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ただいまより、世界の破壊を始めます

 ハシダさんは流れる涙を拭い、世界を破壊できるらしい黒い剣を見つめ、言った。

「その剣があれば、世界を壊せるのでござるな?」

「扉越しから破壊すれば、SANピンの影響も受けないはずです」

「拙者の世界もか?」

「恐らく。ですが、今、壊してほしいのは、目の前にある小世界SANピンです」

「承知の上。見事に破壊してしんぜよう。成し遂げた暁には剣をもらうぞ」

「どうぞ」


 私はSANピンさえなくすことができればいいので、その後にハシダさんが剣で何をしようとどうでもいい。


 アザレアさんが、

「どうせ、悪いのはハシダさんを責め立てるだけの人間たちでしょ。大げさだなー」

「貴殿に何がわかる!」

「転職して、離婚すればいいじゃん」

「婿だから、自分からは離婚できぬし、この力のせいで組織を離れるわけにもいかぬ。もし抜けてしまったら、追手に一生追われてしまうでござる」


 以前、ハシダさんは役人をしていると言っていたけれど、一体、どんな役所に勤めたら一生追われることになるんだろうか。


 ハシダさんは怪しい笑みを浮かべ、黒い剣を取った。

「フハハハ! この拙者が、あやつらに思い知らせてやろう!」

「何してもいいけど、きちんと目の前の世界は壊してよね」

 アザレアさんが呆れながら言った。


「もちろん」

 ハシダさんは外に広がるSANピンを破壊しようと、扉まで歩き出した。


 数秒後、彼の体の一部がいきなり消失した。

「な、なんと!」

 ハシダさんは恐怖と驚愕の感情が入り混じっているような表情を浮かべた。


 私は叫んだ。

「早く剣を放してください! 体の消失が進んでしまいます!」

「それを早く言うでござる!」

 ハシダさんは剣を放り投げた。


 投げられた剣は店の床に深々と突き刺さった。まるで、抜いてくれる勇者を待っているかのような威風堂々とした姿だ。


 私は言った。

「こういう事情があるので、今までこの剣を使いこなせた存在がいないんです」


「こんな剣だったら、拙者、絶対触らなかったでござる!」

 ハシダさんは腰を抜かし、立ち上がれないでいる。


 私は特殊な魔道具で、剣を浮かせ移動させる。

「その状態で斬ればよいのだ!」

「過去に試しましたが、豆腐すら斬ることができませんでした」

 ハシダさんは露骨にがっかりした。

 

 「剣に選ばれるか、剣を服従させることさえできれば、体は消えないらしいです」

 アザレアさんが剣を覗き込みながら、

「剣を服従? もしかして生きてるの?」

「わかりません。こういう剣なので、調査は進んでいないんです。何せ触らなかったら問題ありませんから」


「へー。私も持ってみよう。剣は私を受け入れてくれるかな」

 アザレアさんが剣を持つも、やはり体の一部が消失し、すぐに手放さざるを得なかった。

「私じゃ駄目みたい」


 現状打つ手なしだ。


 不安そうに眉を八の字にしたハシダさんが、私に、

「このまま拙者たちは帰れなければ、この地球と呼ばれる世界で暮らすでござるか?」

「帰れるようになるまではそうなります。ただ、こちらとしては早急な解決を目指します」

 私は続けた。

「地球は異世界や魔法の存在がないのが常識となっています。だから、魔法が存在する世界の人が暮らすのは結構、大変なんです」


 アザレアさんが不貞腐れたように、

「そう言われたって帰れないもん。郷に入っては従えでしょ」

「そうですね。事態が打開しないので、緊急事態として地球滞在の手続きを開始しましょう」


「そういうのもあるの?」

「あります。お二人にはこれより説明を聞いていただきますね。そのためのマニュアルを用意するので、しばしお待ちを」

 私は本棚を漁りながら、言った。


 探していると、店の扉が開く音がした。

 魔物が乱入したのかと身構えると、入ってきたのは豪華な正装を来た若い男女だ。

 一人はティアラをつけたドレス姿の女性で、もう一人は王様みたいな身なりだ。


「どちらさまですか?」

 私が尋ねると、ドレス姿の女性が朗らかな笑顔で、

「あ、この格好で来たのは初めてでしたね。テオバルト様とマーヤです」


「え? すごい格好してますね。お二人だなんて思わなかったですよ」

「今日、晩餐会があったから、おめかししました」

「それなら、おめかししちゃいますね」


 ずいぶんと身分が高い農民らしい。


「でも、お二人はタイミングが悪い時に来ましたね」


 私は店の扉を開いて、説明した。

「このままだと、一生帰れません」


 二人は店の外に広がる光景を見て、驚きを隠せない。


 アザレアさんが、テオバルトさんに声を駆けた。


「テオバルト君って剣使えたよね」

「一応。少しは」


 彼女は黒い剣を指差す。


「この剣ね、なんと世界を壊せるんだって。でも、私たちは誰も剣を使えないからさ。ちょっと斬ってきてよ」


 テオバルトさんが困惑しながら尋ねた。

「……世界って壊せるのかい?」

「そうみたい」

 アザレアさんはニッコリと笑って言った。


 私は心の中で、ひどい人だなと思ったが、止めなかった。


 テオバルトの妻であるマーヤさんは、

「テオバルト様! 私も一緒に行きます! だから、やりましょう」

「まあ、斬ればいいだけなら」


 テオバルトさんはそう言って、剣を握った。ご夫妻はSANピンへと足を踏み入れた。


 突然、マーヤさんがいきなり上半身を反らしながら、泣き笑いだした。

「アハハハハ」

 きっとトラウマにやられているのだろう。笑いながらもうずくまったので、魔道具を使って救助。


「大丈夫ですか? この世界はこういう世界なんです」

「どんな時でも笑っていれば大丈夫です! 復活しましたから、また行ってきます」


 前向きすぎだろ!


