第28話『Chat-G、赦しの祈り、覚醒の時』
神獣ライグルヴァンが暴走するなか、タクトはChat-Gと共に戦術的反撃を開始。
一方、無力感に囚われたエリナの心にも、“あの日の祈り”が静かに灯り始めます。
誰かを守るための覚悟──今、赦しの神がその声に応えようとしていました。
──天蓋が、裂けた。
遺跡の天井を貫くように奔った黒雷の閃光が、古の石壁を照らし出す。
天井を震わせる轟音とともに、石床が砕け、空間全体が軋むように揺れた。
神獣の咆哮は、遺跡そのものを生きた獣のように震わせ、
天井の封印文様が軋む音すら掻き消すほどの、凶暴な怒りを放っていた。
神獣の咆哮は怒りのままに世界を揺るがし、その巨体から放たれる雷と闇の奔流が戦場を蹂躙していた。
「くっ……こいつ、本気で遺跡ごと潰す気かよ……!」
タクトはその場に身を伏せ、爆ぜる魔力の波をやり過ごしながら、腰の武器を強く握りしめた。
──“アーカイブ・ブレイカー”。
AI戦術支援と連動する初期型の武装が、青白く光を宿す。
《注意:神格存在による干渉フィールド展開を検出。通常攻撃の貫通率、3%未満》
「わかってる。だからやるんだろ……“錯誤誘導”、つまり──こっちの動きをわざと読ませて、敵に“間違った行動”を取らせるんだ!」
タクトの叫びと同時に、Chat-Gが戦術モードを展開した。
「頼むぞ、Chat-G──あの化け物の目を、俺から逸らせ!」
《錯誤誘導戦術、展開開始。動作プロトコル提示──右に三歩、左に二歩。三秒後に跳躍》
Chat-Gの冷静な声が、タクトの脳内に響いた。
「……了解」
タクトは言葉少なに頷き、提示されたラインを視覚化する戦術HUDに意識を集中する。
彼の足元に青白いラインが浮かび上がり、ひとつの“経路”を描く。
その道は、雷光が飛び交う混沌の中に穿たれた、わずかな“突破口”。
(……読ませて、誘う……錯誤誘導ってやつか)
敵の予測に“嘘”を植え付け、虚を突くための戦術──
視界に浮かぶラインに沿って、タクトは躊躇なく動いた。
稲妻が地を穿ち、闇が牙を剥くその只中を、まるで踊るように駆け抜ける。
「なっ……!?」
その姿に、祭壇の背後から戦況を見ていたヴァルトが目を細めた。
「ほう……あの小僧、以前とは別人だな」
あざけるように笑いながらも、その目には一抹の警戒が浮かぶ。
「Chat-Gとやら……なるほど。単なる人工知能ではない、戦術の霊核か。ふふ、愉快だ」
その口元に宿る笑みは、決して油断から生じたものではなかった。
《錯誤誘導・フェーズ3開始。敵の攻撃予測アルゴリズムに干渉。錯視展開まで、あと3秒》
「……こっちが本命だ!」
タクトの叫びと同時に、地上の魔力ラインが爆ぜ、幻影のようにタクトの分身が数体、闇の中を駆けた。
神獣の瞳がそれに反応し、無数の雷槍を別方向へと放つ。
雷鳴が夜空を裂く。
「よし、今だ──!」
タクトはその隙を突き、神獣の懐へ一気に踏み込む。
その剣に込めたのは“打倒”ではない。あくまで“削り”──気を逸らすための一撃だった。
そう、これは“勝つため”ではない。
──“守るため”の戦術だった。
「……タクト……」
遠くで見守るエリナの声が震えた。
彼女の視線の先には、全身を闇に染められ、地に倒れたセラ=ノワールの姿。
左腕を失い、顔を伏せ、微かに息をしているだけのその姿に、エリナは目を背けそうになった。
「……私、何も……できない……」
手にした杖が、重い。
震える指が、それを支えきれない。
目の奥が熱く、喉の奥が焼けるようだった。
過去の光景が、脳裏に蘇る。
──焼け落ちた屋敷。炎に包まれた夜。
──倒れ伏した両親。
──自分の手を引き、笑顔で走ってくれた姉──リゼの背中。
(……また……誰かを、失うの?)
「やだ……いや……!」
胸の奥から溢れる叫びを、誰にも聞かれぬように噛み殺す。
目を閉じたそのときだった。
ふと、唇が勝手に言葉を紡ぎ始めていた。
「──願わくば、痛みを背負いし者に、赦しと癒しの安らぎを……」
それは昔、姉が子守唄のように唱えてくれた“祈り”。
どこか懐かしく、けれど温かく胸に残っていた言葉だった。
「……ん?」
胸元が、淡く光った。
それは彼女が生まれたときから肌身離さず身につけていた、アルフィーネ家の家紋入りのペンダント。
それが今、静かに脈動している。
「……え……?」
そのときだった。
空気が変わった。
空間が揺らぎ、音のない波が広がるように、エリナのまわりの世界が静止したように感じられた。
──否、それは外ではない。
心の奥底に、直接響いてくる“声”だった。
《……我が名は、赦しと癒しの神……セレーネ=アリュエル……。汝の祈り、確かに届いた……》
優しく、けれど抗えぬ重みを持つその声に、エリナの意識が引き寄せられる。
《問おう。汝は、我の力を欲するか──
悲しみを癒し、命を繋ぐ、その“責”を背負う覚悟があるか?》
「……私は……!」
エリナは胸を押さえる。
涙で濡れた頬の奥に、心の底から湧き上がる想いがある。
──守りたかった。
──守れなかった。
──もう、誰も失いたくない──
「……欲しい……ください、力を……!」
震える声に、かすかな光が宿る。
「誰かのために戦えるなら……私は、赦しの力でも、癒しの力でも、なんだって……!」
《……よい。ならば、汝に“赦しの祈り”を託そう──
我が神核、我が記憶、我が名と共に──受け取るがよい。選ばれし娘よ……》
その瞬間、エリナの胸元から溢れた光が、空中で弧を描いた。
淡い金と白の螺旋が回転し、花が開くように光輪が展開する。
そこには、神格《セレーネ=アリュエル》の象徴──七重の癒しの紋が、静かに輝いていた。
つづく
ご覧いただきありがとうございました!
今回は、タクトのAI連携戦術とエリナの“心の覚醒”という、まったく異なるベクトルの戦いを対比的に描いてみました。
「守れなかった記憶」が、「それでも守りたいという決意」につながる瞬間が、次の展開への鍵になります。
次回はいよいよ、“神威の発動”と“癒しの光”が戦場に差し込む転換点へ──。
引き続き応援よろしくお願いします!




