#3-2
やっと更新できました。今回は伏線バリバリに貼られた話です。ゆっくり読んで頂ければ幸いです。では、どうぞ。
「ねぇねぇパパ、夏休みに入ったら遊園地連れてって!」
一人の少女がソファに座っている白い髭を生やした男性の背中に抱きつく。既に日は暮れて、外は暗い闇に包まれていた。そんな街のある西洋風の家に、暖炉の明かりを浴びている家族がいた。
「ははは、いいだろう。パパのお仕事も落ち着きそうだし、連れて行ってあげるよ」
「まぁ、それは随分と頼もしいこと。ソフィ、良かったわね」
「うん! 約束だよ、パパ?」
「勿論。今までソフィに嘘なんかついたことはないだろう? さ、今日はもう遅い。早く寝なさい」
「だよね、パパ大好き! お休みなさい!」
ソフィは年相応のはしゃぎ方をし、嬉しさのあまりか父親の頬にキスをして部屋を出る。男性はニコニコしながらその姿を眺めていた。
「むにゃ、おトイレ……う?」
普段は家族が寝静まる頃、ソフィが排泄欲からふと体を起こすと、隣の親の部屋から聞き慣れない音が鳴っていることに気が付く。まるで丸太を壁に打ち付けるかのような鈍い音が。
「なんだろ」
排泄欲も忘れて興味本位で隣の部屋を目指す。ヒョコっと半開きのドアの隙間から、部屋の中を確認する。
「パパ、ママ? 何して――」
そこに映ったのは理解できない光景だった。大きな窓から差し込む月光に照らされて、コントラストと化した大きな父親の姿。その片腕にはかつては生きていたであろう血まみれの肉塊が力なくぶら下がっていた。普段は白い壁が、真っ赤に染まっている。壁だけではない、床も、天井も……そこは既に真っ赤な部屋と化していた。
「なに、これ……パパ?」
むせるほどに部屋に充満している人の香り、一面に飛び散る月の光に照らされる赤い液体。
片腕を真っ赤に染めた父親が、ソフィーに一歩一歩近付いて行く。
「いや、こんなの、パパじゃない……!」
近付くにつれて父親の顔がはっきりと見えるようになって行く。その人間の表情が鮮明に見えてくる。その顔は、普段ニコニコしている父親と全く異なる冷めた顔だった。
父親が右腕を振りかぶる。恐怖のあまり、足がすくむ少女。
「危ない!」
その掛け声が掛かった瞬間、糸の切れた操り人形のように前に倒れる人間。逆光で真っ黒な人がソフィーの前に出てその倒れる人間を受け止める。
「大丈夫か!?」
少女は既に意識を失い、倒れていた。
「なんで今更、こんな夢見るんだろ」
一人ベッドから上半身を起こして呟くソフィー。その瞳には涙が溜まっていた。
「響也――響也も同じように困ってるかな……?」
うずくまりながらある男性の名を呟く。ふと昨日のガルブツィーのことを思い出した。
「うん、そうだよね。ああいう悲しみが分かってる私が慰めに行くべきだよね。が、ガルブツィーはただのついでなんだから……うん、そうだよ」
言い訳を考える頭の片隅にはモヤモヤしたものが残っていた。二十歳も越えている身としては既にそれがなんなのかを知っていたが、なんとなく小っ恥ずかしい気持ちになって余計なことで誤魔化しているだけだった。
未だに低い気分のまま、電子レンジの温め終わるのを、お気に入りの歌を口ずさみながら待っている時点で誰がどう見ても説得力に欠けているのだが。
「響也ー、差し入れ~」
響也の部屋の前にてインターホンを数回押し込む。部屋の中から旧式を模した電子音が響くが、どうも反応がない。
「おかしいなぁ、いないのかな?」
電話を入れようと、民間通信用のV・Rの電源を入れる。
「響也はいないです」
「うわわ、びっくりした! エリィちゃん、急に出てこないでよ~」
「ごめんなさい」
その瞬間に画面に現れるエリィ。口では謝っていても、口調は一切謝っているような感じはしなかった。それはソフィにとっては癪ではなく、気にする様子もなかった。響也がいない事実を知り、自室へと足を運んだ。
「ところでずっと気になってるんだけど、いつまで私のV・Rにいるつもり?」
