◇偽りの領主②
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「此方でお待ち下さい。」
王都につき、婚家であるエディエス家にも挨拶をせずに向かった王宮。
その王宮に着き、私が馬車から降りるなり案内されたのは、無駄に派手な、いわゆる【謁見の間】だった。
私を案内してくれたのは、見た目はそれなりに整っている青年で、立ち居振る舞いから貴族の子弟である事が容易に察せられた。
その青年を気にしながらも。
『・・・、ここが、この国の中心ですか・・・?』
私の後を無言で着いて来た片眼の男は、通された部屋にいささか戸惑っていた。
それもそうだろう。
何しろ、動けるようになるまで静養していたあの地の現状を知って、見て、聴いている者ならば、この王宮は異様過ぎる。
多かれ少なかれ、他の領地も似たようなものだとするのならば、尚更に。
『無知とは罪だと、サヤコも言ってはおりましたが・・・。』
『貴方の奥方は賢こいわね』
『いや、彼女は・・・』
反論しようとした彼を瞳で制止し、ドレスの裾を軽く持ち、頭を玉座に向かって深々と下げた。
それに伴い、私の背後に控えていたセドリック、シュリ、傷の癒えた男も私に習い、それぞれ頭を垂れた。
その最中に向けられる視線の多くは、奇異や侮蔑、妬みや嫉みの類だった。
でも、その中には、私がなぜ今ここにいるのかを判っていて、女のクセに政治に口を挟むな、と言う、明かに女を卑下しているモノもあり、実際、そのような言葉も聞こえもした。
でも。
(あぁ、貴方もそうなんだ・・・。)
その最たる人物が、仮にも夫である男性というのが実に滑稽で皮肉だった。
(何も知らぬ、知ろうともしない愚かな人間どもめ・・・。)
今、私がこうしている間にも、何処かで、一人、また一人と、暗い絶望の中で命を落としているというのに。
――ぎりっ、
唇を噛めば、ほのかに鉄の味が口の中に広がった。
でも、それは私が身に纏った黒いレースのヴェールによって、他の人達には判らない。
だが、唯一、後ろに控えていた屈強な男だけは気付いたようだが、彼は私の気配を読んだのか、何もなかったかのように振る舞った。
(流石は雷光の獅子。)
ヴェールの奥でほくそ笑んでいれば、「頭を上げよ」と、声が聞こえてきた。
その言葉通りに頭を上げ、ヴェール越しに玉座を見れば、一人の男が王妃らしき女性と一緒に座っていた。
女性は国王に甘えるように寄り添い、国王は国王で、何を考えているのかが全く判らなかった。
でも、今はそれを気にしているような時ではない。一刻も早く現状を訴え、再び彼の地へ戻らなければならない。
再び、優雅に見えるように礼をし、言葉を発する。
「お初にお目にかかります。エディエス伯爵がイルファドールの領主、ローザにございます。此度は私の様な一領主の為、陛下の貴重なる時間を格別に割いていただき、まことにありがとうございます。」
いったんそこで言葉を区切り、手はず通りにセドリックに視線をやれば、老執事は悲痛な面で目を伏せ、国王の側近に歩み寄り、仕上げたばかりの報告書を渡し、私の背後に控えた。
私は国王がそれに目を通すまで、無言を通した。
やがて、数分が経ち。
「これは・・・っ、」
国王の驚愕の声が聴こえてきた。
「これは・・・っ、真の事なのか・・・?真実、嘘偽りのない事実なのか?イルファドールの領主よ」
(かかった!!)
今、国王は私の事をイルファドールの領主と呼んだ。
それに自信を得た私ははっきりとした声で、それでも悲痛な思いを抱かせる為、声を作った。
「――残念ながら、事実にございます。陛下。」
深く頭を下げ、顔を上げる。
だが、顔はヴェールで隠れていて見えない。
「イルファドールは今や過去の遺物と成り下がり、領地は荒れ果て、民は我ら王侯貴族を嫌悪しております。ですが、彼らは私を信じてくれると言ってくれました。いくら伯爵家に訴えても、伯爵家の人間は来てくれなかったけど、私だけは違うと。私はそんな民達の為にも、イルファドールの領主として、イルファドールを復興させたいのです。それが私の出来うる陛下への忠誠の表し方でございます。」
嘘も方便。
私の偽りと本音が入り混じった発言に衝撃を受けたのか、謁見の間は水を打ったかのように静まり返った。
音一つたたない、異様な空間。
(信じたくなければ、信じなければいい。)
けど、その先にあるのは。
短くも長い沈黙の時を破ったのは、国を治める長としての責任を誰よりも持っている国王だった。
「――よかろう。余はそなたを信じよう。イルファドールの領主・白銀の魔女伯殿。イルファドールの領民、兼ねてはこの国民を助けてくれ。イルファドールの軍権、法などの全ては、本日これより、魔女伯に一時的に譲渡する。」
この時、私は快心の笑みを浮かべていた。
それを察したのは、やはり、後ろに控えている男だけだった。
その笑みを気取られぬように、私は三度、頭を下げた。
「――ありがとうございます。このご恩は必ずお返しにあがります。――ガイエン、陛下に剣を。」
今まで、ずっと黙って私を護衛していた片眼の騎士に声を掛ければ、その騎士は、迷いも躊躇いもなく、帯剣していた長剣を掲げ、膝を着いた。
そして。
「シルティア国軍は元は将軍、ガイエン・フォスターにございます。有事の際はお呼び下さい。我が君が貴方様に従うのなら、俺も従いましょう。」
厳つくも、男らしいガイエンの言葉に、謁見の間は驚きの色に染まった。
雷光の獅子・ガイエン。