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黒き方舟は月を抱く ~社畜の俺が、最強の船と家族になるまで~  作者: クロミロク
第五章 火線と囁き
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拒絶と撃退



《秩序干渉:侵入要求》

《対象:MINATO》

《承認プロトコル:YES/NO》

《再送:YES/NO》



 白いウインドウが、湊の視界に貼り付いたまま離れない。

 前面モニターではコクヨウが優位を取り、ダスラの火線と防御が隙なく回り、ツクヨミが操舵を握っている。――状況は勝てる。


 なのに、湊の胸の内側だけが、別の戦場になっていた。


 承認、確認、同意。


 従えば角が立たない。逆らえば面倒が増える。

その反射が、身体に染み付いている。

分かっているのに、心が先に縮む。



《侵入要求:緊急》

《承認プロトコル:YES/NO》

《再送:YES/NO》

《再送:YES/NO》



 “再送”が増えるたび、ウインドウの輪郭が硬くなる。

画面の端が、ガラスの縁のように光って見えた。

まるで本当に、ここに“ガラス板”があるみたいに。


 湊の内側で、古い反射が暴れる。


(押せ。はいと言え。角が立たない方へ――)


 YESの文字が、脈を打つみたいに強くなる。

指先が勝手に動きたくなる。

実際に何かを触っているわけじゃないのに、心が“押す”動作を始めてしまう。


 その瞬間――


右から、温度が重なった。

エティンが湊の手の上に、そっと自分の手を重ねる。

さらにもう一枚、確かめるように。



「宵祷様。大丈夫です。いま、ここです」



 声は大きくはない。だが揺らがない。



「息を……一緒に。吸って、吐いて」



 湊は息を吸う。吐く。

それだけで、ほんの少しだけ“今”に戻る。


 ツクヨミが、仁王立ちのまま言った。



「湊。――それは“選べ”という形をした命令じゃ。お主の癖に合わせて、心を折りに来ておる」



 湊は喉の奥で唾を飲み込む。


 分かっている。利用されている。

なのに、拒否すると“何かが壊れる”気がして怖い。

拒否に慣れていない。


 左でダスラの声が船内に流れる。短く、正確に。



「防護、前面厚く維持。鉄霧界、濃度一段。迎鏃陣、回し続けて」


「天輪鎖、外周を締める。……逃走軌道は潰します」



 艶のある声が、冷たい指揮になる。

それが湊には、ひどく頼もしい。


 だがウインドウは、さらに粘着する。



《秩序干渉:侵入要求》

《対象:MINATO》

《承認プロトコル:YES/NO》

《未応答:ペナルティ》

《承認推奨:YES》



 “ペナルティ”の文字が出た瞬間、湊の腹が冷える。

会社でも、システムでも、未応答は罪だ。

後で面倒が増える。怒られる。詰められる。

責任を、押し付けられる――


 その記憶が、湊の背中を丸めようとする。


 湊の胸の奥で、反射が叫ぶ。


(はいって言え。はいって――)