「響也の壊れかけの精神が修復するまでです」
しれっとすごいことを言ってしまうAI。あまりにもきっぱりと無表情で言ってのけてしまうエリィに、ソフィはしばらく自室で絶句していた。
「って、響也の精神が壊れかけってそんな酷いの?」
「えぇ、なにせ掘り起こしたのは最大のトラウマですから。鬱とまではいかないでしょうが、早くて――本当に早くて一週間は学校にすら来れないでしょうね」
「そんな――」
嘘でしょ、その言葉が喉まで来たところでソフィがグッとこらえる。なぜかは分からないが、信じたくはない何かがそれを抑制したのだ。
「それに、ソフィのV・Rに移ったのは一時的で、ある希望を見出しているのですよ」
「希望?」
「えぇ」
ひと呼吸。本当に人間らしい行動を取るAIにより、本物の人間となんら変わらない印象を受けるソフィ。エリィが口を開く、その時を生唾を飲み込みながら待つ。
「あなたに、響也を助けて欲しいのです」
「――え、助ける?」
「そう、これは“似た過去を持つ”あなたにのみ頼めることです」
「――ッ!」
開かれた口が紡いだ言葉は、単純にソフィにショックを与えた。
響也と自分が“似た過去を持つ”。
「なんで、分かるの?」
「ずっとあなたのV・Rにいましたから、失礼ながら横でうなされているあなたを終始見ていたのです」
「そう。ねぇ、エリィ?」
「なんでしょう」
ドクン、と心臓が高鳴る音が聞こえた気がした瞬間、本人にも分からない内に足を踏み出していた。
「響也のところまでナビお願い!」
◇ ◇ ◇
『うし、出欠席の確認するぞ~……ん? 主席次席カップルが揃って休みか』
同時刻、桜も既に散った月曜日、現代文の授業に主席と次席、つまり響也とソフィの姿がなかった。
「先生、響也は諸事情により休みだってよ」
「ソフィちゃんもそうです」
『タケル……おまえ、小夜のように言葉遣い気にしねぇの?』
「――すいません」
現代文教師、渡良瀬 郁美がタケルに対してトゲのある言葉を発する。Aクラスほぼ全員は「高圧的な態度の先生もだろ」と心の中でツッコミを入れていた。
(今更何言ってんだよ、“逃げた”クセしてよ)
一人、頬杖をついて穏やかでない感情を抱いていたが。
「……」
「あーもー疲れた!」
「そうだね」
時刻は回ってお昼時。今日はたまたま午後から雨が降り出し屋上が使えない為、賭け事をすることができなくなった。現在は小夜とタケル、食堂にてお互が向かい合う形で――とはいえ何やらぶすくれた感じのタケルはまた頬杖をついて横を向いていたが――座っていた。
「あのさ、渡良瀬先生となにか……あったの?」
「なんでもねぇよ!」
小夜がさりげなく気になったことをタケルに聞くと、急に憤慨したようにタケルが立ち上がって答え、食堂にて雑談していた生徒全員が視線を一点に向けてしらけていた。申し訳なさそうにゆっくり座ると、再度雑談を始める生徒たち。しかし、生徒側から断片的に聞こえる単語に少々反応してしまう小夜とタケルだった。
「あのさぁ」
「え、何?」
小夜が炭酸飲料を口にあてがって飲もうとした時に、タケルから声がかかって動作を中断した。
「お前さ、渡良瀬のことどう思う?」
「渡良瀬先生? う~ん、普通にいい先生じゃない?」
「――そうか、分かった」
「何?」
「いや、なんでもねぇよ」
「???」
ちょっと質問したかと思えばすぐに「何も言わないぞ」と言わんばかりにそっぽを向いてしまう。小夜はあからさまに何か言いたそうにもじもじするも、目を閉じているタケルは少しも知ることはなく――そんなことがずっと続き、ついには昼休み終了の鐘が鳴ると同時にさっさとタケルが席を立って行ってしまった。
「あ……もう、酷いなぁ。折角――折角、ソフィちゃんからロングの髪にウェーブをかけるコツ、教えてもらったのになぁ。タケルったら気付かないんだから」
一人虚しく呟いて、珍しくロングにした髪型を手櫛ですく。ふぅ、と溜め息をついて小夜もAクラスへと向かった。
「あんな人間の、何がいいんだよ」
