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黒き箱舟は月を抱く ~社畜の俺が、最強の船と家族になるまで~  作者: クロミロク
第二章:羅針の目覚め
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導かれる居場所

 誰が言ったのかも分からない、低く平坦な声。



 湊の向かいに座っていた中年の男が立ち上がった。

 

その目は、湊を人間として見ていない。ただの「回収すべき物品」を見る目だ。

焦点が合っているようで、瞳の奥に感情の揺らぎが一切ない。



「え……?」



 湊が顔を上げる。

視界が揺れる。目の錯覚だろうか。


 立ち上がった男だけではない。隣にいた女性も、奥にいた若者も、無言でこちらを見つめている。


 彼らは怒っているわけでも、襲い掛かろうとしているわけでもない。  

ただ、淡々と、湊を取り囲むように距離を詰め始めた。



「宵祷 湊さんですね」



 先頭の男が、抑揚のない声で言った。


 丁寧な言葉遣いだが、その手は湊の腕を万力のように掴んでいた。


 痛い。骨がきしむほどの強さだ。



「……すみません」



 口が勝手に動いた。

何に対しての謝罪か、自分でも分からない。

痛いのは湊のほうなのに、謝る言葉だけが先に出る。



「同行を求めます。貴方の思考パターンには修正が必要です」


「え、あ、何……痛い、です、は…離して……」



 湊は混乱した。


警察? いや、違う。


 掴まれた腕から伝わってくるのは、体温のような温かさなのに、まるで脈動を感じない「何か」だ。


 男の顔が近づく。


 整った顔立ち。

だが、呼吸が浅い。瞬きをしない。



 人間そっくりの質感をした、人間ではないモノ――!



(連れて行かれる。……二度と、戻れない場所に)



 本能的な恐怖が、疲労で麻痺した脳を突き刺した。


 さらに二人、三人と、乗客たちが無言で腕を伸ばしてくる。

湊の細い体を押さえつけ、自由を奪おうとする。



「や、やめ……誰か……!」



 抵抗しようにも、連日の激務で体に力が入らない。

スーツの男たちの壁が、視界を塞ぐ。



 ――その時。



「――失礼致します」



 凛とした、低いがよく通る声が割り込んだ。


 ドッ、と鈍い音が響く。


湊の腕を掴んでいた男が、横合いから突き飛ばされ、よろめいた。


 視界が開ける。


 そこに立っていたのは、黒いコートの初老の男――八代だった。


 彼は湊と男たちの間に滑り込むと、優雅とも言える手つきで湊を背後に庇った。



「宵祷様、大丈夫ですか?」



 黒服の男が、首だけを動かして八代を見る。

表情筋がピクリとも動かない。

八代はサングラス越しに冷ややかな視線を返すと、静かに告げた。



「お迎えに上がりました、宵祷 湊様。……少々、手荒な連中が混ざっているようですが」



 八代の背後で、連れの黒服たちが展開する。

彼らは武器こそ持っていないが、鍛え上げられたであろう体躯で壁を作り、

迫りくる乗客たちの進路を塞いだ。



「な、貴方は……?」


「八代と申します。詳細は後ほど。今は、走ってください」



 八代が振り返る。

その表情は穏やかだが、切迫していた。



キィィィィィ!  



 地下鉄が急ブレーキをかける。


 車体が大きく傾き、火花のような金属音が窓の外で散った。

駅ではない。トンネルの真ん中で、意図的に停車させられたのだ。



「システムが閉鎖ロックをかけましたか……。

総員、防御陣形! ここは我々が食い止めます!」



 八代の指示で、部下たちが迫りくる無表情な群衆へと立ち向かう。

殴り合いではない。部下たちはタックルや投げ技で、とにかく相手を「通さない」ことに徹している。


 だが、敵の数は多い。

車両の端から次々と、無機質な目をした人々が押し寄せてくる。



「宵祷様、こちらへ!」



 八代が湊の肩を抱くようにして支える。  

敬語だが、その誘導は強引だった。


 非常用ドアコックが開放され、圧縮空気が抜ける音と共にドアが開く。

湿った地下の風が吹き込んだ。



「待っ、説明を……この人たちは、一体……!」


「ここにはもう、人間の心を持った者はおりません。

……彼らは貴方を『部品』として回収に来たのです」



 八代は湊を促し、暗い線路へと降り立つ。

トンネルの奥、非常灯の薄暗い明かりが続いている。



「急ぎましょう。貴方を待っている『船』があります」



 船?  


