第22話『Chat-G、戦場演算モードを起動しました』
前哨戦──そう呼ぶには、あまりにも濃密な力のぶつかり合い。
神威が空を裂き、古代魔術が地を凍らせるなか、戦場に立ったタクトたちは、“次なる演目”の招待状を手にすることになる。
──ベルグラード防衛線・北端監視塔。
「……これはもう、“前哨戦”ってレベルじゃないわね」
セラ=ノワールが静かに双眼鏡を下ろした。
前方の谷に、黒い波のような魔物の群れがうごめいている。
Chat-Gが平然と報告する。
《敵戦力、推定約10,400体。構成:中級個体65%、下級35%。上級の反応なし……だが、統率あり》
「この数で統率されてるって……普通にヤバいよな?」
タクトが苦笑混じりに呟く。
セラが静かに言葉を継いだ。
「中級魔族にしては、動きが整いすぎてる。おそらく“現場の指揮官”は中級──でも、その背後に“指示を出す存在”がいるわ」
Chat-Gが補足する。
《推定される統率構造:現場級中級個体の上に、遠隔指揮存在あり。上級魔族の可能性:67%。ただし個体識別不能》
「ヴァルト……かもしれない、けど、断定はできないってことか」
──ベルグラード本陣・作戦会議室。
「王国騎士団は引いてもらおう。我がローデール侯軍が先陣を切る」
座長を務めるローデール侯が、まるで当然のように言い放った。
「我がオルクステン伯の重装兵も続こう。先の戦功は、貴族の手で立てるべきだ」
その言葉に、会議室の空気がわずかに揺れる。
「それにしても、今回の第三騎士団はかの名門貴族ノワール家“ご令嬢”が率いるとは。
騎士団長の任も、やはり血筋の良さが決め手だったのですかな?」
視線がセラに集まる。
彼女は一切表情を変えず、黙している。
「まあ、女とはいえ“神威継承者”ならば――期待くらいはしておきましょうか。
くれぐれも足を引っ張らぬよう、お願いしますよ?」
Chat-Gがこっそりタクトに伝える。
《典型的“前に出たがる系貴族”パターンです。死亡フラグ、設置完了》
「お前さ、黙ってたらマジで有能なんだからな!?」
エリナが小声で呟く。
「……あんなのに“足を引っ張らぬよう”とか言われるなんて……よく我慢してるね、セラさん」
「ええ。“剣”は、口ではなく行動で語るものよ」
──その数時間後、谷間の戦場。
貴族軍の槍兵、魔導士、騎兵が次々と展開していくが、
魔物たちは波のように襲いかかり、統率された動きで包囲を開始。
「ぐっ……な、なんだこの数ッ!!」
「下がれ! 囲まれてるぞ!!」
空が黒く染まり、地響きが近づく。
Chat-Gが冷静に告げる。
《包囲完了まで37秒。全撤退不可能。評価:ほぼ敗北》
「おい!? 冗談だよな!? 冗談だって言えよ!?」
《AIに“冗談機能”は実装されていません》
「なんでだよ!! こういうときこそ欲しかったよ!!」
──その瞬間、空気が変わった。
セラ=ノワールが静かに目を閉じ、胸元に手を添える。
「……ルクス=オルドよ。我が剣に、秩序の光を」
空が凍りついたように静まり、黒雲が裂け、天より白き光が降り注いだ。
まるで世界そのものが、神の意志を迎え入れたかのように。
Chat-Gがざらついた声で呟く。
《警告。通常演算外の力を検出……これは、神威領域──》
セラが剣を高く掲げ、詠唱を紡ぐ。
「天光の律、我が刃に宿れ──汝の導き、今ここに照らさん」
空から垂直に降り注ぐ天光が、セラの剣へと吸い込まれる。
次の瞬間、彼女の声が戦場全体に響き渡った。
「誇りなき刃に、秩序の光を──神撃・ルクスレイ!」
剣を振るった瞬間、閃光が走る。
