◇偽りの領地へ②
久々です。
これから私は大博打を仕掛ける。
失敗すれば、勿論命はない。
「お呼びでしょうか、ローザ様。」
無論、用事があるからあるから呼んだのだ。
用事がなければ、誰も呼んだりはしない。
そんな事も解らないのだろうか。
(まぁ、構ってられないから一々言わないけど。)
さて、どう切り出そうかと思ったが、ここはストレートに攻めてみようと決め、にっこりと無知な微笑みを浮かべ、首を少し傾げた。
「私、イルファドールに行きたいの。あちらの庭はたいそう美しいのでしょう?」
頭が悪いご令嬢ならば言いそうな言葉を駆使し、怪しまれないように使用人の下手に出る。
普通、嫁い出来た人間に対し、名前では呼ばない。
名前で呼ぶという事は、嫁として、この家の一員として、認めていないという事になる。
ならば。
(私がいなくても良いという事。むしろ、いなくなって欲しいと言った方が早いかしら・・・?)
「私とここにいるシュリだけを送って下さらないかしら。旦那様は私の好きなように過ごして良いと仰って下さったし。何より私、あまり社交界が身体に合わなくて・・・。」
これは真っ赤な嘘だ。
本物の『ローザ』は社交界が大好きで、大層な阿婆擦れらしい。
私の演技に、シュリの右眉がピクリと動くのが分かった。
あまりのウソについつい反応してしまったのだろう。
でも今は構ってられない。
とりあえず今は、彼の地へ行くことが先決なのだから。
でも、ふと気付く。
どうして私はここまで必死になっているのだろうか、と。
必死になった所で未来は変わらないかもしれないのに。
(それでも、私は・・・。)
瞳を閉じれば、今でも思い出す、あの人の言葉。
――優しいね、君は。
優しくて賢い。
それ故に、君は辛くても過酷でもその道しか選べない。
そしてそんな自分の人生も恨めないし、憎めない、異を唱える事も出来ないんだよね・・・。――
黙って貧民街を出る前日、悲しい色を瞳に宿した男性に言われた言葉。
あの人には本当にお世話になった。
なのに別れの言葉も伝えずに別れてきてしまった。
今、こうして貴族らしく振る舞えるのはあの人のお陰でもあるのに。
(元気かしら・・・。)
同じ菫色の瞳を持つあの男性が気になって仕方がない。
きっと今もたった一人の大切な女性を捜している事だろう。
その女性を捜しながら、身寄りのない私に優しく接してくれた人。
字の読み書きから計算、気が付けば政治学社交学、果ては敵国などの諸外国の事等、ありとあらゆる事を私に教え込んでくれていた。
君は、私を愛し、支えてくれた大切な人に似ているから、と。
(ああ、だからなのね。)
私がこんなにも必死になるのは。
ふっと、口には自然と勝ち誇った、傲慢な令嬢の笑みが浮かんでいた。
(私はあの人の為にも、領地を立て直して見せる。)
気付けば、ゆっくりと呼吸を整え、私は凄絶な笑みを浮かべ、伯爵夫人として使用人に命じていた。
これが私が人に対し、初めて命令した瞬間だった。