 地下鉄の中で、何を言っているのか分からない。

だが、背後から迫る無数の足音

――カツ、カツ、カツという、機械的に揃った革靴の音が、湊の背中を押した。


 ここにいてはいけない。


この男について行かなければ、自分は本当に「壊れて」しまう。



 湊は震える足に力を込め、八代と共に闇の中へと走り出した。



 地下の湿った風が、背中に冷たく張り付く。  

湊は、肺が焼け付くほどの呼吸を繰り返しながら、暗い線路の上を走っていた。



「はぁ、はぁ、うっ……!」



 足がもつれる。革靴が枕木の間に滑り、何度も転びそうになる。  

そのたびに、横を走る八代が、絶妙なタイミングで腕を支え、体勢を立て直してくれた。



「もう少しです、宵祷様。非常口はすぐそこです」


「あな、たたちは……一体……なんで、俺を……」



 湊は切れ切れに問う。


 限界だった。


三徹明けの体に、全力疾走などできるはずがない。

思考は真っ白で、ただ「止まったら連れ戻される」という恐怖だけが、彼を動かしていた。



「我々は貴方をお待ちしておりました」



 八代は息一つ切らさず、それでも湊の歩調に合わせて走りながら、穏やかに答えた。



「貴方が、このシステムの『バグ』を修正できる、唯一の希望だからです」



 システムの『バグ』……。  


その言葉が、湊の耳に奇妙に引っかかった。


 「希望」という呼び名が、自分にだけは似合わない。

それは、湊がこれまで背負わされてきたものとは違う重さだった。



 背後の闇から、カツ、カツ、カツと、正確なリズムの足音が迫る。


 彼らは叫ばない。怒らない。

ただ、業務命令を遂行するように、一定の速度で距離を詰めてくる。


 それが何より恐ろしい。



「到着しました!」



 先行していた部下の一人が、トンネルの壁面にある重厚な非常扉を押し開けた。

吹き込んでくるのは、激しい雨音と、アスファルトの匂い。


地上への出口だ。



「急ぎましょう」



 八代に促され、湊は鉄の階段を這うように登り、地上へと飛び出した。



 ――東京、湾岸エリア。


叩きつけるような豪雨が、視界を白く染めていた。


 深夜の倉庫街。人影はない。

だが、路肩には一台の黒塗りのセダンが、エンジンをかけたまま待機していた。



「乗ってください!」



 八代の部下が後部座席のドアを開ける。

八代は湊の頭を雨から守るように手を添え、車内へと押し込んだ。

続いて自身も乗り込み、ドアを閉める。

車内に静寂が訪れた。



「出してください。最短ルートで『海』へ」


「了解」



 運転席の男が短く答え、車が急発進する。

シートに体が沈み込む加速G。


 湊は濡れた髪を拭うことも忘れ、窓の外を振り返った。


 雨に煙る路地に、数人の影が立ち尽くしているのが見えた。


 彼らは追ってこない。ただ、無表情に去り行く車を見送っている。



「……あきらめた、んですか?」


「いいえ」



 八代が、懐から端末を取り出しながら、低く答えた。



「この国そのものが『敵』の体内です。彼らは走って追う必要などない。……来ますよ」



 その言葉の意味を、湊はすぐに理解することになった。



 前方の信号機が、青から赤へ変わった。


 いや、一つではない。  

直線の道路に連なるすべての信号機が、同時に、毒々しい赤色に染まったのだ。



『警告。規定ルートを外れています』


『交通管制システム、介入』


『対象車両、停止してください』



 カーナビの画面がノイズで乱れ、合成音声が車内に響く。


 湊の背筋が凍った。


 警察の追跡などではない。都市機能そのものが、明確な意思を持って彼らを拒絶し、閉じ込めようとしている。



「無視してください! そのまま突っ切って!」


「はッ!」



 運転手がハンドルを切り、アクセルを踏み込む。


 車は赤信号の交差点へ猛スピードで突入した。

左右から、大型トラックがタイミングを合わせたように交差点へ進入してくる。衝突コースだ。



「うわぁぁぁぁ!?」



 湊が悲鳴を上げる。


 だが、運転手は表情一つ変えず、ミリ単位のハンドル操作でトラックの鼻先を掠め、隙間をすり抜けた。

クラクションの嵐が背後で遠ざかる。



「……信じられない」



 湊は震える手でシートを握りしめた。


 信号、ナビ、監視カメラ。

これまで「安全を守るもの」だと思っていたインフラが、今はすべて、自分を追い詰める「監視者の目」に見える。


 世界中が敵。その感覚が、過労で弱った心を押し潰そうとする。



「大丈夫です、宵祷様」



 不意に、温かい手が湊の握りしめた拳の上に重ねられた。


 八代だった。


 サングラスを少しずらし、露わになった瞳で、彼は真っ直ぐに湊を見ていた。

その瞳は街の光を反射しているのか、赤く光っているような気がした。



「この窮屈なシステムは、貴方の魂を入れるには狭すぎる。……もうすぐ、自由になれます」


「自由……?」


「ええ。我々は――あなたを本来の場所へ迎えに来ました」


「そこが、我々の『船』です」



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