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黒き箱舟は月を抱く ~社畜の俺が、最強の船と家族になるまで~  作者: クロミロク
第六章:休息と余熱
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専属担当



「では……戻るのじゃ」



 ツクヨミが言う。声は優しいが、目はまだ遠くを見ている。



 ホロテックの風景にデジタルなノイズが走った。

 満月の輪郭が揺らぎ、砂浜の粒子が“ざらついた”音を立てる。

 波音が、途切れ途切れに乱れる。



 景色が、細かな立方体へ分解されていった。

 砂が、海が、樹木が、夜空が――角のある小さなキューブにほどけ、浮き上がり、ぱらぱらと崩れていく。

 崩れた立方体は光の塵になり、風に散るように消えていった。



 最後まで残るのは、ツクヨミだけだ。

 鉄の首輪と、断ち切れた鎖。じゃらり、と鈍い音。



 風景が消えきると、そこは何もない四角い部屋になった。

 空間には格子状の細い線――座標のようなラインだけが描かれ、無音の“箱”が残る。



 ツクヨミはその中心で、しばらく湊たちを見た。

 そして、空中に溶けるように薄くなった。

 輪郭が淡くなり、銀の瞳が遠ざかり、鎖の音だけが最後に一度――。



 ツクヨミは、消えた。



 部屋の片側に、現実のドアがある。

 ダスラが先に歩き、扉を開けると、船内の空調の匂いが戻ってきた。



 勝った。

 だが無傷ではない。



 廊下に出た瞬間、湊は気づいた。

 壁の奥、床下の深いところから、低い軋みが走る。

 金属がゆっくり冷めていくような、嫌な音。



 ――船体に、負荷が残っている。



 ダスラは歩きながら状況を束ねていく。戦闘が終わっても止まらない。

 空中表示を長い指で滑らせ、耳で報告を受け、声で整理する。



「各部署、最終報告。隔壁ログ、復旧シーケンスへ移行」


「鉄霧界、残留粉は回収。偏向鏡装、格納確認」


「負傷者は?」



 返答が矢継ぎ早に返る。



『負傷者 ゼロ』


『機材損耗、軽微』


『船体外板、局所的に熱変色。冷却中』


『戦闘データ、全量取得。時系列ログも欠損なし』



 ダスラが口元だけで笑った。



「素晴らしい。――負傷者ゼロは、誇っていい」



 それから、湊を横目で見て言う。



「そして、データが膨大に取れました。解析すれば、次はもっと早く終わらせられますわ」



(次が…あるのか)



