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◇偽りの領地③

更新。

 血に濡れしは、望まれぬ戦姫。

 守られし者は、暁の聖なる乙女姫。

 求められしは、闇を打ち払う聖少女。


 歴史は語る。


 血に濡れしモノには、『死』なる正義の裁きを、と。



「無様だな。」


 失神し、縄で身体を縛られ、シュリによって監禁専用部屋に連行された男の行く末は、もはや救いも望めない、生きながらの地獄。


 民からは、なけなしの血税を啜るだけ啜り、貪り尽くし、更に富を得ようとした狡猾な獣。

 その狡猾な獣は、瞳は濁り、身体は肥え、声には奢りと嘲りしかなかった。

 

 それで領主とは、呆れ果て、笑いも出て来ない。


 あの男を殺してしまいたいと思い、願う人々がいるのは十分知っている。でも、その通りにあの男を斬頭題の露として処刑しまうのでは、割に合わない。


 革張りの椅子に座れば、ギシリ、と、音を立て、布が沈む。


 その椅子に座り、机の上に置いたのは、持参してきた高級な羊皮紙。その羊皮紙の上に、インクを浸した羽根ペンのペン先を走らせ、書いているのは、新しい辞令書。

 

 それを見て思うのは、良くこの短期間で、ここまで字が書けるようになったな、と、言う事。


 私を自分の娘として、伯爵家の人間を騙せと命じた男や、その家族達は、命じておきながら、私に一切の教育を施さなかった。そればかりか、嫁ぎ先の情報さえよこさない。


 きっと、偽りの期間が終えたのなら、私は秘密を知っている邪魔者として、秘密裏に殺されるなりなんなりして、始末されるのだろう。


(そうなったら、あの方は泣いて下さるだろうか。)


 と、我ながら厚かましい事を考えてしまい、苦笑が漏れる。


 私が令嬢になっている事も、罪と知りながら、こんな事に手を染めているのも、あの高貴なる人は知らない。


 あの人は、自分で貴族だとは一言も言わなかったが、立ち居振る舞いが綺麗で、話し方も緩やかでいて丁寧だったので、言われなくとも判ってしまった。


 その人に初めて会った時に、「名前は?」と聞かれた時、私は自分の名前が答えられなかった。


 それもそうだろう。


 何しろ、物心がつくかつかない頃には、既に貧民街の一員だった私は、名前を付けて貰った記憶も、優しく名前を呼ばれた記憶もなかったのだから。


 その事を、嘘・偽りなく告げたのなら、あの人は私を連れ、小さな聖堂に連れて行き、洗礼を受けさせてくれた。


 ――君の洗礼名は『ファナ』だ。そして、君の君だけの特別な呼び名は・・・。



 私がもう一つの名前を思い出し掛けた時、その声は聞こえた。


「奥方様、如何なされました?」


【・・・っ、い、いえ、なんでもないわ。】


 一体、何時からそこにいたのだろうか。

 私は驚きのあまり、自分が異国語で話している事にも気付かず、急いで笑みを浮かべた。


 私に声を掛けてきたのは、この腐敗しきったイルファドールにおいて、唯一、主家たるエディエス家に忠誠を誓い、この領主館をギリギリの所で守り、整え、危険を承知の上で嘆願書を届くようにした、老執事のセドリック・ジャクソン氏。


「そうですか?なら奥方様、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」


 良いでしょうか、と、聞きながら、彼は既に、もう聞く事を決めていた。

 私は面倒だと思いながらも、笑顔で頷いた。


「奥方様におかれましては、いつから当屋敷の庭を好きになって頂けたのでしょうか。」


【・・・っ、】


 迂闊だった。


 あの令嬢は如何にも草や花、小鳥と言った自然より、ドレスや宝石等と言った贅沢なモノを好む性質で、現に、あの令嬢の頭の中には、贅沢をするコトしかない。


 王都を離れ、少し油断していたのかもしれない。

 

 でも。


 私は焦る内心を綺麗に押し隠し、微笑んだ。


【ヒトは変わるものよ?セドリック。貴方も、私も、否応なくね。】


 何を考えているのか、画策しているのか、何も窺えない笑顔。


 その笑みを浮かべた私を、数秒だけ見つめ、セドリックは深い溜息を吐いた。

 その態度に、どうやら今回の処は私に勝ちを譲ってくれる気になってくれたらしいコトに気付いた。


 私はそれに安堵し、ここぞとばかりに、止めを刺した。


【あぁ、それからね、セドリック。】


 にっこり、と、音がしそうな笑みで。


【私がここの領主を止めさせたこと、旦那様には言わないでくれる?表向きは失踪にでもするから。それと、私の食事は作らなくても良いから、民に還元なさい。――飢えているのでしょう?】


 誰がとは言わない。

 それに今日からは養う人間も増えるし、第一、食べたって味が判らない上に、貴族の食事は不健康に見え、口に合わない。


 私が二・三言いつけると、セドリックは深く頭を下げ、執務室に来た時同様、気配なく出て行った。

 

 それを見送ってから、私も無意識に詰めていたをたっぷりと吐いた。



 心が休まらないのは、辛く、厳しい。


 せめてもの慰めは、これがある事。


 シャラり、と、耳元で繊細な音を立て、揺れる耳飾りと、髪を飾る飾り。


【やり遂げてみせる・・・。】


 その二つに勇気づけられるように、私は一人で呟いていた。


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