「もうやめてください」


 一方のテオバルトさんは、

「俺の思い出に出てくる人々は、やはり美しい人たちばかりだ」


 何やら意味不明なことを言っているが、トラウマ攻撃が効いていないように見える。


 私たちは驚愕した。

 まさかこの世界にいることができる人が存在したなんて。


 アザレアさんが残念そうに、

「面白いものが見たかったのに」

「そうですね」


 今度は、剣の影響でテオバルトさんの体の一部が消失した。

 私は叫んだ。

「剣を手放してください! 消失が進みます」


 彼は静かに体を動かし、

「体はきちんと動く。剣も握れてる。問題ないよ」

 微笑みながら言うと、剣を軽く振った。


 瞬間、テオバルトさんの体が元に戻る。

 剣は紫色の光を放った。


 剣が、彼を受け入れたのか?

 それとも、彼が、剣を服従させたのか?


「それじゃ、斬るよ」


 テオバルトさんが剣で宙を斬ると、空間が裂けた。

 裂け目からまた新たな空間が出てきた。


 それが何回も続いた。

 ある空間はとてもカラフルで、別の空間は何もなくて。

 地球に似たものもあれば、宇宙のような場所もあった。


 空間が何層も重なっていて、そのどれもが違っている。まるで地層みたいだ。


 一時間以上経過し、黒い球が一つだけある空間にたどり着いた。


 ハシダさんが叫んだ。

「拙者が見たものと同じでござる!」


 黒い球の一部が白くなった。よく見ると真ん中に眼球がある。

 そして、球は出来損ないの竜のような姿となった。それでも、大きさは三メートルはある。


 それに反応するように、剣の光が強まっていく。


 不完全な竜が、テオバルトさんに襲いかかる。


 彼は剣に冷気をまとわせ、静かに告げた。


「凍てつき滅べ」


 襲いかかってくる竜に対しても、冷静に剣を振るう。


 剣の力なのだろう。


 テオバルトさんが持つ魔力以上の冷気が発生し、竜は凍てつきながら、真っ二つになった。


 世界が崩れていく。

 テオバルトさんが走って店に戻ってきた。


 世界が崩れたあとは真っ黒い空間が広がっているばかりだ。


「次元と時空の狭間ですね」

 私はそう言って、扉を締めた。


 マーヤさんが、

「あの竜はなんだったんでしょう?」

「おそらく、世界を守護する命ですね。世界にも命があるんです。おそらくなんらかの事情で世界として成熟できなかったのでしょう」


 私は額から汗を流すテオバルトさんにコーラを差し出しながら、

「おかげで助かりました」

「いや。俺たちも無事に帰れるようで助かったよ」

 そう言って、おいしそうにコーラを一気飲みした。


「でも、どうして店に来たんですか? 一ヶ月経つまで来ないようにと言ったので、てっきり来ないものかと」

「そう思ったんだけど、俺たちが店に行ける時は、俺たち以外には見えない扉が現れた時でね。放っておくとすぐに消えるんだけど、今日は消えなくて。気になってね」

「そうでしたか」

 ともかく助かった。


 テオバルトさんが私に剣を返そうとしたので、

「よろしかったら、お持ち帰りください。この剣は誰も持てませんから」

「こんな危険な剣は自分の世界に持ち帰れないよ」

「テオバルトさんのお住いの村が襲われた時に便利ですよ」


 マーヤさんが笑顔で、

「実は私たちが農民の格好をするのは週末だけ。趣味で畑と果実のお世話をしていて、このお店に来るんです」

「そうなんですか」

「本当の私たちは王様と王妃様なんです」

「だから、テオバルトさんはお上品にフライドチキンを食べるんですね」


 テオバルトさんは照れたようにうつむき笑った。


 私は、

「じゃぁ、いざという時の国家防衛や反乱を起こした貴族や民の誅殺用としてお使いください」

「それにしても、力が強すぎるよ。俺の世界まで吹き飛んでしまいそうだよ」


 まあ、そうだろう。


 邪魔な剣をテオバルトさんに押しつけることはできなかったが、客たちは無事に帰宅することができた。


 店内は私とゼンラだけとなった。


 私は今回の顛末を記録するために、パソコンのキーを延々と打っている。


「世界の詳細は、不明。破壊により、調査困難、っと」


 ゼンラは店の扉の前で棒立ちになっていた。

 そして、私に顔だけ向けて、ポツリと、


「俺の、世界、どうなったかな」


「知るか」


 お前の世界のことを、私に聞くな。

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