第29話『Chat-G、神を赦す者を選定しました』
神の光が、少女を選んだ。
戦場に現れた“赦し”の奇跡は、仲間の命を救い、神獣の心すらも揺るがせる。
だが、癒しの光の先には、狂気の解放者がいた──
崩壊と救済が交差する時、CHAT-Gが導く“最適解”とは。
──光が、咲いた。
静寂の中、エリナの胸元からあふれ出した金と白の光は、空気を震わせながら螺旋を描き、夜の闇に巨大な光輪を浮かび上がらせた。
その中心に、彼女がいた。
淡く輝く七重の紋章──それは《癒しと赦しの神》セレーネ=アリュエルの象徴。
優しく、それでいて絶対的な神格の光が、戦場の瘴気を払うように広がっていく。
「……なに……だと……?」
闇の帳の奥。
ヴァルトの声がかすれ、震えた。
「神威……? いや、違う……これは……“赦しの力”……?」
その表情に、初めて浮かぶ明確な“動揺”。
「馬鹿な……あの娘が、神核に選ばれただと……!?
いや、違う……“偶然”じゃないな。やはり、お前も──《設計されたルート》の末端か……
面白い……神の接続者が、まさかこの地で二度目に現れるとはな」
だが、エリナにはその言葉すら届いていなかった。
ただ、祈るように両手を胸に重ねる。
「──願わくば、苦しみを背負いし者に、癒しの安らぎを。
命の光をもって、ここに“赦しの環”を──」
その瞬間、大地に七つの円陣が展開された。
《神癒陣・セラフィムサークル》
金と白の魔法陣が花開くように重なり合い、ゆっくりと回転し始める。
癒しの光が地を包み、空間を浄化するように瘴気を押し返した。
《観測:空間浄化指数、急上昇。対象セラ=ノワールの周囲より、闇属性魔力が排除されつつあります》
Chat-Gのモニタリングログがタクトの視界に展開される。
「……これが、エリナの──」
タクトは、言葉を最後まで紡げなかった。
目の前に広がる光に、息を呑む。
まるで神話の一幕を目撃したかのように──
彼の目は驚きと安堵、そして少しの畏敬に揺れていた。
普段は茶化すような言葉を口にする彼の表情から、すべての軽さが消えていた。
ただ黙って、圧倒的な“奇跡”の光景を見つめていた。
その頬を、一筋の風が撫でた。
光の中心に立つエリナ。
彼女が、ただの少女ではないと──ようやく、確信を持った瞬間だった。
セラの傍らに展開された光陣が、彼女の身体を包み込む。
光は優しく、けれど確かに──“死へと向かっていた流れ”を、反転させる力。
そして、リュシアが顔を上げた。
瞳に決意の光を宿し、静かに呟く。
「時よ──もう一度、彼女に流れなさい」
その声は、命を願う祈りであり、王族としての誓いでもあった。
彼女の掌から放たれた金の文様──《時の縫合魔術クロノ・ステッチ》が、今度こそ迷いなくセラの体に注がれていく。
時の糸が揺らぎ、絡まり、断たれた生命の流れを一編一編、縫い直していくように──
「──繋がって。あなたの命を……!」
今度は、光が拒まなかった。
瘴気が祓われたことで、時の糸が干渉を受けることなく、傷の内部に届いていく。
あれほど拒絶していた黒い魔力は、まるで退き、水に溶けるように消え失せていく。
「……っ、生きてる……」
リュシアの瞳に、涙がにじんだ。
微かに──セラの胸が上下する。
タクトは、全身から力が抜けるのを感じながら、膝をついた。
「よかった……マジで、よかった……」
セラの命が、戻ってきた。
誰もが“終わり”を感じた戦場に、再び“命の鼓動”が戻った瞬間だった。
そして──
神獣ライグルヴァンが、再び咆哮を上げる。
しかし、それは先ほどまでのような“暴走の咆哮”ではない。
痛みと、戸惑いを滲ませた、どこか“理性”を帯びた吠え声だった。
その瞳が、わずかに揺らぐ。
「……瘴気の侵蝕が止まってる……? エリナの神威が……あれを抑えてるのか……」
タクトが呟いたそのとき、
《観測:神獣個体・ライグルヴァン、魔族干渉制御レベルの低下を確認。心核干渉率、32%→19%へ減衰中》
Chat-Gが即座に分析を送る。