タケルはずっと考えていた。目を閉じていたのも自分の中にある考えがまとまらなかったことが原因だった。ぶつぶつ呟きながら歩いてく。それ故にふと現れた誰かに反応出来ずにぶつかる。
「おっと、すいませ――」
「おう、タケルか。珍しいな、お前が前が見えなくなるくらいに物事を考えてるなんてな」
「うっせーよ、ほっとけ」
ふとタケルの眼前に現れ、ぶつかったのは他でもない、渡良瀬だった。
渡良瀬は見た目若い。正直二十代後半くらいに見えるほどに若く見える。タケルよりも大きい185cm程度の身長、黒縁メガネ、顎のちょび髭に少しばかりだらしなく着込んだスーツが基本スタイルで、案外女子からの人気が高い。性格は温厚、非好戦的で滅多に怒らない。ただし、愚痴はたまにこぼすが。
「まだ“アノコト”を気にしているようだな」
「――ッ! 勿論だ、この野郎!!」
「黙れ、ここは学校だ」
「うぐ……」
「――悪かった」
叱責したかと思えば、声音を低くして短く謝罪の言葉を述べ、軽く肩を叩いて去って行った。その後ろ姿をポカンと眺めるタケル。
「そういう言葉を求めてる訳じゃねぇんだよ……」
段々と小さくなるその姿に、ポツリと呟くので精一杯だった。
◇ ◇ ◇
「響也……」
白髪の女性が肩を大きく上下させながら病院のある部屋に辿り着く。
――集中精神治療室。
それは過去の二十世紀にあった集中治療室と違ったもので、“精神のみ”重点を置いて集中する空間。医療技術でも成長を見せる現代では、各治療施設(病院、少年院etc.)ではそれぞれ専用の機器を導入、治療時間の加速化も含め、現代は大幅に進化しているとある昔の学者が言ったそうだ。
その白く狭い空間に、ガラス一枚を隔てて映る響也。顔を外に向けたまま、一向に動こうとしないために顔が分からない。
部屋に入ろうとすぐ横のドアをノックすると、中から電子的な声が掛かる。
【どちら様でしょう?】
「ソフィ――響也の、えっと、“知り合い”です」
ここで“恋人”などというのは少々恥ずかしいものだ。潜入任務の為に学校へ向かい、恋人として扱っているとはいえ、やはりそんな呼び方はしない。自然と言葉に迷った挙句、出たのは“知り合い”という単語だった。
どうして、何かが残念なの……?
片隅でそんなことを思っていた途中、ふと先程の機械音が響く。
【患者様が部屋の入室を許可しました。しかし現在も治療中のため、持ち時間は十分程度ですので注意してください。ではどうぞ】
声が終わると共に取っ手のないドアが開く。そのすぐ近くにいたであろうアンドロイドが背を向けて設定されていたであろう位置に戻る。
「アンドロイド」
現在施設でアンドロイドを運用するのは、人の命に関わる医療のみとされている。既に二十一世紀となった今でさえ、未だにアンドロイドの運用は難しいとされている。ほぼ試験運用に近いが、過去に比べればかなり性能が上がったと聞く。因みにエリィはこのアンドロイドの思考回路の役割をするのではないかと、開発関係の会社と手を組んで運用しているのだとか。
「響也……」
一人で使うには少々大きい部屋。まるでガラスの箱につめられた鳥のように、大人しくベッドで寝ていた、というより上半身を起こした状態で固まっていた。声を掛けるとソフィの方へ顔を向けた。しかし、それ以上の行動が起きない。
「響也、V・Rを外してこっち向いてくれないかな?」
「――あぁ」
機械的な反応をした後にV・Rを外して目を向けてくれた響也。その姿に大きなショックを受けた。
少しやつれた姿に目の下はクマが濃くでき、健康的な日々を過ごせていないことが伺えた。そして何よりも驚いたのが――。
「目が、白くなって……?」
響也の目の輪郭辺りと中心を除いて、白に近づいていることだった。
はいどうも、紫苑です。ソフィちゃんの過去(一部)と今後に期待の話題が飛んできましたよ。これはもう次回を期待していてほしい、かな?
えとえと、響也の体に異変が起きはじめました。彼に一体何が起きているのでしょうか?
それはまた次回に。




