第30話『Chat-G、共鳴せし神と人』
神が神であることを捨て、ただの“怒り”と化した神獣──ライグルヴァン。
その暴威の前に、戦術も魔術も意味を失いかける戦場。
それでも、タクトは“最適解”を求めて立ち上がる。
エリナの祈りが、神の記憶に触れ、セラの光が絶望に抗うとき──
人とAIと神が、一つの未来に向かって“共鳴”を始める。
──雷が、反転した。
それはもはや天から落ちるものではなかった。
逆巻く闇の渦が、ライグルヴァンの全身を覆い尽くし、白銀の毛皮を焼き尽くす。
代わりに現れたのは、黒炎を纏った漆黒の鱗。そして、両の瞳に宿った紅の光──
「フフ……見よ、この姿を……」
祭壇の上、ヴァルトが恍惚とした表情で両手を広げた。
「これが“神の殻”を捨て、怒りの本質だけを残した獣の姿……
ライグルヴァン──完全堕獣化、ここに完了だ」
唇を歪ませながら、彼は宣言する。
「神として与える慈悲も、理も、知もいらぬ。
ただ“人間の裏切り”を焼き尽くす、純粋な破壊だけが残る──
いいぞ……吠えろ、咬め、蹂躙しろ。
この世のすべてを、“神が捨てた爪と牙”でなァッ!」
──咆哮。
黒雷が空を引き裂く。
その圧に、タクトは思わず言葉を漏らした。
「完全堕獣化、完了……って、いや待て、これが“本番”ってどういうことだよ……!?」
タクトが唖然とした声を上げた。
《確認:神格存在・ライグルヴァン、最終フェーズに移行。抑制可能性──限界域突破。もはや通常戦術での抑止は困難です》
Chat-Gが冷静に分析を告げるが、その“淡々とした絶望感”にタクトが引きつった。
「わりぃ、今の言い回し、逆に怖ぇわ……!」
そのやり取りを、王女リュシアが険しい表情で遮った。
「……完全堕獣化。神が神であることを捨てる時──
その存在は理すらも踏み越える……」
彼女の声は、震えを含みつつも王家に伝わる“何かを知っている者”としての重みがあった。
それは“神の力”を捨てた、否、神であることを否定された存在の、最終形。
「見ろ……これが“人が捨てた神”の姿だ」
ヴァルトが笑った。血を吐くような狂気の笑み。
「神格なんざ、人間が“使い勝手のいい道具”として設計しただけのものだ。
本来の力を取り戻せば、こうなる。怒りに満ちた、本物の“理”だよ!」
その言葉と共に、ライグルヴァンが咆哮を放つ。
雷ではない。空間そのものが震えるほどの咆哮。
次の瞬間、大地が割れた。
巨大な雷槍が地表を縦断し、闇の奔流が天へと舞い上がる。
「来るぞ──!」
タクトが構えた。
背中に展開された初期型AI補助武装──アーカイブ・ブレイカーが静かに起動した。
《補助演算モード起動。干渉波長、安定。空間認識フィードバックを展開します》
Chat-Gの声が、緊張と共に脳内に響く。
《対象:神格存在・ライグルヴァン。干渉可能域を走査中……》
「この剣……通るのか、ほんとに……?」
《通常打撃貫通率、0.7%。全術式による直接干渉は不可》
《参考:現在の戦況レビューは星1.1。“攻撃通らず、絶望感がすごい”との評価です》
「おい、誰が今それ見たいって言った!? 逆に士気下がるわ!」
と叫びながら、タクトはアーカイブ・ブレイカーを逆手に構える。
その刀身には、青白い粒子が波打っていた──Chat-Gが展開する**“未来演算支援”モード**が作動している証だ。
《提案:領域転移型フェーズ誘導作戦。空間位相の流れに干渉──三秒後、“開裂点”を生成します。そこが唯一の突破口です》
「了解。じゃあ、そこを“通す”だけだな」
タクトは笑った。
恐怖をごまかすためでも、虚勢でもなかった。
“そこに勝ち筋がある”と知ったときの、一瞬で空気を変える、決意の笑みだった。
「じゃあ、そこが“最適解”ってことで──」
──刹那、タクトの身体が走った。
未来演算に従い、波動のズレを読むように空間を跳ぶ。
そこへ──
《警告:高出力雷撃、0.4秒後に着弾──回避推奨》
Chat-Gの警告と同時に、黒雷が突き刺さる。
しかし、その刹那にアーカイブ・ブレイカーが発光する。
《補助演算接続中──攻撃演算同期率、上昇中……90%、93……95%》
剣の内部が淡く脈動し、光の回路が走る。
その刃先に、空間がほんのわずか、震えるように歪んだ。
(いける──“そこ”だけなら、届く)
《開裂点、座標固定──今です》
タクトのアーカイブ・ブレイカーが一閃した。
刃が空間を裂き、その“一瞬の裂け目”を突き抜けたとき──
──ズン、と音を立てて、ライグルヴァンの装甲に“空間の軌跡”が食い込む。
“斬った”という感触ではない。
それはまるで、存在ごと一部を“捨て去らせた”ような、異常な斬撃だった。
だが──
神獣ライグルヴァンの巨体は、わずかに身をよじっただけだった。
一瞬、その動きが止まった。
だが、傷は浅く、雄叫びひとつ上げることなく、再び黒雷を纏って姿勢を立て直す。
(……通った、でも──削れただけか……!)
