功名心に溺れる
功名心は、仕事などで成功したい人には少なからずあるものだと思いますし、適度なものであれば目標に向かって努力する推進力になりますよね。
だから功名心自体は悪くはないと思っています。
でも、功名心があまりにも強くなって暴走してしまうと、周囲から浮いてしまいますよね。
最初は応援していたのに、途中から生暖かい視線となり、最後は見世物を見るような冷やかな視線となってしまうこともあります。
功名心が強すぎる人もまた、自己愛過多な人ではないかなという気がします。
自己愛過多だと自分への客観性を欠いてゆくように思えます。
自己への美化が止まらない、自画自賛、誇大アピールになっていきますよね。
自己紹介とかが、やたら力入りすぎで、
凄~い!
これって凄く無いですか?
奇跡~!!
とかの、アゲ、盛る言葉が頻出してきますね(笑)
まあ、ネガティブワード炸裂よりはいいとは思いますが、いちいちそこまで持ち上げる必要あるのかな?
という異様さを感じてしまうこともあります。
そして暴走中は、冷静な判断ができなくなるので、リスクヘッジが疎かになり、自分から危険に飛び込んでゆくこともあります。
とにかく誰かに、うわあ、すご~い!
って言われたい、
誰かに褒め称えられたくて仕方ないわけですよね。
うっわ、この人、大丈夫?
というドン引きされることになっても気がつかず、行くとこまで行くしかないのでしょうね。
ある地点から急落する人とは、そういう人かなという気がします。
落ちるところまで落ちて、どん底まで行って来ないとわからない人もいるわけです。
そのような人にはつける薬はないように思います。
ああっ、この人何してんの、大丈夫?
ちょっと、あんた何しとん?
という驚くべき状態の人がいたので、ヒヤヒヤしながらこの記事を書いています。
余計なお世話だから本人には言いませんが。
富と権力、名声、権威にすり寄る
誰かの権威の傘下に入らなければ安心できない、誰かのお墨付きがなければ自信を持てない、虎の威を借る狐のような状態なだけなのに、自分の手柄のように振る舞ってしまうのは滑稽にすら感じます。
普通は避けて通るものに自分からグイグイ近寄って行く。
ブラックな世界、闇と隣り合わせで、下手すれば自滅や命の危険すらある特殊な世界の住人にすり寄る人、のるかそるかの大博打に打ってでる。
でもそれはすべて相手頼みなわけですよね。
なぜそこに気がつけないのだろうか。
そこまでの異常に強い功名心の源泉はどこからなのだろう。
わくわくドキドキ信仰の行き過ぎたもののように思えて仕方がないです。
既にリミッターがぶっ壊れてるのかな?
常軌を逸しているからのしあがる、成功するという人も中にはいるとは思いますが······。
どうかご安全に。
そう思う次第です。
いい歳の大人になると、もう誰も何も注意してくれる人はいなくなるものなので、自己責任一択になって行きます。
苦言や注意をしてもらえるうちが花
っていうこともありますよね。
本人が功名心に溺れることを学びのテーマとする人であるならば、それも仕方がないのかもしれませんね。




