第32話『CHAT-G、最終演算を完了──赦しの理、継承されり』
神との対話は、奇跡ではなく“選択”の結果だった。
人が傷つきながらも癒しを選び、怒りに手を伸ばさずに立ち向かった末に──
神獣は、再び人に力を託した。
そして、運命を見届けていた“狂気の道化”は、次なる舞台の幕を開ける。
物語は、ついに終章へ。
──崩壊した祭壇の上、黒煙がまだ漂っていた。
その中心で、ヴァルトがなおも膝をつき、血に染まった顔を上げる。
「おのれ……この程度で……終われるものか……ッ!」
血に濡れた瓦礫の上で、ヴァルトはなおも睨みつけていた。
崩れた祭壇、砕けた神核──そのすべてを押し潰すような“赦しの光”の中で、彼の瞳だけがまだ狂気を宿していた。
だが──
《警告:敵性魔力の異常活性を検知。ヴァルトの心核が不安定状態に移行──強制転移の兆候あり》
「逃げるつもりか……!」
タクトが剣を構える。しかし、それより早く──
「……フフ……まだだ……まだ“第一幕”が終わっただけだ……!」
ヴァルトの口元が血に濡れながらも、どこか悦びに歪む。
「我には、“あの方”がいる……全てを見通し、全てを導く、真なる御方が」
「これはほんの幕間に過ぎん……本番は、これからだ」
「我が舞台は──ようやく、最も美しい“演目”に入るのだからな……クク……」
地面から黒い刻印が広がり、螺旋を描くように空間を包み込む。まるで呪術陣が“現実そのもの”を削り取るように。
闇が渦巻き、空間が爆ぜる。
「──この命すら、贄であればいい……“あの方”が在る限り、終わりは来ない……!」
ヴァルトの身体が、もはや肉体とは思えぬ闇の“反転した影”へと変わり──
──次の瞬間、爆音と共に、虚空へと弾かれるように姿を消した。
残されたのは、ねじれた魔力の残滓と、地に焼き付いた呪印の跡だけ。
それは──“次なる災厄”の前触れのように、じり……じり……と、まだ燻っていた。
しばしの静寂。
「……逃げたか」
タクトが肩の力を抜き、アーカイブ・ブレイカーを収める。
「でも、勝った……」
エリナが呟いた。
胸元の光輪が、静かに揺れている。
そこにはもう、怒りでも恐怖でもなく──“赦し”の光だけがあった。
「私たちの選択が、届いたんだね……」
その言葉に、Chat-Gが静かに応答する。
《解析完了。戦闘終了を確認──》
《勝率評価:“決定的勝利”。対象・神格存在ライグルヴァン、対話的収束により鎮静》
《関与因子:タクト、エリナ、セラ、リュシア──人類側の選択が、最適解に到達しました》
「ふぅ……初めて、“戦わずして勝った”気がするな」
タクトが空を仰ぐ。
《この展開、レビュー投稿完了。“戦わずして勝つ”──読者評価:星4.9。
※ただし「ラスボスが改心するの早すぎ」との声も一部》
「誰のレビュー!? 読者目線やめろ! こっちは命懸けだったんだぞ!」
すると──その空に、雷の光が一閃。
神獣ライグルヴァンが再び現れる。
だがその姿は、もはや“怒りの獣”ではなかった。
その巨体はゆっくりと跪き、エリナの前に頭を垂れる。
「……受け取れし者よ。新たなる理の継承者よ。
この力、今より汝のものとする──」
神獣ライグルヴァンいやザル=ヴェルガスは、最後にもう一度、タクトとエリナに視線を向けた。
「この世界の未来を──今は、委ねよう」
その言葉と共に、蒼と金の紋章が光となってエリナの身体へと吸い込まれていく。
《神格融合:完了。セレーネ=アリュエルおよびザル=ヴェルガスの神環、融合成功。
継承者:《エリナ=ラフィーネ》──“赦雷の癒神”へ》
タクトが口を開く。
「……新しい神様の、名前みたいだな」
Chat-Gが即座に補足する。
《AI式命名候補:セレ=ヴェル=リュミエール。
意訳:癒しと雷の光の継承者》
「やめとけ。エリナが中二病って言うぞ」
「……言わないよ!」
珍しく、エリナが笑った。
その笑みに、リュシアもセラも、肩の力を抜いて微笑む。
そして──
《戦闘区域、完全鎮静化。封印構造体の再形成完了。神核共鳴体、沈静領域へ移行》
──風が止んだ。空気が、ようやく静けさを取り戻す。
セラはそっと片膝をついた。だがその表情は、ようやく安堵を取り戻した者のものだった。
彼女の左腕に、うっすらと金の刺繍のような痕が残っている。
それは、さきほどリュシアが発動した《時の縫合魔術・クロノステッチ》が、ついに時を巻き戻し、失われた腕の組織を修復しきった証だった。
セラは指をゆっくりと握りしめ、わずかに笑う。
「……感謝します、リュシア殿下。おかげで、もう一度“騎士としての誇り”を取り戻せそうです」
リュシアはやや照れくさそうに肩をすくめた。
「いえ。縫い合わせたのは“時間”だけ。……本当に癒したのは、あなたの仲間たちの想いよ」
彼女の視線は、タクトとエリナへと向けられていた。
タクトは二人の様子を見ながら、大きく息を吐く。
「……戦いが終わるって、もっと派手かと思ってたけどな。こうして立ってると、変な感じだ」
その余韻の中、Chat-Gが最後の演算を告げた。
《戦局評価:完了。
結論──“赦し”と“共鳴”は、最適解たり得る》
──誰もが、その言葉に何も言えなかった。
だがそれは、誰もが心の中で、同意していたからだった。
──世界は今、ひとつの“赦し”によって救われた。
──つづく(最終話へ)
神格《ザル=ヴェルガス》からの力の継承、
ヴァルトの敗走、
そしてChat-Gの最終演算──
大きな戦いの一幕が、静かに、しかし確かに幕を閉じました。
この回では「戦わずして勝つ」ことをテーマに、
“赦し”という選択が最適解になり得る瞬間を描きました。
最終話となる33話では、
それぞれの想いと「残された問い」に向き合う物語の締めくくりをお届けします。
引き続き、どうぞお楽しみに。




