第一話
長い休み明けの学校というものは、浮かれ気分の名残でやたらと騒がしい。
特に夏休み明けともなると、夏の開放感が未だに子供達をかき立てるのか、尚更騒がしい。
自分の成果=日焼け跡を競う様に見せ合う者、自慢半分に旅行の土産を配る者、今更宿題を書き写している者など、盛夏の蝉のよりもかまびすしい。
その中で、ただ独り静謐に包まれた少女がいた。
彼女の名は梶川恵美子。
艶やかで真っ直ぐな黒髪。
綺麗に切れ上がった二重の瞳。
小ぶりで薄い鼻。
上唇より下唇がやや厚めの、桜色の唇。
透き通る様な白い肌はきめ細かく。
その姿はまるで精巧な日本人形の様で、誰にでも彼女を壊れ物の様に扱うべきだと思わせる。
その効果は絶大で、クラス一のガキ大将佐伯健太でさえも、梶川恵美子にはちょっかいを出しかねていた。
「は~い、みんな静かに~」
城南小学校六年二組の担任は、二八歳独身の仲屋加世子と言う。
全体的にぽっちゃりして朗らかな彼女は、児童達から親しみを込めて「加世子先生」と呼ばれていた。
「健太! 席につけ!」
えくぼの浮かんだ笑顔で放たれるちょっと乱暴な口調すら、彼女の愛嬌を引き立てる。
「今日から二学期が始まります。というわけで、早速宿題を提出してもらいたい」
「「「「ええええ~~~~~」」」」
彼女が言い終わる前に、児童達が不満の声を上げる。
それに少しも引く事なく、彼女は言葉を続けた。
「んですがあ! 先に新しいお友達を紹介したいと思います」
「転校生!?」
「うそっ。聞いてな~い」
「男? 女?」
「ジャニーズみたいな格好いい男子がいいっ」
「AKBみたいな女子がいい!」
生徒達は口々に好きな事を言う。
その中で、ただ一人梶川恵美子だけは。
(こんな中途半端な地方都市に、そんな芸能人みたいなのが来るかよ)
と窓の外を眺めながら冷めた事を考えていたが、傍目には遠い眼差しで夏の終わりを惜しむ美少女の様にしか見えなかった。
彼女は決して口下手ではなかったが極端に口数が少なかったために、周囲からは内気な少女だと思われていた。
「静かに! そんな肉食獣みたいな勢いで構えられてたら、新しいお友達が怖がっちゃうでしょ!」
「「「「「「は~~~~い!」」」」」
「じゃあ、新しいお友達を紹介します! 宮本さん! 入ってきて!」
ガラリと戸を開けて入ってきた少女は、一言で言えば普通だった。
ショートカットの髪でやや痩せ型だった。
身長はどちらかと言えば前から数えた方が早いだろう。
男子は期待していたような美少女ではない事にあからさまにガッカリし、女子は嫉妬する必要のない平凡な少女である事で逆に歓迎ムードとなった。
「宮本澄香です。S市から引っ越してきました」
S市というのは直ぐ隣の市だった。
「どうして転校してきたんですか?」
「健太!」
加世子先生の慌てた様な叱咤が飛ぶ。
子供というのは敏感で、そんな彼女の反応に直ぐに何かがあると感じ取る。
「え~、六年生の二学期に転校なんて中途半端じゃん。どうせなら中学からじゃね?」
「人にはそれぞれ事情があるんです。宮本さん、健太の事は気にしなくていいから」
教師の取り成しを、けれど転校生は仕方がないとばかりに首を振って制した。
「別にいいですよ。後から知ってイロイロ言われるのも面倒なので」
それから彼女は真っ直ぐ前を見て言った。
「両親が事故で亡くなって親戚のお家に引き取られたからこっち来ました」
流石にそんな事情だったとは思ってもみなかったのか、児童達が気まずげに身じろぎする。
そんな彼らを転校生はぐるりと見渡すと、淡々と語り始めた。
「アタシは見てないんだけど両親の…」
その後宮本澄香はたっぷりと十五分間、一体何のスプラッタ映画の話をしているのかと耳を塞ぎたくなる程、血みどろ肉片まみれの物凄い描写を、あの健太でさえ言葉を挟む隙がない程蕩々と喋り続けた。
児童達は初めこそシンッと静まりかえっていたが、やがて何処からともなく嗚咽が上がり始める。
「う、うう…」
「ひっく、ひっく」
「こ、怖いよ、お母さん」
「み、宮本さん?」
加世子先生がそれとなく止めようと声を掛けるが、それでも宮本澄香は喋り続けた。
そして最後に。
「とかだったらイヤなので、皆さんアタシに辛い思いをさせない様に精々気を遣って接してください」
終わった途端ホッとしたのか、六年二組全員が号泣していた。
「うわ~ん! ごめんなさい! もう余計な事は聞きません!」
佐伯健太は、幼稚園以来初めて家族以外の前で泣いたのだが、その事をからかう余裕など誰にもなかった。
様々な泣き声が入り乱れる中、一人だけ泣いていない人間がいた。
(フン。佐伯は所詮小物だな。それにしても、あの転校生、やるな)
キランッと瞳を輝かせた、美少女梶川恵美子であった。
澄香の言動にはイロイロと思う事もあるかと思いますが、その事について語るとネタバレになりますので…。あしからず。