タクトは歯を食いしばりながら構えを解かず、Chat-Gのフィードバックに意識を集中する。
《観測:神格存在の運動パターンに微弱なノイズ──“ためらい”の反応》
「ためらい……?」
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、ライグルヴァンの動きが止まる。
《観測:神格存在の運動パターンに微弱なノイズ──“ためらい”の反応》
「ためらい……?」
タクトの瞳に映ったのは、
怒りに燃え上がる魔獣の中に、確かに揺れ動く瞳だった。
そのとき──
エリナの声が、静かに、けれど力強く響いた。
「タクト……リュシアさん……今、もう一度“光”を広げます──援護をお願い」
その言葉に、タクトが頷き、リュシアもわずかに口元を引き締める。
そして、エリナは胸元に手を当て、祈るように呟いた。
「──赦しの環を。癒しの光を……」
その祈りに呼応するように、金と白の七重の紋章が夜空に咲いた。
《神癒陣・セラフィムサークル》
それは、単なる魔術ではない──
癒しと赦しの神《セレーネ=アリュエル》の加護そのもの。
神格の意志が、エリナの声を媒介にして現界する。
その光は、神獣ライグルヴァンの内部に今も残る“かつての神性”に、
優しく、けれど確かに触れた。
ライグルヴァンの巨体が、わずかに震えた。
闇に染まったその心核の奥で、“何か”が軋むような音を立てる。
──それは、忘れかけていた神としての記憶。
癒しに応え、赦しを与えていた、かつての在り方。
封じられた本質が、セレーネ=アリュエルの光に共鳴し、呻くように揺らいだ。
そして──
ライグルヴァンの巨体が、再び、ぐらついた。
咆哮ではない。呻き声だった。
「届いてる……? もしかして、エリナの力が──」
しかし、ヴァルトの笑い声が遮る。
「フン、赦し? 癒し? そんな幻想──この世で最も愚かな呪いだ!」
ヴァルトの口元が歪む。
「ならば見せてやろう。“祝福”を“呪詛”に変える、私の秘術を──!」
彼が虚空へと手をかざすと、空間が裂けるように黒い文様が走った。
「出でよ、反福の刻印──《黒律詠環》!」
空に浮かび上がったのは、セラフィムサークルを反転させたような禍々しい逆紋。
祝福の輪を嘲笑うかのように、その中心から黒い霧と棘のような魔力が放射されていく。
「これは祝福を呪いに“変換”する逆転式魔術だ」
「その“癒し”がどれほどのものか……“呪い返し”に耐えてみろッ!」
今度は、別の声が空気を震わせた。
「──輝きよ、闇を拒め……《聖盾結界・ルクス=ヴェール》」
セラだった。
その声は、かすれていた。
けれど、響きは凛としていて──確かに“光”を背負っていた。
彼女の背後に浮かび上がるのは、神格《ルクス=オルド》の象徴たる光輪と盾の紋章。
黄金の結界が空を裂いて展開し、ヴァルトの呪詛《黒律詠環》にぶつかるように広がっていく。
「……守護の光よ。もう一度だけ、この手に──」
セラの神威──《ルクス=ヴェール》と、ヴァルトの呪術がぶつかり合い、空間に激しい閃光が奔る。
光と闇、正反対の力が火花のように衝突し、戦場の空気が張りつめるように軋んだ。
彼女の片腕はまだ回復しきっていなかった。
それでも、神威の光は確かに発動していた。
「セラ……!」
タクトが叫ぶ。そのとき──
《演算負荷が閾値を超えました。Chat-G、オーバークロックモードへ移行します》
「……お前も、けっこう無茶するタイプだよな」
タクトが苦笑混じりに呟く。
《最適解出力を継続。臨界演算、開始──》
神獣、エリナ、セラ、リュシア、Chat-G、タクト──
それぞれの力が交錯し、ひとつの“共鳴点”へと向かっていく。
光と闇がぶつかり合い、
神と人の“かつての罪”が今、問い直されようとしていた。
──つづく。
ついに“完全堕獣化”を遂げたライグルヴァンとの正面衝突。
タクトとChat-Gの連携、エリナと神セレーネの覚醒、セラの再起。
それぞれが限界を越えて“誰かを守る戦い”を選び始めました。
ここからは、さらに加速します。
怒りに呑まれた神獣の“核心”へ、祈りと戦術が突き刺さるラストへ──
次回、ご期待ください!




