◇偽りの領地④
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こんなにもココが疲弊していただなんて。
サラリと私の小さな掌から落ちる、嘗ては肥沃だったのだろうイルファドールの恵みの素は、今や荒野同然となり、目の前の大地に広がっている。
ボソボソな畑の土は養分がなさそうで、しかも、見るからに水捌けが悪そうだ。
「これがルードベルク王国の食糧庫の現状だと言うの・・・?」
あまりの惨状に、くつくつと笑いが込み上げてくる。
「ふざけるな、セドリック!!」
ジャリッ、と握った土を、傍に立って控えていた老執事に投掛ける。
私は視察と称し、朝早くから起き、乗馬服に着替え、私を制止しようとする使用人達を振り切って馬に跨り、領主館に程近い農地に駆けつけてみれば、民は疲弊し、肥沃な大地は痩せ果て、荒れていた。
「子供は、女達は何をしてる?」
その痩せ果て、荒れている農地で、それでも必死に生きようと、命を繋ごうと懸命に働いているのは、年老いた老人か、無益な賦役で疲れ果てている男達だけ。
「このままでは、この地は新しい年を迎えられない。」
もっと悪ければ、本来は王家に納めるべき収益金や麦も取れないかもしれない。
いや、収益金はあの男が貯め込んでいた貴金属でどうにかなるだろう。
しかし、それではあの男の下で、長年の圧政に苦しみ、悲しみ続けてきた民は救われない。
「何をやっている!!このままでは本当にこの地は終わると言うのに。女も働かせろ。そうでなければ飢え死にするぞ!!」
土を掛けられても、微動だにも動かない老執事の胸座をつかみ、突き放す。
食べ物が無い侘しさやひもじさは、相当な苦しみや恨みを生みだす。
もし、このままここの民が餓えれば、やがてそれは暴動へと繋がり、罪もなき者たちの多くの血が流れる事に繋がる。
その時、私の頭に真っ先に浮かんだのは・・・。
(そんな事は、させない。)
乗馬用の鞭を、力の限りギリギリと握りしめ、唇を噛み、私は覚悟を決めた。
「セドリック、お前にはやって貰いたい事がある。やって貰えるな?」
これはもはや頼みでもない。ただの傲慢なる命令だ。
拒否は許さない。
その意を込めた眼差しをセドリックに向ければ、彼は私に恭しく頭を下げた。
「過去10年間に遡ってのここの領地の収支記録と天候、王家へと献上した品物と報告した書類を出来るだけ集めろ。そして職業訓練場の建設と誰でも利用できる学舎と医療機関を創りたい。人を集められるか?
報酬は現物支給だ」
これは応急処置でしかない。
荒れた荒野を回復させるにも時間はかかるし、かといって、新しい事をするにも時間はかかる。
報酬でもある現物(食糧)も、無尽蔵ではない。
それでもやらなければならない。
その私の決意を見抜いたのか、老執事は膝をつき、頭を垂れた。
「全ては、仰せのままに、――我が君。これより先、私、セドリック・ユイ・ジャクソンは、貴女様に命ある限り、誠心誠意お仕え申し上げます。」
それは、物語やお伽噺に出てくるような、立派な口上で、完璧な恭順の礼だった。
迷ったのはほんの僅か。
今も頭を垂れている老執事に手を差し出し、私は一つの単語を発した。
「アイリーン・ファナルだ。いや、よ、か。」
私のその苦笑交じりの言葉に、彼は全てを察し、何かを感じ取ったようだった。
事実、彼は後世次のように語っている。
――魔女伯様の悪知恵と企みには、誰も敵いませぬ。流石は我が君。
と。
動き出すまでが長いぞ。
恋愛要素はまだ微塵も出てきてませんが、ご容赦を。