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黒き方舟は月を抱く ~社畜の俺が、最強の船と家族になるまで~  作者: クロミロク
第六章:休息と余熱
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昼下がりの目覚め

 湊が目を開けたのは、見知らぬ天井だった。


 いや――“見知らぬ”というより、現実離れした天井。

柔らかな間接照明が縁をなぞり、金の細工が控えめに光っている。


 呼吸するたび、清潔な香りが肺に入った。

身体が、驚くほど軽い。

 昨夜まで胸の奥に残っていた硬い疲れが、まるごと抜け落ちていた。


 湊は上体を起こし――そこで、自分がとんでもなく大きなベッドの上にいることに気づく。

 そして、さらに。



「……昼?」



 窓の外の光が高い。


 時計を見ると、もう昼過ぎだった。

長時間、眠っていたらしい。


 それも、ただ寝ただけではない。


 着ている服が違う。


 肌のべたつきがない。


 髪も、妙にさらさらしている。


 口の中まで、寝起きとは思えないほどすっきりしていた。


 湊は固まってから、ゆっくりと布団をめくった。



「俺……運ばれた……?」



 自分が眠っている間に、ここへ。


 着替えも。たぶん体も。


 そう思った瞬間、顔が熱くなる。


 そして――気配を感じてあたりを見回す。


 ベッドの近く、少し離れた椅子に、エティンが静かに座っていた。


 落ち着いた姿勢で、まるで最初からそこにいたみたいに。


 湊が固まっていると、エティンは小さく微笑んだ。



「お目覚めでございますか、湊様。おはようございます」


「……おはよう。えっと……」



 湊は言葉を探し、口を開いては閉じる。

 そして、やっと核心に触れた。



「……もしかして、俺……体、洗われた?」



 エティンは一拍も迷わなかった。



「はい」



 笑顔だった。


 “当然の業務です”と言わんばかりの、まっすぐな笑顔。



「……はい!?」



 湊は反射で顔を覆った。


 指の隙間から天井を睨む。

 なぜか口の中まで爽快なのが、さらに恥ずかしい。


 エティンは少しだけ首を傾げる。



「お口も整えております。眠っている間の不快が残らぬように」


「……その、ありがとう……」



 湊の声が小さくなる。

 エティンは頷き、優しく続けた。



「朝食――いえ、もう昼前ですので昼食ですね。軽めにご用意しております。よろしければ、リビングへ」



 湊は観念してベッドを降りた。


 部屋の広さに改めて驚く。

 寝室だけで普段のアパートが丸ごと入りそうだ。


 奥にはリビングがあり、テーブルには白いクロス、銀のカトラリー、温かい湯気。



「……すげえ」



 卓上に並んでいたのは、湊が“よく食べていたモーニング”だった。

 トースト、卵、サラダ、スープ。コーヒー。

 見慣れた内容なのに、香りが異常に立っている。


 ひと口食べた瞬間、湊は固まった。



「……うまっ」



 見た目はほとんど同じはずなのに、舌が理解を拒むほど旨い。


 パンの表面はさくりと割れ、中はふわりと戻る。

 卵はほどよい塩気で、スープは体の奥を静かに温める。

 コーヒーが、やけに澄んでいる。


 湊は思わず笑ってしまった。



「……なにこれ。俺、昨日まで何食ってたんだろ」



 エティンは、湊の反応を確かめるように見てから、深く頭を下げた。



「昨日は――湊様に救われました。改めて、御礼を申し上げます」



 湊はスプーンを置き、少し居住まいを正した。



「……俺も、二人に助けられた。エティンがいなかったら、たぶん折れてた」


「……ありがとうございます。ですが、私は役目を果たしただけです」


「それでも、ありがとう」



 言い切ると、湊は照れ隠しみたいにコーヒーへ逃げた。


 エティンが小さく笑う。



「本日も、念のため診察を受けていただきたいのです」


「……分かった。行こう」



 廊下に出ると、船内は昨日とは別の顔をしていた。


 騒然とした緊張はなく、静かに整っている。


 だが、どこか“働いている”気配がある。

 勝った船の空気だ。



 医療区画へ向かう途中、角を曲がったところで、黄緑色の髪の少女がこちらへ歩いてきた。


 十歳ほどの外見。ピンクの作業服。

腰には工具ポーチ。肩には細いケース。

“整備中”の匂いがする。


 少女は一瞬だけ湊を見て、すぐに立ち止まり、丁寧に頭を下げた。

子どもっぽさのない、きちんとした所作だった。


 エティンが一歩前に出る。



「湊様。こちらはロタです。

整備担当のエンジニアで、船内の修理とメンテナンスを担っています」



