第26話『Chat-G、神獣の咆哮にフラグ認定しました』
神の封印が破られ、怒りと共に目覚めた神獣。
それは、神でありながら人に裏切られ、力だけの存在へと堕ちた者──。
セラの神威が炸裂し、ヴァルトとの戦術バトルが激化する中、ついに訪れる“代償”。
Chat-Gは叫ぶ。「フラグ、回収完了です」と──。
──雷鳴が、時空を裂いた。
神獣ライグルヴァンの咆哮が轟いた直後、空間に歪みが生じる。祭壇の奥──封印の裂け目から、黒い靄のような魔力が這い出すように広がった。
「おい……な、なんだこの霧……!」
タクトが剣を構えながら周囲を見回す。視界が歪み、色彩がゆっくりと崩れていく。
「ふふ……お困りかな、“継承者”ども」
霧の向こうから、低く歪んだ声が響く。
「これは私の自信作──《虚幻迷界》。
見えるもの、聞こえるもの、感じるもの……すべてが欺きに満ちている」
《幻景術式反応:視覚・聴覚・空間認識に異常。ヴァルトによる干渉型奇襲魔術と推定》
「チッ、また厄介なのを……!」
タクトが苦々しく呟く。
その叫びに応じるように、幻術の影が裂けた。
ヴァルトの姿が揺らめく霧の中から浮かび上がる。
「──“神”が暴れる前に、片をつけさせてもらうぞ」
彼は腕をひと振りし、漆黒の鎖を幻影の中から蛇のように解き放つ。
それは音もなくうねり、セラ、タクト、エリナたちへと襲いかかろうとしていた。
「来るっ!」
セラの目が鋭く光を帯びる。
一瞬の静寂の後、彼女は静かに右手を天へ掲げた。
「──神威継承式、第二階層。展開──」
言葉と同時に、空間に光の紋が走る。
その中心にセラが立ち、彼女の足元から広がる神威の陣が輝きを増していく。
背に宿る“神の加護”が実体化し、光の槍が彼女の周囲に展開する。
「《閃槍陣・ラディウススパーク》!」
次の瞬間、十数本の光槍が空間を裂くように出現し、漆黒の鎖に向けて一斉に射出された。
その閃光はまるで雷光が地を撃つかのように鋭く、速度も視認すら困難なほど。
一筋──槍の一本が、霧の奥で鈍く輝く“黒金の魔導具”をかすめた。
術式がわずかに軋み、地面の封印陣が一瞬だけ乱れる。
セラの意図は明白だった──
奇襲を放ったヴァルトの“手”を、一瞬で断ち切ると同時に、《禍壊の楔(イビル=スパイク)》の破壊を狙っていた。
「ふん、狙うと思った」
ヴァルトが口元を歪めた。
「──起動、《鏡界転移陣》」
ヴァルトが足元に仕込んでいた魔導刻印を踏み砕くと、その術式は鈍く反転し、地面に光の“合わせ鏡”が広がっていく。
その瞬間、ヴァルトの身体がまるで“もう一枚の空間”に引き込まれるようにして、すうっと消えた。
──光槍が放たれる。
だが、貫かれたのはヴァルトの“虚像”だった。残像が霧散し、砕けた破片のように宙を漂う。
「今のは……“鏡の向こう側”に……!?」
セラが眼を見開く。
だが、直後──
「残念でしたね」
ヴァルトの声が、光の“合わせ鏡”の外縁から響く。
空間が反転するように歪み、彼は実体を戻して現れた。
まるで最初からそこにいたかのように、自然な足取りで。
「これは、“空間の裏側”を歩むための魔術です。あなたの神威、見事でしたが……残念ながら、届きませんよ」
彼の笑みには確かな自信と、“逃げ足だけは一流”という皮肉な誇りが滲んでいた。
《警告:ヴァルト、完全に“セラ弱点ルート”を事前に攻略済みです》
「ズルいって!そんなん攻略済みなら勝てるわけないやん!」
だがその瞬間──
空気が、ピン、と張り詰めた。
「っ……!?」
セラが顔を上げた。
ライグルヴァンの体が、淡く光を帯び始める。
闇と雷が脈動し、その体内から“異質な力”がせり上がってきた。
《警告:神格エネルギーの再構築反応──》
Chat-Gの声と同時に、世界が“引き裂かれる”感覚が襲った。
次の刹那、ライグルヴァンの咆哮が空間そのものを焼き裂く──!