 けれど。


 湊の手の上の、エティンの手が温かい。

 前のツクヨミが、揺れない。

 左のダスラが、戦場を仕切っている。

 ――ここは、職場じゃない。これは、敵だ。


 湊は息を吸った。

 吐いた。


 そして、はっきり言う。声にして。



「……拒否する」



 ウインドウが一瞬、沈黙した。


 まるで“想定外”を食らったみたいに。



《承認プロトコル:YES/NO》

《選択:NO》

《……》



 次の瞬間――


 ガラスが割れた。


 パキン、と乾いた音。

 白いウインドウの表面に、蜘蛛の巣状のヒビが走る。

 YESの文字が、裂け目に引きずられて歪み、欠け、砕ける。



《侵入要求:再送》

《再送》

《再――》



 文字列ごと、粉々になる。

 ガラス片が宙に舞うように、無数の光の破片が飛び散り――


 砕け散って消えた。


 圧が抜ける。

 冷たい針が、潮が引くように退いていく。

湊は膝が抜けそうになり、手すりを握った。


 その瞬間、エティンが重ねた手を離さない。

体温が、折れかけた心を支えている。



「……できました。宵祷様」



 囁きが、優しく胸に落ちる。



「いまのは、宵祷様の選択です」



 湊は息を吐き、ようやく頷いた。

 拒否した――

 それだけで、世界が少し広がった気がした。



「……よい」



 ツクヨミが小さく頷く。



「その“拒否”が、命綱じゃ」



 同時に、ダスラが攻勢を完成させる。

左のコンソールに走る波形が、勝利の形に整う。



「――逃走軌道、完全に潰れましたわ」



 声は艶を帯びたまま、冷たく冴える。



迎鏃陣げいぞくじん、撃ち漏らしゼロ。玄磁帷げんじとばり、貼り替え。偏向鏡装へんこうきょうそう、維持。……通します」



 コクヨウが応える。


 赤いラインが脈打ち、海上から沈み、角度を変えて浮上する。

三次元の動きが、レヴィアタンの潜空を“角”に変える。


 鉄霧界が視界を溶かし、鏡面鋼板が照射を外す。

 天輪鎖が旋回し、慣性を溜め、逃げ道を締める。



鋼尖穂槍こうせんほそう――前面、現出」



 船体前面で砂鉄が凝縮し、巨大な穂先が“生える”。

次の瞬間、それは打ち出された。


 レヴィアタンが躱そうとする。

だが、鎖が“その角度”を許さず、迎撃の弾幕が“その動き”を削る。

穂先は、逃げた先へ――喰いつく。


 ズン、と。

衝撃は爆発ではない。重い杭を打つ音だ。


 黒い穂先が、レヴィアタンの胴へ食い込んだ。


 表面は水でも霧でもない。

ねじれた影みたいな膜があり、それが一瞬ふくらんで抵抗する。



 だが、次の瞬間――膜が裂けた。


 穂先の先端が、さらに一段深く沈む。

刺さるというより、「引きずり込む」みたいに、影の中へ吸い込まれていく。


 レヴィアタンの巨体が、ぐらりと遅れて揺れた。

潜空の“滑り”が止まり、逃げようとした角度が崩れる。



「入った……!」



 湊の喉が鳴る。


 穂先は止まらない。

砂鉄が後ろから後ろから継ぎ足され、槍は“伸びる”。

押し込む力が増していく。


 黒い穂先が、胴の奥へ、奥へ――

まるで心臓を探すみたいに、中心へ向かって進んだ。


 レヴィアタンの中で、何かがきしむ。

音じゃない。圧だ。

視界が一瞬だけ歪み、モニターの線が引きつる。



 そして、穂先が“届いた”瞬間。


 刺さった場所の中心が、すう、と落ちた。

レヴィアタンの中心が、突然“穴”になる。



 真っ黒な点。


小さなブラックホールみたいな、ありえない暗黒。

そこへ、周囲の光が吸い込まれていく。


 ――その異常はホロテックの内側には届かない。

戦闘指揮所(CIC)の空気は、変わらない。

代わりに、前面モニターの“外”が狂った。


 コクヨウの船体が、目に見えない力に引かれる。

 黒い外板が、きしむ。

 赤いラインが一瞬だけ乱れ、波形のように脈打った。


 ――吸い寄せられている。


 海面が持ち上がり、白い飛沫が“穴”へ向かって引きずられていく。

 海の闇が流れ込み、水柱が、逆方向に伸びる。

 空も海も、そこへ向かって“傾く”ように見えた。


 レヴィアタンが――圧縮される。


 巨大な影が、ひきちぎられ、畳まれ、細く、細くなって点へ落ちる。

 爆発ではない。破裂でもない。

 世界が息を吸い込むみたいな、恐ろしい収縮。


 爆縮。


 暗黒の点が、最後に一度だけ脈を打ち――


 消えた。


 次の瞬間。


 “ゆり戻り”が、海上に起きた。


 吸い込まれていた海が、どん、と戻る。

波が押し返し、海面が跳ね上がる。

衝撃が遅れて伝わり、コクヨウの船体が大きく軋み、

モニター越しに見えるコクヨウの外板が、負荷を受けたことが分かる。



 そして暗黒が消えた場所に、無数のきらめきが残った。



 キラキラと、微細な光が舞い上がり、夜の海に散らばっていく。

星屑が海面から立ち上るみたいに、ゆっくり、確かに。


 光はやがて四方八方へ拡散し、ひとつ、またひとつと消えていく。


 解放されたのは――奪われていた“生体情報”だった。

名も顔も、声も癖も、温度も、記憶の輪郭も。

吸収されていたそれらが、元ある場所へ帰っていった。


 CICの空気が、ようやく緩んだ。



「……終わったのじゃ」



 ツクヨミの声は静かだった。

断ち切れた鎖が、最後に一度だけ、じゃらりと鳴る。


 前面モニターで、コクヨウの船体が再び形を変え始める。

分厚い防護壁が引いていき、フィンが畳まれ、煙突が戻る。

赤いラインが薄れて消え、黒い巨体は、豪華客船の顔へ戻っていった。


 ダスラが息を吐く。


勝った者の静けさが、彼女の美しさを際立たせる。

 そして彼女は、湊のほうへ一度だけ視線を送った。

言葉にしない称賛が、そこにあった。


 ツクヨミが振り返り、ダスラを見た。



「ダスラ。見事じゃ。火線も守りも、揺らがなんだ」



 小さな顔で、堂々と労う。



「よう仕切った。誇ってよい」



 ダスラは目尻に涙を溜める。

だが声は凛としていた。



「……お言葉、光栄です。最良の手順を選んだだけですわ」



 そして、ほんの少しだけ、艶のある笑みを添える。



「皆が最短で動けるよう、整えました」



 ツクヨミは、ふっと笑う。



「うむ。よい」



 次に視線はエティンへ。



「エティン。湊を離さなんだ。良い支えじゃ」


「……ありがとうございます……!」



 エティンは深く頭を下げ、湊の手に重ねた手を、最後まで離さなかった。


 そしてツクヨミの視線が湊へ戻る。

ムーンライトシルバーの瞳が、優しくなる。



「湊。拒否できたの。よう折れずにおった」



 褒める声が、静かに胸へ染みた。


 湊は息を吐き、ようやく笑う。

勝利の笑みというより、緊張がほどけた人間の笑みだった。



「……君たちのおかげだよ。ありがとう」



 エティンが小さく頷き、ダスラも同じように頷いた。



「宵祷様、こちらこそ……ありがとうございました」


「宵祷様が“拒否”してくださらなければ、相手に“入口”を渡すところでしたわ」



 ツクヨミが、手を軽く振る。



「皆ご苦労じゃった。――今は、休め」



 その言葉が落ちると、CICのホログラムが解除され始めた。

コンソールが光の粒になり、手すりが静かに沈み、全周囲モニターが夜の闇へ溶ける。


 気づけば、再び海辺の夜空だった。

満月。一本の樹木。静かな砂浜。

さっきまでの戦いが嘘みたいに、波音が穏やかに戻ってくる。


 ツクヨミは三人を見渡し、優しく諭すように言った。



「怖かったじゃろ。疲れたじゃろ」



 声は小さいのに、よく届く。



「今夜はよく眠れ。……わしが、見張っておる」



 断ち切れた鎖が、風に揺れて、じゃらりと鳴った。


 それはもう、合図ではない。


 子守歌みたいな音だった。




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