「つまり……ヴァルトの支配が弱まってる……?」
すると──再び、祈りの声が響いた。
「……聖記結界、展開。すべての罪を赦し、導きの光で包み込む……」
エリナが、ふたたび両手を掲げる。
次なる神威が、発動する──
──再び、光が咲いた。
エリナが静かに唱えた言葉と共に、彼女の背後に再び光輪が広がる。
今度は、それが周囲に向かって波紋のように拡がっていく。
七重の輪が空間に重なり、音もなく結界が形成された。
《聖記結界・ルクシードヴェール》
その名の通り、祝福された帳は仲間たちを包み、世界と闇のあいだに“神の意志”を隔てる。
「……温かい……?」
エリナの神威から広がった《聖記結界・ルクシードヴェール》が、場の空気ごと優しく包み込んだ。
それは防御の結界でありながら、同時に“癒しと赦し”の加護そのものだった。
あたたかな光が、風のように戦場を撫でる。
汚れた瘴気は祓われ、焦げた空気は静けさを取り戻していく。
そして、地に伏したセラの頬に──ほんのわずか、血色が戻った。
その変化に、誰より先に声を漏らしたのはタクトだった。
「……セラ……!」
彼の声は、届くことのない祈りのように震えていた。
タクトが駆け寄ろうとするも、エリナは振り返り、かぶりを振った。
「まだ……瘴気を抑えているだけ。結界が崩れれば、すぐに逆流する……」
「気を抜かないで。神獣が──次、動くわ」
その声音には、不思議な落ち着きと神聖さが宿っていた。
彼女の表情を見て、タクトも、ただ黙って頷いた。
──その時だった。
空気が、ざわめいた。
風が引くように、空間が再び歪む。
「なるほど……これが、神威の癒し……人を救い、獣を沈める“赦しの力”……か」
ヴァルトの声が響いた。
だがその声は、怒りに満ちてはいなかった。むしろ──冷たい執着と、狂気を孕んでいた。
「だがなァ……気に入らんのだよ、そういう“綺麗ごと”が」
彼はゆっくりと、ライグルヴァンの影から現れる。
「お前ら、勘違いしてる。あの神獣が“癒し”に目覚めたって? “赦し”で浄化されたって? ──違うな。
この力は、元々“人が神を縛るため”に作った《契約の呪具》だ」
「……何ですって?」
リュシアが目を見開く。
「この神獣の心核──ライグルヴァンの本質は、“神威の神”ザル=ヴェルガスそのもの。
だが、その神を“道具”に貶めたのは誰だ? お前たち人間だろうがァッ!」
その怒りは、自らの言葉に燃え上がっていく。
「私はな……その神を“本当の力”で解放してやるんだよ。
もう一度、神を“怒りの獣”にして、この世界を焼き尽くす力に変えてやるッ!」
彼は懐から何かを取り出す。
それは──漆黒の水晶に刻まれた“召喚式”。
「やめて……!」
エリナが声を上げる。
だが、ヴァルトの口元は歪む。
「もう遅い。さあ、ライグルヴァン……神としての姿を捨てろ。
怒りのままに咆哮しろ──俺のために、“世界の再起動”を成し遂げろ!」
──瞬間、神獣の体に黒雷が走る。
静かに震えていたライグルヴァンの眼が、赤く染まり始める。
(……まずい!)
タクトはChat-Gの戦術画面を睨んだ。
《警告:神格存在・ライグルヴァンの心核安定度が10%を下回りました。
このままでは、完全堕獣化が発生します──》
「……完全堕獣化、ね。
おいおい、今のが“未完成品”だったとか、冗談にもほどがあるだろ……」
苦笑しながら、アーカイブ・ブレイカーを構える。
「──けどまあ、地獄の続きを見る覚悟くらいは、もうできてるさ」
つづく。
ついにエリナが“神に選ばれる者”として覚醒しました。
癒しと赦しというテーマが、ただの支援魔法に留まらず、“戦場を変える力”として描かれた回になったと思います。
そしてヴァルトの発言により、「人が神を道具にした過去」「リンクスの存在」「神威の真の意味」など、新たな伏線も多数散りばめられました。
次回、暴走する神獣との決戦へ──タクトとChat-G、そして目覚めた仲間たちの“選択”にご期待ください。