「来る……ッ!」
セラがそう叫んだ瞬間にはもう遅かった。
口元から放たれたのは、雷と闇を帯びた、破壊そのものの奔流。
──神獣技《黒雷咆哮・ヴォルティカノン》
その軌跡は直線ではなかった。
雷のように跳ね、闇のように蠢きながら、最も“抗う者”へと牙を剥く。
セラがタクトたちの前に跳び出す。
「下がって! これは──防げるか、分からない……っ!」
《補足:セラ=ノワールの神威・第二階層展開にはチャージ時間が必要。現在、詠唱準備中──即時発動は不可能です》
「おい……それ、もっと早く言えよ!」
タクトが叫ぶ。
──その瞬間、ライグルヴァンの瞳がわずかに揺れた。
神威の光に、かすかな“記憶の残響”が呼び起こされたかのように。
だが、次の瞬間には怒りが再燃し、全てをかき消した。
ライグルヴァンの咆哮が空を裂き、大地を穿つ。
“間に合わない”──そう認識するより先に、破壊の奔流がセラへと襲いかかった。
──ズドォン!!!
大地が裂け、風が爆ぜ、空間が軋む。
視界が光に包まれ、数秒後、静寂が戻った時──
「……せ、セラ……?」
エリナの声がかすれた。震えを帯びたその一言が届いた時──
セラ=ノワールの身体は、地面に膝をついていた。
そして──左腕が、なかった。
肩口から先が、まるで“吹き飛ばされたように”消えていた。
焼け焦げた服と肉の断面から、血が滲み出し、音を立てて黒く染まった地面へと滴る。
焦げた肉の匂いが、風に混じって漂い、誰もが言葉を失った。
「う、ああ……ああああ……ッ!」
タクトがその場に崩れ落ちた。目の前の現実に、声が裏返る。
隣でエリナが息を呑み、口元を震わせる。
それでも──
セラの瞳だけは、決して伏せることなく、
ただまっすぐに、ライグルヴァンを見据えていた。
震える体を、ひと筋の意志が貫いている。
神であろうと、怒れる獣であろうと──彼女は、逃げなかった。
倒れ伏すセラの姿を、ヴァルトは静かに見下ろしていた。
その目に、冷徹な光が宿る。
「……なるほど。神威継承者といえど、やはり“無敵”ではないのですね」
唇の端が、じわりと歪む。
「左腕を失ってなお視線を逸らさない……見事です。
ですが、もうお終いです。神の力など、所詮は不完全な幻想。
“神の矜持”などというものが、現実の前でどれほど脆いか──
こうして証明されましたね、セラ=ノワール殿」
彼は一歩、ゆっくりとセラに近づく。
セラの体は血にまみれ、左肩から先が完全に失われていた。
黒焦げた布と焼けた肉の匂いが、空間を支配していた。
「おや、これは……ふふ。これは素晴らしい“戦果”です。
この結果をご覧に入れれば、あの方も、さぞお喜びになるでしょう」
その瞳に映るのは、歓喜でも達成感でもなく、
──“誰かの称賛”をひたすらに欲する従属の色だった。
「さあ……あと一押しです。
あなたをここで仕留めれば、“あの方”の計画も、さらに前進します」
ヴァルトの指先が、再び詠唱の構えを取る。
──その瞬間、地鳴りと共に神獣ライグルヴァンが再び咆哮を上げる。
だが、ヴァルトは振り返りもせず、ただ前だけを見ていた。
「おっと……少し、急がねばなりませんね」
──つづく
ついに、セラが本格的なダメージを受ける展開となりました。
ただの“かっこいいお姉さん”で終わらせたくなかったので、ここからどう立ち上がるかもぜひ見守ってください。
ヴァルトも「ただの嫌な奴」ではなく、“誰かの承認を求めて動いている男”として、今後さらに掘り下げていく予定です。
次回はいよいよ、セラの“覚悟”が問われる回になります。
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