第31話『CHAT-G、神核干渉モードに移行──“信じる力”が未来を変える』
神獣ライグルヴァンの暴走が極限に達する中、タクトは“禁じられた対話”へと踏み出す──
神の怒りを止めるために、武力ではなく“心”で向き合うという選択。
そして、癒しの力を託されたエリナの運命は、大きく動き出す──。
──雷鳴が、鈍った。
それはほんの一瞬の変化だった。
だが、確かに、神獣ライグルヴァンの咆哮が、どこか“ためらい”を帯びていた。
「届いてる……? もしかして、エリナの力が──」
《観測:神格存在・ライグルヴァンの心核波動に共鳴反応。
内部に残る“神性”が、エリナの神威に対して反応を示しています》
《注意:この共鳴は外部からの干渉では限界に近い。
次なる段階に進むには、“内部”への接続が必要です》
「……内部?」
《提案:神核干渉モードへの移行。心核共鳴リンクの確立を推奨》
「……まさか、それって──」
《対象:神格存在と“対話”を試みる、禁じられたプロトコルです》
タクトの脳裏に、電撃のような緊張が走った。
「直接……対話、するってのか……神と……!?」
《唯一の突破口です。選択を》
ほんの一瞬、タクトは迷った。
だが──背後にある光。
エリナが広げた“癒しの環”が、まだ、消えていないことを見た。
(なら……俺も、信じるだけだ)
「……いいぜ。Chat-G。接続してくれ」
《了解──心核共鳴リンク、起動します》
──タクトの意識が、光に包まれた。
──そこは、色のない空間だった。
視界には何もなく、ただ淡く波打つ灰色の靄が広がるのみ。
空も地も境界もない──まるで“存在の始まり”を思わせるような、原初の静寂。
「ここが……神獣の“内側”……?」
タクトは、自分の声が返ってこないことに気づいた。
音すら、概念すら希薄なこの領域では、彼の存在だけがかろうじて保たれているようだった。
その時だった。
──ズン……という重い振動が空間の中心に広がる。
気配は音より先に届いた。
闇を裂くようにして、巨大な影が姿を現す。
それは、かつての神格《ザル=ヴェルガス》としての神獣──
威厳と雷と癒しを司っていた、“もう一つの姿”のライグルヴァン。
だがその姿は、明らかに迷っていた。
「人よ……なぜ、我に触れる」
──声ではない。
それは“思想の圧”だった。空間ごと心を揺さぶる、神の問い。
タクトは、ゆっくりと前へ出た。
「お前に……聞きたかった」
「なぜ、怒っている?」
「なぜ、人を、世界を……そこまで、憎んだ?」
数秒の沈黙。
いや、“永遠にも感じられる”沈黙ののち──
「……裏切られた」
その一言が、空間のすべてを震わせた。
「我は、人の祈りに応じ、力を与えた。癒しを、雨を、祝福を──
だが、人はそれを争いに使った」
「祝福を、兵器に。癒しを、支配に。神を、道具に」
「……そして、捨てた」
まるで刃のように鋭く、哀しみに満ちた告白。
タクトはその言葉に、ぐっと拳を握った。
「……わかるよ。俺も、お前の記憶を“少しだけ”見た」
「お前が、祈りに応えていたことも。
誰より“人を信じていた”神だったことも」
沈黙。
「でもな……人は、全部が“あの頃”のままじゃない」
「今、あいつらは“誰かを救うため”に、お前と向き合ってる」
「癒すために、傷を負ってる」
「お前がかつて信じた人間の心──あいつらが、それを持ってるって、証明してるんだ」
タクトの言葉に、空間の灰が、微かに色を帯びる。
──金色の粒が、どこからともなく舞い降りた。
それは、“赦し”と“共鳴”の兆し。
神獣ライグルヴァンの姿が、ゆっくりと視線を落とす。
「……再び、信じよと……?」
「力を、“人に委ねよ”と……?」
タクトは、真正面から頷いた。
「……そうしてくれ。今なら、それが……きっと“最適解”だ」
──空気が、震えた。
ライグルヴァンの巨大な影が、静かに目を伏せた。