 エティンは湊の歩調を崩さないよう、さりげなく支え続けている。

 手を貸すのではなく、倒れないように“横にいる”。その距離感がありがたい。



 ダスラが言った。



「宵祷様。念のため、医療室で再検査いたします。精神的負荷が大きい。脳波、反射、ストレス指標……全部見ますわ」



「……分かりました。行きます」



 医療室へ。白い光。清潔な匂い。診察台。

 湊が座る前に、ダスラはもう準備を終え、操作と確認を手早く済ませた。



「上着を。……はい、腕を上げて。大丈夫、痛くありませんわ」


「瞳孔反射、正常。握力、左右差なし。……良いですね。――ただし疲労は限界寄りですわ」



 湊は苦笑して、二人に目を向けた。



「……あの。そろそろ、“宵祷様”と、敬語もやめてくれます?」



「無理ですわ」



 ダスラが即答する。



「即答!?」



 エティンも困ったように眉を下げ、小さく首を振った。



「申し訳ございません……宵祷様」



 湊は小さく笑って、諦めの息を吐く。



「……分かった。じゃあ、せめて下の名前で」



 ダスラは一拍置き、ほんの少しだけ柔らかくなる。



「それなら」



 短く言った。



「湊様」



 下の名前。けれど“様”は外れない。



 湊が頷くと、ダスラは手袋のまま手元の表示を切り替え、淡々と検査を続ける。

 その最中にも、船内の報告を聞き取り、データ保全の指示を出していく。



「戦闘データは二重保存。暗号化。タイムスタンプは船内基準で統一」


「……良い。欠損なし。素晴らしい」



 その言葉に、ほんの少しだけ喜びが混ざった。



「湊様、ひとつお願いがあります」



 ダスラが言った。赤い革手袋の指先が、湊の脈を確かめるように軽く触れる。



「私たちのことは、敬語をやめて呼んでください」



 艶を含んだ目が、湊を捉える。



「呼び捨てで。――それがいいです」



 エティンも頷く。湊のそばを離れないまま、静かに言った。



「私も……そのほうが嬉しいです。湊様が自然に話してくれるほうが、私も、支えやすいです」



 湊は少し迷ってから、頷いた。



「……分かった。じゃあ、ダスラ。エティン。これでいい?」



 二人の肩から、わずかに力が抜けた。

 その反応だけで、距離が変わったのが分かる。



 ダスラは検査を続ける。

 脳波。反射。微細な震え。精神的負荷の残留。

 淡々と数値を拾い上げながら、同時に船内の報告を聞き、ログを整理し、情報を束ねていく。



「船体外板の熱変色、位置を共有。冷却ラインは優先で回して」


「隔壁ログ、復旧完了の順番を守って。焦って開けないわ」


「……ログが揃ってる。皆優秀ですわ」



 言い切ったあと、ダスラの声にほんの少しだけ、嬉しさが混じった。

 戦闘の恐怖を、次の勝利へ変換できる人間の笑み。



 エティンは湊の手を支えたまま、わずかに身を寄せている。

 寄り添うのではなく、倒れないように“支点”を作る姿勢だ。

 戦闘が終わっても、彼女の役目は終わっていない。



 湊は診察台に腰掛け、ぼんやり天井を見上げた。

 さっきまでの緊張が、いまになって全身へ降りてくる。

 拒否した瞬間の鋭さが、反動として重くのしかかってきた。



 ダスラが脈を確かめ、表示を切り替えながら言う。



「……心拍は落ち着きました。拒否の反動は出ていますが、異常ではありません」


「ただし睡眠不足がひどい。脳が“戦闘モード”のままなのに、体だけ先に限界ですわ」



 湊は笑おうとして、うまくいかなかった。

 まぶたが重い。

 意識が、じわじわ沈んでいく。



 エティンの手が、湊の手の上でそっと動いた。

 指先が、指先を包む。

 握りしめるのではない。落ちないように、支える。



「湊様。大丈夫です。眠ってくださいませ」



 声が、低い波のように入ってくる。



「いまは、休む時間です」



 湊は頷こうとした。

 でも首が動く前に、言葉が先にほどけた。



「……今日は……二人とも、ありがとう。ほんとに助かった」



 そのまま、まぶたが落ちる。

 診察台の上で、湊は眠ってしまった。

 睡眠不足と、過度の精神的疲労――身体がようやく“終わった”と判断したのだ。



 医療室の機器が、静かな音で呼吸する。

 外の廊下の気配が遠い。



 ダスラは眠る湊の顔を見下ろし、短い息を吐いた。



「……よく持ったわね」



 隣で、エティンが湊の手を離さないまま立っている。

 眠った顔を見つめ、まだ気を張っている。

 役目を終えたのに、終えていない顔だ。



 ダスラがエティンを呼ぶ。



「エティン」



「はい、ダスラ様」



「あなたは、よく守った」



 声は落ち着いていた。戦場の評価だ。

 だが刃ではない。労いが芯にある。



「湊様を折らせなかった。あの瞬間、あなたの手が“錨”になった」


「……それがなければ、拒否は成立しない。成立しなければ、こちらの手順ごと崩れた」



 エティンの目が揺れる。

 褒められることに慣れていないように、息が詰まる。



「……私は……すべきことを……」



「当たり前を、当たり前にやれるのが才能ですわ」



 ダスラは言い切って、ためらいなくエティンを抱き寄せた。

 妹を引き寄せるように、軽く、しかし確かに。

 エティンが驚いて固まる。だが拒まない。



「……よく頑張った。怖かったでしょう」



 ダスラの声が、ほんの少しだけ柔らかい。



「泣いていいのは、戦いが終わってからです」



 エティンの瞳に、涙が溜まった。

 だが声は震えないように保つ。



  「……はい……ダスラ様……」



 ダスラは抱いたまま、静かに告げる。



「今後は、あなたを湊様の専属担当にします」



 エティンの呼吸が止まる。



「湊様を守るのが役目。――それに見合う権限も引き上げる。幹部クラスへ」


「異論は?」



 エティンは涙を拭う暇もなく、まっすぐ頷いた。



「……ありません。務めます」



「よし」


 


 ダスラは満足そうに腕をほどく。

 そして眠る湊へ視線を戻した。



 医療室の外――船の深いところで、また一度だけ金属が鳴った。

 きしみ。熱の名残。

 それは、勝利の裏側に残った“負荷”の音だった。



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