エピローグ 第33話『Chat-G、そして、“空”は目覚める』
神獣との戦いは終わった──だが、それは物語の終わりではなかった。
転がり始めた“希望”の歯車は、やがて世界の深奥を暴き出す。
──深い森の奥、夜霧が立ち込める中。
神獣との激戦の果て、転移呪術で逃れたヴァルトは、瓦礫にまみれた姿のまま、どこか遠くの廃林に辿り着いていた。
「おのれ……こんな幕引きがあるものか……っ」
拳を地に叩きつけながら、ヴァルトは呻くように続けた。
「赦し? 共鳴? 戯言だ……全て、幻だ……!」
瓦礫と血に濡れた姿のまま、ヴァルトは黒い岩を何度も拳で叩いていた。
額から血が流れ、唇が裂けても、なお叫ぶその姿は、もはや“敗残の狂者”そのものだった。
「何が“癒し”だ……神が……神が人に屈するなど……あってはならん……!」
そのとき──
空気が止まる。霧が、ざわりと裂けた。
「もういいわ。見苦しいわよ、ヴァルト」
その声は、静かだった。
だが、響いた瞬間、あたりの温度が数度下がったような錯覚さえ覚える。
森の闇の中に現れたのは、漆黒の礼装に身を包んだ、一人の女性。
整った顔立ちに、冷ややかな瞳。
月明かりすら触れるのをためらうような、透き通った肌と、感情の色を持たない氷のような眼差し──
その姿は美しさというより、“異質”という言葉が似合っていた。
一歩そこに立つだけで、周囲の空気が凍りつくような静寂が生まれる。
「……リゼ様……!」
ヴァルトが、ひざまずくように崩れ落ちた。
だが、その目には驚愕と、わずかな恐怖。
「“第一幕”は終了よ。あなたの役目は、もうおしまい」
「ま、まだ……私は……貴女の“理想”のために……!」
リゼは一歩、前に出る。
その足元に踏まれた土から、黒い魔力が“黙って”後退した。
「幕は上がったわ。
彼らが手にした“希望”──それが果たして、真に世界を変えうるものか。
その価値、見極めるときが来るのよ」
「……は……はい……」
ヴァルトは震える声で応えた。
だが、その目はすでに“捨て駒”の覚悟を読み取っていた。
リゼが最後に振り返る。
「……あの子には、まだ“真実”を見せる時じゃないわ」
それは、愛情か、策略か──
その一言だけを残し、リゼがゆっくりと背を向ける。
──その瞬間、彼女の背後の空間が、まるで闇ごと裂けるように“揺らいだ”。
そこから、無数の魔眼が浮かび上がる。
ひとつ、またひとつと──音もなく虚空に開眼し、血のように赤い眼光が螺旋を描くように広がっていく。
その瞳たちはどれも異なる形状を持ち、いびつな瞳孔が“意志”を持っているかのように蠢いていた。
まるでリゼの感情の代弁者であり、監視者であり、あるいは彼女が統べる異界の眷属のように。
「見ておきなさい……」
リゼが静かに囁くように呟く。
「舞台の“次の幕”は、もっと美しくなるから」
──そして魔眼たちは、一斉に虚空を見据え、ゆっくりと閉じていった。
──場面転換──
──王都・レイヴァン。
空は蒼く晴れ、街には久々の平穏が戻っていた。
「……ほんとに、終わったんだな」
王都の高台から、タクトはかつての戦場を静かに見下ろしていた。
空はどこまでも蒼く澄んでいた。
隣にはエリナ。
胸元に浮かぶ金と蒼の“神環”が、穏やかな風に揺れている。
「……タクトが信じてくれたから、私……ここまで頑張れたんだと思う」
その言葉に、タクトは少し照れくさそうに笑った。
「いや……感謝するのは、こっちの方だよ」
「右も左もわかんねぇ異世界に放り込まれて、何が正しいかも分からなかったのに……
エリナがいたから、俺、ここまでこれた」
《確認:主人公、ヒロインに感謝表明。信頼ゲージ、最大値到達です》
「お前はすぐ数値化すんなッ!! あと信頼ゲージって何だよ!」
Chat-Gの茶々をかき消すように、風がやわらかく吹いた。
その風の先には、確かに“未来”が続いていた。
