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五本の禁器  作者: 天川 秤
前談
2/4

三日前

 光の届く事のない錬の国内部。地下幽閉庫――別名『深穴』で、混乱が生じた。

 

 この混乱は現在、地下幽閉庫内部で収束している。しかし、この問題が地上に這い出る事など、時間の問題と考えられた。それ程までに、事態は深刻で――異常である。

 

 地下幽閉庫の警備にあたっていたのは、錬の国、国立戦士団の選抜部隊――特務士団である。倉庫深くの空間に五列横隊で整列する十五人の精鋭達の表情にも、一様に不安と混乱――そして脂汗が滲んでいた。――これが自分たちの失態である事に、変わりはない。


「本件は、国家存続を賭ける非常事態だ」


 特務士団の前。両脇に篝火を持った騎士を連れ経った壮年の男は、十五人の『罪人』に向け、厳かな口調で告げた。言葉一つを聴くたびに、特務師団の面々はびくり、と体を震わせた。


 壮年の男は左腰に携えた純白の剣を光らせ、目つき鋭く睨む。状況はまさに、『蛇に睨まれた蛙』――いや、蛇よりももっと壮大で荘厳な生き物――龍の様にも思えた。


「この倉庫より盗まれた『禁器』は、我が国家だけに留まらず、近隣諸国にも多大なる影響を与える……。それは即ち、禁器の管理を議会より任された、偉大な国家の滅亡を意味する。理解は出来るか?」


 響く声。音程は次第に低く、石や金属で囲われた空間で反響した。


 この地下幽閉庫より盗まれた『化物』――禁器と呼ばれるそれらは、国家の行方を左右するほどの『怪物』である。明るみに出れば、地上には恐怖が蔓延するだろう。


 十五人は肩を震わせた。その中で一人、黒髪を短く切り揃えた青年がかちかちと無様に鳴る口を必死に抑えながら「り、理解出来ます!」と言った。その刹那、青年の首は宙を舞う。壮年の男の手には、いつしか赤く染まった白亜の剣が握られていた。


「理解出来ているなら、そういう事だ」


 剣を左右に振り、血を辺りに撒き散らす。恐怖で、後ろに並んだ女騎士が尻餅をついた。必死に噛み殺しているものの、生唾を飲む音や口の端から途切れながら湧く悲鳴が、何時しかこの空間を支配していた。壮年の男は剣を持ったまま、特務士団の整列隊形の中に一歩を踏み出す。十五人――今となっては十四人の精鋭達はまるで、赤子のようであった。


「今、この情報は王宮の上位層にしか通達されていない。……元老院の相談役もこの案件については揉み消せ、との事だ。つまり、この事実を知るのは現在、十名にも満たない人間と、ここにいる、我々だけだ」


 しかし、と男は続ける。


「お前達は一介の戦士。国家に就く、使い捨ての駒に過ぎない。……こんな真実を背負い、これから日々を生きるのは些か、重すぎるだろう? それを踏まえて、陛下に加え元老院はお前たちの処分を決断した」


 それは、即ち殺す、という事だ。


 特務士団の十四人は、あからさまに驚く様な事はしなかった。しかし、自分の命の終わりを感じ、涙を浮かべたり、嗚咽を漏らしそうになっていた。壮年の男は、剣を突きつける。切っ先の前にいた戦士の目は見開かれ、ぶれていた。


「執行に猶予は付かない。……つまり処罰の決行は現時刻に開始、という事だ。遺書や自分の所持品、その他所有物に関しては、全て処分が決定されている。つまり、お前たちの生きた証拠は物体としてはここに一切残さない。――外部との連絡を企てるやもしれない、との判断だ。……いいな」


 返答は勿論、無かった。


 その後の戦士の行動は、主に二分される。泣き喚く者が少しいて、後は自分の運命を受け入れ堂々と処罰を受けた者。どちらの死に際も、周りから漏れる小さな悲鳴には大して変わりが無かった。――屍の山は徐々に増える。最後には、傍らに引き連れた篝火持ちの男達によって焼き払われるらしかった。


「……お前が最後だ。最後に、残す言葉はあるか?」


 壮年の男は、今や一人となった戦士の前に立ち、そう問う。戦士は汗と血を垂らしながら、口をぱくぱくと動かした。目はぎょろぎょろと動きを活発にしていた。


「ち、地上に、いる……っつ、妻にこ、言葉を」


 だが、それ以上の言葉は戦士の口から出る事は遂に無かった。


「駄目だ」


 切り捨てられた頭部が床を転がる。その数占めて十五。戦士の数と同じだけの死体が出来上がった。壮年の男は手で顔に付いた血を拭い、篝火を持った二人の男に「燃やせ」と支持する。油を撒いて、火を落すと辺りは真っ赤に染まった。そんな光景を背後に、男は地上へと向かう。


 業火は地下の土盛った空間で増幅され、悲鳴の様に聴こえた。ごうごうと鳴る腹の底に響く死者の声に、男は引かれる事は無かった。


 これにより、真実を知る者は極一部に占められた。


 平和はこうして、守られたのだ。


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