕まった。
「おい君。無免許でしょ、降りなさい!」
響也ははぁ、と心の中で溜息をつき、ポケットから免許証と一枚のカードを取り出して警官に見せた。
それを見た警官は一瞬で血相と共に態度も変え、即座に謝罪してきた。
「慣れてるからいいけどさ」
いつもは中年のおじさん(面識アリ)なのだが、今回は若くてきっと正義感の強い人だったんだろう、仕方ない。そう結論づけて忘れることにした。
「エリィ、笑うんじゃない」
「だ、だってJEWSP証明書が無いと分からないような童顔って……!」
視界の端でゲラゲラと笑う少女のせいで少々忘れづらくなったが。
それにしても本当によくできたAIだなとも感じたが。
JEWSP証明書は全くもって説明のしようがないが、あえて言うなら免許証のようなものだ。詳しくは知らないが、どうやら紙が特殊な素材らしい。
静かなコンクリートで包まれた薄暗い駐車場に駐車し車を降り、ある程度歩くと「業務用」と黄色と黒で斜線を引いたステッカーの付いたエレベーターが見えた(仮に誰かが来ても誤解を起こさせるためだが)。一切を意に介さず、下降ボタンを押した。
そのうち目の前に機械の箱が現れ、それに乗り込んで最下層のボタンを押した。
エレベーターを降りると、分厚い鉄の壁が現れる。
『コードネームをどうぞ』
機械的な音声でコードネームの確認を促す。今でも使われるれっきとしたセキュリティだ。
「ケイ少尉です、ティ中将に呼ばれています」
『声紋、脳波をケイ少尉と確認。呼び出し確認をします、少々お待ち下さい――承認、ロックを解除します』
鉄製のドアが上にスライドされ、中に入れるように――なってなかった。
なんと分厚いドアのすぐ前にあの父親が立っていた。
「やめてくれよ。びっくりするだろ親父」
父親は苛立ちを覚えるほどにニヤニヤして立っていた。呆れながら脳波検知に使ったヴィジョン・リフレクターを外して電源を切る。
「お茶目だ、気にするな」
「これが僕の父親、しかもJEWSPの中将の姿か」
踵を返した父親の後ろを、呆れながら付いていった。その対象は全く気にしていなかったようだ。
彼の本名は静内 貞喜。JEWSPの中将を勤めており、響也の父親である。少々見た目に合わない子供らしさが見える。コードネームはティ、仲間からの評判はいいらしい。
「相変わらず凄いな、この空間は」
響也は口でこそこう言っているものの、表情には反映が薄かった。つまりはそれほど慣れているのだ。
視界に広がるのは、マイク一体型ヘッドホン(分類上旧型と称されるが、使用者の激減によりローコストで大量に仕入れることができるため、EWSPに好まれて使用される)を装着した無線通信士が何十人も、電脳世界のウィルスサーチ専用機(パソコンのような機械)のボードを常時叩いていた。彼らの正面には世界最大級と言われる大画面電子ペーパーがあり、世界地図らしき画像と、その世界の通信状況やら何やらが分かると言う画像が所狭しと広がっていたが、“響也はその役”ではないために全く分からなかった。
「そうだろそうだろ。まぁそんなことはいい、ケイ少尉」
「ハッ」
急に真面目な声音に変わり、響也は休めの形で気を引き締めて返答した。
「資料には目を通したな」
「えぇ。つい先週起きた共学の県立高嶺学園の高校二年男子生徒がウィルスによって脳波干渉を受け、暴行を行った事件について書かれていました」
「その通り。実はこのウィルスのマスターが学園に潜んでいる可能性が高いと判断された」
父親の表情は固く、少しだけ目線を地面に移した。貞喜はこれで正義感が強い男だ、とても不愉快なのだろう。
「中将、なぜそのような判断に?」
ピシッと背筋を伸ばしたまま、響也は父親に問う。これはあくまで仕事、相手の状況よりも情報が優先だ。
「ここ最近、あの学園にはウィルスがよく出没しているらしい。尚且つ、セキュリティデータの改竄が見られたそうだ。この情報は我らの表側の仕事であるセキュリティセンターとEWSP関係者の両方から来ている。信頼度は高いだろう」
「データの改竄とは具体的にどんなものですか? それと、その関係者とは一体だれですか。名前の紹介はできませんか?」
この瞬間、貞喜の顔は苦虫を噛み潰したかのように歪んだ。これは少々手痛い質問だったようだ。
「データの方はどうやらマスターを特定されたくないがために、ウィルスの情報になりそうなものを編集したものだと睨んでいる。ただ、正直を言うと詳しくは分からん。次に、こちらに通信を入れた人物は不特定人物と名乗り、アバターの表示を断ったそうだ」
一般警察ならともかく、EWSP関係者までお断りとはな、と父親は自嘲気味に小さく笑った。通信機能の一つ、アンノウン表示はいわゆる携帯の発信者を知らせない機能のことだ。
響也は思案顔になって口を開いた。
「大体流れは了解しました。しかしどうして自分をお呼びになったのですか」
響也は当然の疑問を口にした。なにせ自分に一切の関連性が見当たらないのだから。その言葉を受け取った貞喜が悪いことを考えてることバレバレな笑みを浮かべた。
一瞬にして響也の危険信号が脳内に暴れ牛の如く鳴り響いた。