 ロタは姿勢を正し、まっすぐ名乗った。



「はじめまして。ロタと申します。……お目にかかれて光栄です、宵祷様」



 湊は思わず目を瞬いた。

 初対面なのに、敬意の重さが妙に深い。



「え、あ……はじめまして。湊です」



 湊は咳払いして続ける。



「今、作業中?」



 ロタは工具ポーチに手を添え、淡々と言った。



「はい」


「昨日の戦いで受けた傷が、外側と中に残っています。いま、それを治しています。……もうすぐ完治します」



――完治。



 船に対して使う言葉じゃない。


 修理ではなく治癒。


 湊の背中に、ひやりとしたものが走った。



「……船が、治る……?」



 ロタは当然のように頷いた。



「はい」



「次は右舷のフレームを。……痛がってるから、早く式神で縫ってあげないと――」



 言いかけて、ロタはふっと口を止めた。


 湊を気遣うように視線が揺れる。

 “ここで言っていい情報か”を迷っている顔だ。


 エティンが、柔らかく言った。



「大丈夫です。湊様は……もう、“内側”の方です」



 ロタはその言葉に小さく息をのみ、工具ポーチを押さえ直してから、改めて短く礼をした。



「承知いたしました」



 そして湊へ向き直る。



「宵祷様。お体、お大事にしてください」



 湊は、彼女の丁寧さに救われるように頷いた。



「ありがとう。……仕事、気をつけて」



 ロタは背筋を伸ばし、足早に廊下の奥へ消えていった。

小さな背中は、整備班の気配そのままに迷いがない。


 湊は一拍遅れて息を吐いた。



「……船が“痛がる”って、どういうこと?」



 エティンが湊の歩調に合わせ、静かに言う。



「コクヨウは、単なる乗り物ではございません。戦いの傷は“損傷”として残り、そして――癒えます」



 言葉を選びながら続ける。



「昨日、敵を倒したことで、戻ってきたものもあります。

……ですが、その説明は、あとで順に。まずは診察を」



 湊は頷いた。

 自分の知らないことが、まだ多すぎる。



 医療室の扉が開く。

 診察室の中で、ダスラが待っていた。


 椅子から立ち上がる動きが、すでに仕事の速度だ。



「湊様。お目覚めで何より。……では再確認しますわ。反射、脈、波形」



 淡々と検査が進む。

 だが途中で、ダスラの眉がわずかに上がった。



「……おかしい」



 湊の胸が、きゅっと縮む。

 さっきの“完治”という言葉が、頭の奥で鳴ったままだ。



「……それ、まずい感じですか?」



 ダスラは表示をもう一度見直し、次に湊の顔を見た。



「逆です」


「異常なしどころではありません。回復が……早すぎる。

昨日の精神的負荷を考えると、通常は数日引きずります」



 湊は思わず眉を寄せた。



「早すぎるって……そんなこと、あるのか?」



 ダスラの声が少し低くなる。



「あります。――ここが普通の環境ではないから」


「コクヨウ側のケアが入っている可能性が高い。眠っている間の脳波も安定していました。まるで“整えられた”みたいに」



 エティンが頷く。



「湊様は眠っている間も呼吸が安定しておりました」



 湊は息を吐き、肩の力を抜いた。

 “異常”と言われて構える癖が、まだ抜けていない。



「……よかった。じゃあ今日は、普通に動いても――」



 ダスラが即座に切った。



「いけませんわ」


「回復が早いのと、疲労が残っていないのは別問題です。緊張の反動は、遅れて来ます」



 湊は言い返す言葉を探し、結局は素直に頷く。



「……分かった。今日は無理しない」



 ダスラはさらりと言い、最後に柔らかく付け足した。



「ええ。医師としての診断ですわ。今日は“そうしていただきます”」


「湊様に倒れられると、皆が困りますから」



 湊は苦笑した。

 それなら納得できる。


 三人が診察室を出ると、船内の空気が少し違って感じられた。

 昨日の緊張は消えているのに、船そのものがまだ“落ち着ききっていない”。


 遠い場所で、ときどき金属がゆっくり鳴る。

 軋みというより、身体が寝返りを打つ音に近い。


 エティンが湊の歩調を崩さないよう、横で支点を作ったまま言う。



「湊様。……もしよろしければ、このままホロテックへ」


「ツクヨミ様に、昨日の御礼を申し上げたいのです」



 ダスラも頷く。



「私も、報告を兼ねてお目にかかりますわ」



 湊は頷いた。


 礼は言いたい。

 そして、聞きたいことも山ほどある。



「面白かった」


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