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名は――オルドゥス

 ホロテックの扉の前に立つと、現実の船内の匂いが一段薄くなった。


 扉が開く。足を踏み入れた瞬間、世界が“ずれる”。


 夜の海辺。砂浜。小さな丘。一本の樹木。満月。

 作り物なのに、風は肌に触れ、波音は耳に届く。


 そして木の上。


 枝に腰掛けていたのは、ツクヨミだった。

 銀の瞳がこちらを捉える。首元には鉄色の首輪。断ち切れた鎖の切断面だけが残り、揺れるたび小さく鳴った。



「遅いのじゃ」



 拗ねた声だった。けれど拗ねてもなお、揺るがない尊厳が残る。

 湊は思わず笑いそうになって、咳払いで誤魔化した。



「悪い。起きたら昼でさ。たぶん運ばれて寝かされてた」


「うむ。休めと命じたのはわしじゃ」


「……じゃあ俺が悪いわけじゃない?」


「……うむ。だが来たのは褒めてやる」



 ダスラとエティンが、反応に困ったまま固まる。

 湊は手を上げて二人を落ち着かせるようにしてから、枝の下まで歩き、見上げた。



「昨日は助かった。ありがとう」



 飾らず言うと、ツクヨミは鎖を小さく揺らした。



「礼はよい。お主は、お主の選択をした。それが全てじゃ」



 そのまま、銀の瞳が少しだけ深くなる。

 拗ねた子どもの顔が消え、“主”の気配だけが残った。



「……さて。湊。聞きたいことがある顔じゃな」


「ある」



 湊は息を整える。



「敵は何なんだ」

「何を目的に襲ってきた。なんで俺が狙われる」



 ダスラとエティンの空気が、音もなく硬くなる。

 二人は口を挟まない。ただ湊の左右で、湊の質問の重さを受け止める距離に立つ。


 ツクヨミは枝の上で、短く頷いた。



「うむ。まず“敵”から言う」



 波音が、ひとつ大きく寄せた。



「お主らが昨夜戦ったのは、レヴィアタン」

「だがレヴィアタンは“本体”ではない。手足じゃ。――道具じゃ」



 湊の眉が寄る。



「じゃあ、本体は?」


「名は――オルドゥス」



 ツクヨミは淡々と言った。

 その名を口にしただけで、空気が少し冷える。



「裏側の流れに棲む、“秩序”の塊じゃ」

「折り、揃え、静かにする。人の揺れを嫌う。……そして、足りぬものを奪ってでも揃える」

 湊は息を飲み、矢継ぎ早に聞く。



「目的は? 何がしたい」

「どこまでがレヴィアタンで、どこからがオルドゥスなんだ」

「……俺は、どこに巻き込まれてる?」



 ツクヨミは、焦らず答える。



「お主が今必要なのは“全部”ではない。“今夜を越える答え”じゃ」



 銀の瞳が、湊の胸の奥を見抜くみたいに静かに光った。



「目的は二つ。まず、人から“生きとる痕”を集める」

「呼吸の癖、鼓動の間、記憶の引っ掛かり。――お主の言葉で言うなら、ログじゃな」



 エティンが静かに補う。



「奪われた方は、心の反応そのものが止まり、“生きたままの人形”になります」



 湊は拳を握り、ほどいた。

 救った数の大きさが、胸に重くのしかかる。



「もうひとつは?」


「コクヨウの“コア”じゃ」



 ツクヨミは即答した。



「コクヨウの心臓。わしの器そのもの」

「オルドゥスはそれを欲しがる。奪えば、わしはわしでなくなる」



 湊は喉の奥の乾きを押し込め、次を問う。



「……じゃあ、なんで俺が狙われる」


「お主が“入口”になるからじゃ」



 ツクヨミは鎖を一度だけ鳴らした。



「昨夜の《侵入要求》――あれは、わしを狙うための“鍵穴”を、お主に作らせる手口」

「敵は本来、頭へ直接“そうだ”と書き込む。押し流して折ればよいからの」


「でも昨日は選択肢が出た。YES/NOって……選ばせてたじゃないか」



 ツクヨミの銀の瞳が、わずかに冷たくなる。



「選ばせたのではない」

「“選べる顔”をして、押させに来たのじゃ」



 言葉が、刃のように整理されて落ちる。



「直接書き込みは荒い。匂いが出る。わしが弾く」

「だから敵は、お主の癖を使う。承認、確認、同意――揉めぬために先に通す、その反射じゃ」