「本当は分かっているんだろう? “私の息子”なのだから」
「えっと、まさか?」
「そのまさかだ。ケイ少尉、貴官に長期潜入捜査の緊急任務だ」
ふふふ、とわざとらしく笑いながら、実に楽しそうに命令を下す貞喜。それとは真反対、凄まじく動揺し休めの形を崩し、冷や汗をかきながら反論の言葉を探す響也。この温度差はなかなかに面白い光景だった。
「はっはhっは、中将。自分は二十代後半に入ったばかりですよ? 流石に学園に潜入は難しくないですかね?」
冗談っぽく笑って、その裏で必死に思い浮かんだ単語で反論するも貞喜はどこ吹く風。そして変なことに、視線は響也ではなく、真横にズレていた。
「ティ中将、話を聞いて――ん?」
まるで固定されたかのような笑顔に違和を覚え、ティ中将の視線を追ってみると、その方角に微かに笑い声が聞こえてきた。笑い声というよりかは失笑、と言うのが分かり易いだろうか。
「君はどう思う、Софья Несторовна Кондрашова殿」
「中将。あの、出来ればフルネームはご遠慮願いたいのですが」
そこまで眩しくないライトの白い光の影からゆっくりと歩く人影。口元に薄く笑みを浮かべ、まるで西洋風の人形のような気品のある女性が姿を見せた。
雪のように真っ白な肌、自分より頭半分ほど低い身長だが、結構ウェーブのかかったロングの白髪に少しばかり垂れ気味の青い眼、全体的にスラッとしたスレンダー体型だった。
「えっと、少尉。そんなに見つめられるのは困るんですけど」
あまりの綺麗さに見とれすぎて惚けていたようで、少し顔を赤らめもじもじするソフィーヤ。響也は慌てて目線をズラし、あれ、なんで階級を知っているんだと言う疑問も浮かばないまま、実の父親にはぐらかしも込めて話題転換を図った。
「あ、う……えぇっと、ところで話は戻りますが、自分が高校生なんて無理があります。適任は他にもいるでしょう」
「少尉は高校生ではないのですか?」
急に疑問符を浮かべたソフィーヤさんは冗談を言っているようには見えなかった。それが逆に辛いと響也は感じたが。
「あの、ソフィーヤさん、もし自分が高校生なら“特尉”の名を冠するはずですけど」
「あ、そういえば」
特尉とは、その名の通り特別な階級のことである。
いくつか例はあるが、例えば先程出てきた高校生などが主流だ。
つまり、結果的にはその例の高校生に間違えられた訳で。
もしかして天然なのかと、心の中で響也は疑問に思った。
「ま、諦めなさい。私の息子なんだから」
「それって随分自虐的ですよね、ティ中将」
ケラケラと笑う貞喜に、愕然とする響也。ソフィーヤは一人で困惑していた。
「まぁいいか。それで中将、彼女はどうしてここへ?」
「彼女はR・EWSPからこちらに配属されることになった、ケイ少尉の二個下の准尉だ。今回の任務のパートナー、とでも覚えておくこと」
「二個下だったんだ、てっきりもっと若いかと」
「あらお上手」
ホホホ、と指を揃えて口に当てて軽く笑う。それっておばさんとかがするような行動じゃなかったかと疑問を浮かべたが、表情に出ない内に流した。
「まぁ、一人じゃないだけマシか。よろしくお願いします、准尉」
サッと右手を差し出すとソフィーヤは握手を交わし、急に自身の方へ引き寄せた。
「うわっと!?」
前のめりにバランスを崩した響也を受け止めるかのように、響也の腰に手を回してハグをするソフィーヤ。思考が追いつかなかったのはその場にいる中将も同じだった。とりあえず火照った顔を見られないよう天井を見ながら、ソフィーヤに問いかける。
「えと、ソフィーヤさん?」
「ソフィ」
「へ?」
「私のことはソフィって呼んでください、少尉」
うるうるとした蒼い瞳で上目遣いをしているソフィ。その姿に響也はてっきりある誤解をした。
「え、えと。よろしく、ソフィ」
「えぇ、よろしくお願いします」
そう言って今度は何事も無かったかのようにサッと離れ、ソフィは視線を地面に固定し、響也を見ようとはしなかった。
な、なんだったんだあれは、と響也は訳の分からない感情で狂いそうだった。
「あぁそうだ少尉、言い忘れてたが」
一緒になって固まっていた中将が不意に言葉を投げかけてきた。響也はほぼ反射的に目線を貞喜に移した。
「きっと二人同時に学園に転校したら、ヘタをすれば敵に気付かれる心配があるため、交通トラブルに巻き込まれたということにして、ソフィは少し遅く任務に参加する。先に響也が単独で一週間過ごすように」
「了か――はぁあああああああ!?」
それは彼女と二人っきりの任務という淡い期待を、見事に延期させてくれる宣告だった。
こうして、まさかの響也の一週間一人ぼっち任務が開始されることが決定した。
まず初めに、この小説を閲覧してくださった初見、そしてそれ以外の方々も、誠にありがとうございます。段々と修正していきますので、どうぞ生暖かい目で眺めていてください。
今回はちょっとした場所の説明とでも言うべきでしょうか。
尚且つ基本的なキャラクターの登場でもあります。
次は学園編ですので、どうぞゆっくり待っていてください。