◇偽りの領地②
連続更新3日目?
私があの家から引き受けた仕事は、あの家の娘が出産が終わり、入れ替わる当日まで、貴族社会では当然とされている、無知で無学な令嬢を演じる事だった。
(もう、従ってはない、か。)
私は偽りを知り、この地の悲しみと闇を知ってしまった。
だから、もう知らない振りは出来ない。
無視する事も出来ない。
死ねと、見捨てる事も、縋る手を振り切る事も出来ない。
勝手かもしれない、領民達にとっては今以上の悲劇が待っているかもしれない。
それでも。
(とんだ欺瞞だわ・・・。)
幸福を取り戻すと言っておきながら、幸せを与えて上げられないかもしれないだなんて、事情がどうあれこちら側の理由で、それを守れなければ自分が口にした事は嘘となり、今度こそこの地は、破滅を迎える為に、確実に闇に向かって走り出す。
領主館の中は、無駄に派手であり、華美だった。
いや、華美を通り越し、もはや領主館内は毒々しく、意味のない装飾となり、倉庫の様だった。
「奥様、あの者はどうなされるおつもりですか?」
「あの者?」
「例の、捕虜にございます」
意味をなさない装飾がなされた館の廊下を歩きながら、執務室を目指していた私は、シュリの言葉にあぁと頷き、微笑んだ。
「命は盗らないよ?手なづければ良い駒になってくれそうだし、それに彼は本物の戦士だしね。」
「戦士、で、ございますか?」
「うん、戦士。彼は騎士と言うより、戦場でしか生きれない戦士。」
この地に入る直前、偶然拾った例の獅子。
獅子は連れ人と共に、私達が後少しでも遅ければ、息絶えていただろう。
見るからに異国の者だと分かる獅子の髪は赤く、瞳は紫が掛かった不思議な赤色。
一方連れ人の方は、何処の国の者かも定かではない、漆黒の絹のような手触りの美しい長い髪に、黒い瞳。
「もしかしたら、時渡りの娘かもね・・・」
「時渡りとは、例の時渡りでございますか?伝説の初代王妃の・・・。」
「もしそうだったら、彼の連れ人は非常に利用価値が高いとは思わない?」
私が何を考えているのか一瞬思案しものの、それでもシュリは、持ち前の有能さを発揮して、私の意図を読み取ってくれた。
「では、」
「彼女は保護、若しくは監視下に置き、彼には国を裏切って貰う。断ったら国に戻って貰おうか・・・。あの国は荒れてるというのに・・・。」
フフフ、と、私が笑えば、シュリは顔を顰めた。
だけどそれだけで、シュリは後は何も言わなかった。
それから執務室までは、お互いに無言だった。
そして、歩き続ける事、約五分。
「奥様、こちらです。」
「あぁ、無駄にキラキラびしかった。行くわよ、シュリ。無駄口はここまで」
「はい。奥様」
執務室の前に着いた私は、血のついた例の長剣をシュリから受け取り、扉を乱暴にバンっと開いた。
その先にいたのは、金貨をにやけた表情で数えた、年老いた男。
(腐っている、腐りきっている。)
冷静になりかけていた私の理性が、再び怒りに燃えていく。
その感情に任せ、私は金貨を数えていた男につかつかと歩みより、血に濡れたレイピアを突き付けた。
そこで漸く私とシュリの存在に気付いた年老いた男。
その男は、金貨を数えていた手を止め、私を見上げた。
瞳には強い憤りと、野心が渦巻いていた。
「お前は誰だ」
ひび割れた声が、こんなにも疎ましいとは、この時まで知らなかった。
私はなるだけ不快に歪みゆく表情を何とか抑え、恐ろしいほどまでの声で、宣告した。
「お前は血を啜り過ぎた。」
レイピアの切っ先が、年老いた男の首の肉に喰い込んでいく。
でも殺しはしない、殺してなんかやるものか。
「お前には生きながらの地獄に落ちて貰う。恨むのならば、貴様の己の愚かなる生き様を恨むのだな。」
淡々とした、凍てついた声で紡ぐは、生き地獄への誘いの言の葉。
その私の言葉に返る男の声はない。
それはそうだろう。
男はあまりの恐怖に、既に失神していたのだから。
この時から私は既に、【血に濡れた魔女伯】としての片鱗を見せていたのだと、後に人から伝え聞いた。