 湊は口を閉じる。

 昨夜、指先が勝手にYESへ伸びかけた感覚が甦った。



「……俺が押してたら?」


「お主が“自分で扉を開けた”ことになる」



 ツクヨミは断言した。



「定義が書き換わる。最初は痛くない」

「だが針が刺さる。判断の底へ潜る」

「次に来るときは、お主が“自分で選んだ”顔をして、もっと深く刺す」



 湊の背筋が冷える。



「……分かった。短期の目的は分かった」

「でも――オルドゥスの“本当の目的”は?」

「何を完成させようとしてる? なんでそんなにコクヨウの核が要る?」



 ダスラとエティンの呼吸が、同時に止まった気がした。


 ツクヨミは、すぐには答えない。

 枝の上で背筋を伸ばし、小さな体のまま“決める者”の気配になる。



「今はそこまで言わぬ」



 湊が反射的に言い返しかけた瞬間、ツクヨミが先に釘を刺す。



「理由は二つじゃ」

「ひとつ。言葉が通路になる。お主はまだ“読む言語”がない」

「ふたつ。順番じゃ。防具も無しに刃物の山へ入るな」



 湊は唇を噛む。だが、理屈は分かる。

 昨夜の自分は、確かに“押しそうになった”。



「……じゃあ、いつなら話す」

「お主が“拒否”を手順にし、“読む目”を持ったらじゃ」



 ツクヨミは淡々と告げ、ほんの少しだけ声を落とした。



「その時は、全部話す。逃げずに聞けるように、わしが支える」



 湊の胸の奥が、妙に熱くなる。



「……最後にもう一つ」

「なんで、コクヨウが俺を守る」



 ツクヨミは間を置いた。その間が答えの重さを示していた。



「守る理由は二つ」

「ひとつ。わしが呼んだ。お主の中には、裏側へ届く“信号”がある。強い」

「敵が嗅ぎつけるほどにな」

「放れば削られ、いずれ入口にされる。だからまず回収した」



 湊は眉を寄せる。



「信号……俺が?」


「説明はまだ足りぬ。だが嘘は言わぬ。お主は鍵に近い」



 そして、銀の瞳が少しだけ柔らかくなる。



「もうひとつ。コクヨウは守る器じゃ」

「奪って静かにするためではない。――抱えて、生かすためにある」



 ツクヨミは胸を張る。



「敵は“選べる顔”をして、実際は押し流して書き込む」

「だがコクヨウは違う。――わしはお主に“本当に”選ばせる」

「NOも、保留も、考える時間も奪わぬ。それが家族のやり方じゃ」



 その言い方が、湊の胸を妙に叩いた。

 “家族”。その単語が、ひどく現実的で、だからこそ怖い。



「……なら、俺は何をすればいい」

「納得したい。じゃないと、また“YES”を押す。社畜の反射でさ」



 ツクヨミはふん、と鼻を鳴らす。



「よい“警戒”じゃ」

「押す前に一拍置け。考えよ。――それだけで敵の刃は鈍る」

「やることは二つ」



 指を二本立てた。



「ひとつ。“拒否”の仕組みを作れ」

「昨夜は直感で押し返した。次は直感だけでは危うい。手順にせよ」


「もうひとつは?」


「“読む力”じゃ」



 ツクヨミは淡々と言った。



「裏側の言葉は、見える者にしか見えぬ」

「昨夜はわしが翻訳して、お主の器に合わせた」

「だが翻訳は通路でもある。通路がある限り、細工される余地が生まれる」



 湊は息を呑む。



「つまり……翻訳なしで理解できればいい?」

「うむ」

「だから――お主に“言語”を渡す」



 湊が目を丸くする。



「言語を渡すって、何」


「お主の言葉で言うなら……翻訳の“ドライバ”を入れる」


「言い方!」


「怖がれ。だが安心せい。壊しはせぬ」



 ツクヨミの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。



「わしがお主を……守る」

「守るのは、わしの役目じゃ」



 湊は小さく息を吐いた。

 守られるだけで終わりたくはない。だが逃げる気もない。



「分かった」

「やる。全部聞く。全部覚える」


「よい」



 ツクヨミが頷いた。



「では、境目を見せる」



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