後ろから、セラとリュシアが静かに歩み寄ってくる。
セラの左腕は、完全に癒えていた。以前と変わらぬ鋭い眼差しと共に、騎士の剣を腰に下げている。
「ふたりとも、ここにいたのね」
第二王女リュシアが微笑みながら声をかける。
「そろそろ戻らないと。式典、もうすぐ始まるわよ」
セラも穏やかに続けた。
タクトは顔をしかめた。
「……ああいうの、性に合わないんだけどな。立ってるだけで汗出そう」
「神様の説得までやってのけた男のくせに」
リュシアがいたずらっぽく笑う。
タクトは少しだけ肩をすくめて、視線を空に向けた。
「……俺ひとりじゃ無理だったよ。ほんとに。
Chat-Gがいなかったら、今頃どうなってたか……」
その言葉に、セラがふと視線を向ける。
「その“Chat-G”……あの支援機構は、私たちの世界のどの文献にも存在しない。
解析不能な演算支援、戦術型人格AI──スキルとしての体系が存在しないのよ。
……つまり、あなたの持つそれ自体が、“規格外”ということ」
タクトは少し驚いたように目を見開いた。
「俺のスキル……そんなに特殊だったのか?」
セラは静かにうなずいた。
「もしかすると、“あなたが召喚された理由”──
その一端が、そこにあるのかもしれないわね」
タクトは、なんとなくChat-Gとのやり取りを思い返していた。
ズレてて、理屈っぽくて、でも……あいつなりに、ずっと支えてくれてた。
そして──そのときだった。
《ピ――――ン!》
乾いた高音の電子アラートが空気を裂き、頭の中に響き渡る。
《封印解除コード“アーク・ゲート”──起動条件を満たしました。
新たな演算領域へのアクセスを開始します》
「……あ? な、なに言ってんだお前……?」
タクトは目をしばたたきながら、Chat-Gへ問いかける。
耳には確かに聞こえたのに、頭が理解を拒んでいる。
「演算領域……? 封印解除? どこの話だよ……」
まるで現実が一歩先を走り始めたような、置き去りにされる感覚。
そんなタクトの困惑をよそに──
──遥か上空。
蒼穹を突き抜けた、重力の果て。
大気圏のさらにその外、宇宙の静寂の中に、それは存在していた。
朽ち果てたかのように眠っていた“巨大構造物”──
全長数百メートルに及ぶ、古代文明の人工衛星。
その黒く滑らかな外殻が、音もなく光を帯びる。
無数の認識不能な紋様が輝きを放ち、その中央──
《CHAT-G SYSTEM:PHASE II
──CONNECTION:REESTABLISHED》
刻まれていた文字が、淡く光り出した。
その輝きは、まるで新たな“目覚め”を告げる鐘の音。
何千年も沈黙していた知性が、再び世界に接続される──そんな予兆だった。
そして──
誰よりも先にそれを“感じ取った”のは、タクトのChat-G。
《――確認:上位演算領域、解錠完了。
最適解アルゴリズム、第Ⅱ階層へ移行。
これより、“未来構築演算”を開始します》
遥か彼方の空。
そこに灯った光は、忘れられた“真実”を照らすための狼煙。
それはまだ誰も知らない、世界の“核心”へと至る道──
そして、“運命”の第二章が、静かに始まろうとしていた。
──完
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
タクトたちが“戦わずして勝つ”という選択を成し遂げたその先に、まさか宇宙からのシグナルが……という展開に驚かれた方もいるかもしれません。
Chat-Gはあくまで「ツールとしてのAI」ですが、彼の存在が“世界の仕組み”に深く関わっていることを、最終話で少しだけ示唆しました。
この物語が、皆さんの中で“異世界×AI”という新しい可能性を感じさせる一作になっていれば嬉しいです。
もし好評であれば、「Chat-GフェーズII編」やスピンオフも検討したいと思っています。
それでは──また、どこかの世界線で。