そのまなざしには、かつての怒りも、哀しみも、どこか──“疲れ”のような静けさがあった。
「……我には、まだ恐れがある」
「再び、人に裏切られること──
また、己が怒りに呑まれること──」
長い沈黙。
それは、神であることをやめた者が、自らの原点と向き合うための“間”。
そして、ゆっくりと──
「だが……今ならば、少しだけ……」
「もう一度、信じてみようと思える」
その声には、かつての威厳とは違う、どこか人間に近い、温かさが滲んでいた。
「癒しの光を受けた時、確かに、心が“静まった”のだ」
「お前たちが、この世界の“希望”であるなら……」
──そして、神は目を閉じた。
それは、戦いを拒む者の静寂ではなく。
もう一度“誰かを信じる”者が選ぶ、決断の祈りだった。
──その瞬間、神核の中心から光が溢れた。
《セレーネ=アリュエルの神環、共鳴状態に移行。神核融合準備完了──継承者を特定中》
ライグルヴァンが、最後にひと言、タクトへと意識を向けて告げる。
「我が力は、怒りではなく……癒しと共に在れ」
「次なる継承者に──託そう」
──その瞬間、空間が金と蒼の光に包まれた。
神核の中心に残された、かつて神として在った記憶と意志が──
癒しの光に触れ、静かに姿を変えていく。
《神核反応──共鳴対象を再選定。神格《ザル=ヴェルガス》、継承プロトコルを開放》
「癒しを受け入れし者に、“雷”の理を──未来への赦しを託す」
「その名において──
神格《ザル=ヴェルガス》、選定者《エリナ=ラフィーネ》への継承を許可する」
──空間が、音もなく光に溶けていく。
次の瞬間、タクトの意識は、まばゆい光と共に、再び現実の戦場へと帰還する。
──音が、戻った。
タクトの視界が光に満ち、気づけば再び戦場に立っていた。
だが、その空気は──明らかに変わっていた。
「……っ!?」
風が逆巻く。
その中心にいたのは、エリナだった。
彼女の胸元から、金と蒼が交じり合う“光の心環”が脈打っていた。
リュシアが息を呑む。
「これは……《セレーネ=アリュエル》だけではない……!?」
背後に浮かぶ七重の癒しの光輪──そこに新たに、鋭く雷を模した“第八の紋章”が現れる。
それはかつて“怒りの神”と恐れられた神格《ザル=ヴェルガス》の象徴。
だが、今は癒しの加護と融和し、新たな神威へと昇華されていた。
「これが……“癒しの継承”……」
エリナの視線は、優しく、それでいて鋭く──ヴァルトを見据える。
「ザル=ヴェルガス……あなたの“怒り”を、癒しと共に──未来のために使います」
その言葉と共に、エリナの両手に浮かび上がったのは、
雷光と癒光が重なるように形作られた巨大な魔法陣。
「神よ、赦しと怒りを統べる者──ザル=ヴェルガス。
その雷を、癒しと共に……
《神癒雷撃・グラン=ヴェルテイン》
怒りの神と赦しの神が交差し、融合した一撃──それはまさに、神と神の対話の証だった。
「……ば、馬鹿な……!」
ヴァルトが、苦悶の叫びを上げる。
「この力は……我が導いた“怒りの核”だったはず……!
なぜ、それが“癒し”と共にある……!?」
だが──問う暇もなかった。
空を切り裂いた蒼白の雷光が、一直線にヴァルトを貫いた。
爆音。衝撃。
祭壇ごと崩れ落ち、瓦礫の中でヴァルトが地に伏す。
彼の身体を包む黒雷の装束が砕け、血を吐きながら、よろよろと立ち上がろうとする。
「こ、の……虫けらどもが……っ」
血に濡れた瓦礫の上で、ヴァルトはそれでも睨みつけていた。
砕けた祭壇、崩れた野望、そのすべてを押し潰すような“光”の中で──
彼の目だけが、まだ諦めを拒んでいた。
──つづく。
神との“共鳴”によって拓かれた、未来への突破口。
ライグルヴァンの怒りは癒しへと昇華され、そしてエリナに託される新たな神威──。
だが、敗北を喫したヴァルトは、まだ終わりを受け入れてはいなかった……
次回、32話、お楽しみに。




