◇偽りの領地へ③
さて、どうしたものか。
ガタガタと、整備されていない道をひたすら走る質素な馬車。
あの突然の私の命令から数刻後、私は質素と言うよりかは、簡素な馬車の乗客となり、劣悪な道の上で揺られていた。
エディエス家の所領地イルファドールは、王都レナから距離で言えば、馬車で10日程かかる所にある。
それ故に、一度領地に引込んでしまっては、最新の王都の情報は入ってはこないが、逆に言えば正体がばれる危険性も減り、要らない詮索もされずに済むと思い当たり、内心で喜べたのはほんの僅かだった。
『どうしても行くと仰るの?ローズ。』
『君は私達が嫌いなのかね?』
『そうよ、お姉様。どうしてイルファドールになんて・・・。』
私が領地に連れて行く事を命じたのを何処で聞きつけたのか、仮初の家族は私を引き留めようとした。
その家族の引き留めようとする瞳には、一種の焦りにも似た光が宿っていて、私はそれを見て、ますます行かなければならないと思った。
『嫌いだなんて・・・、そんな事はありえませんわ?』
『なら、どうして・・・。』
泣き縋る家族に偽りの笑みを浮かべた顔を向け、私は殊更それらしく言葉を紡いだ。
『私、結婚後はその家に尽くすと決めていたんです。だから、行かせて下さいな。私の我儘は聞いてはもらえませんか?』
全てを偽れば、その後で苦しくなる。
だから、少しの真実と嘘を混ぜて。
私の演技は完璧だったはずだった。
お金の掛る社交界より、領地へ行きたい。
家族は愛してるけど、だからこそ、その家族をもっと好きになるように領地に行ってみたい。
少しの我儘と、如何にも無知そうな微笑み。
その笑顔に絆されたのか、僅かな逡巡の後、仕方なさそうに仮初の家族達は、私を漸く引き留める事を諦めてくれた。
これで良い、これで彼の地へ行けると、安堵していた私に、あの人達はならば、と、交換条件を付けてきた。
「何をお考えですか、ローザ様」
淡々とした、色のない声に私は己の思考から舞い戻り、微笑みを浮かべた。
「いいえ?何も考えてなかったわ。そうね、強いて上げるのなら、お庭の事かしら。」
本当はお前の事だと、喉まで言葉がせり上がってきていた。
(私は信用されてないのか・・・。)
当然だろう。
私はあくまであの家の人間から見れば他家の娘で、政略結婚で嫁いできた娘。
目の前にいる侍女を連れて行かなければ、領地に行くことは認められないと言った伯爵家の家族の言葉に、私は仕方なくその条件を呑むしかなかった。
が。
「本当にそれだけでございますか?」
私の偽りの思考に気付いたのだろうか、彼女は偽りを許さない、真実を見抜こうと、私をその冷めた瞳で見つめてくる。
(やりずらい。)
彼女は優秀だった。シュリには及ばないが、それでもかなり優秀なのは認めざるを得ない。
(惜しいな。)
違う出会い方でさえあれば、彼女も自分の手駒に、シュリのように引き込めただろうに。
相手の呼吸、身体の動き、視線の配り方。
間諜にはもってこいの逸材だった。
これで自分やシュリの様な人間であれば、躊躇い無くこちらの世界に引き込めただろう。
偽りと、血に塗れた、混沌とした闇の世界。
けれど、彼女は正真正銘の貴族生まれの娘で、行儀見習いのメイド。
私とシュリの住んでいる世界では三日として生きては行けない。
あの人は、時には優しさを忘れ、残酷になる時も、なる事も必要だと私に説いていた。
でも残酷になれるかどうかは、相手の人柄による。
信用できる相手なら残酷にもなれる。
憎くもあれば残酷にでも、悪にでも、鬼でもなんでもなれる。
けど。
(不合格。)
私の心の声がそう呟き、彼女をそう判じた。
彼女は駒にはなり得ない。と。
それからは特に私と彼女の間に会話はなく、話す事もなく、馬車は必要最低限の休息をとりつつ、順調にイルファドールに向かいひたすら走りぬけた。
そして、もう少しで領地と言う所で、私はこの地にて、初めての友と出逢い、信用に足る盟友に巡り合った。
おりしもその人物は、傷を負った獅子だった。
最後に出てきた人が誰か解る人は、モバスぺ出身のありがたいファンですね。
さて、次回はどうやって話を続けようかな。