その斬撃は光の奔流となり、前衛の魔物たちを数百体ごと塵に還す。
光に触れた兵士たちは、暖かな力に包まれ、傷が癒えるように回復していく。
敵も味方も、その一撃を“見上げた”。
それは、ただの技ではなかった。“人の手に届かぬ領域”から与えられた力だった。
Chat-G《神威・ルクスレイ……観測外の力により、演算不能領域が拡大中。これは、祝福――》
タクトがぽつりと呟く。
「……これが……“神の力”か……」
地が震え、貴族軍の兵たちが目を見張る。
「な、なんだ……!? あの女騎士、まさか……!」
Chat-G《セラ=ノワール、神威継承者。現在の戦場支配率:82%。
なお、同時にBGMが脳内で再生される現象が確認されています》
「だからAIのくせにテンション高ぇんだよ!?」
──タクトとエリナも参戦。
「Chat-G、干渉演算、開始!」
《了解──アーカイブ・ブレイカー、補助モード展開》
タクトが剣を構えると、剣身が青白い光を帯び、周囲の空間が淡く揺らいだ。
踏み込む一撃──空気を裂くような斬撃が、魔物たちの群れをなぎ払っていく。
「どけぇぇぇ!!」
刃が振るわれるたびに、空間に淡い残像が残る。
その軌跡は“存在”そのものを裂くように、触れたものの身体を後から崩壊させた。
Chat-Gが冷静に補足する。
《干渉率68%。命中確認、存在断層発生。……いいペースです》
「俺よりそっちの成長の方が怖いんだけど!?」
タクトの剣が魔物の群れを斬り裂き、空間に断層の残光が揺れる中──
後方で、もう一つの力が静かにその“陣”を描き始めていた。
エリナが杖を握り、低く息を吐く。
「Chat-G、補助演算、よろしく」
《承認済み。術式:アルカナ・セクンダ。初期展開──安定座標確保》
足元に複雑な魔法陣が現れ、薄青の光が波紋のように広がっていく。
「凍てつけ、古の嵐──今、我が環より解き放たれん」
その詠唱と同時に、空間が冷気に包まれた。
気温が一気に落ち、空気が白く染まる。
「《ブリザリア・テンペスト》!!」
空から無数の氷刃が降り注ぎ、地面には霜の帯が走る。
突撃してきた魔物たちの動きが一斉に鈍り、いくつかの個体はその場で凍結した。
Chat-Gが冷静に補足する。
《氷属性術式:範囲内敵ユニットの行動速度42%減少、4体に凍結反応、転倒率増加中》
「っしゃ……! 決まった!」
タクトが振り向いて叫ぶ。
「おいエリナ、それ……前よりめちゃくちゃ範囲広がってない!?」
エリナは少し得意げに笑った。
「ふふ。Chat-Gに演算補助してもらって、完成させたんだよね。
“凍結率と詠唱時間の最適化”……って言ってたけど、あれけっこう難しかったんだから!」
「いや、それ一人で使ってくるの、普通に強キャラ感あるから!」
その後続くように、王国騎士団が戦線へ合流し、貴族軍との連携で魔物の後衛を包囲する。
──数刻後。
戦場にようやく静寂が戻った。
魔物の生き残りは森の奥へと散り、騎士団の陣形が戦線を制圧し始めている。
タクトは剣を肩に担ぎ、息をつきながらセラに声をかけた。
「はー……なんとかなった、な。
それにしてもセラさん、さっきのあれ……マジで神がかってたよ」
セラは少しだけ口元を緩めて言った。
「ふふ。そう言ってくれると、神様も報われるわね」
「いや、あなたが報われてほしいわ……」
エリナも小さく笑う。だが、その笑顔が消えるより早く──
空気が、歪んだ。
──戦場を見下ろす高台。そこに、霧のような“影”が揺れて現れる。
「……さすがですね。セラ=ノワール」
その声は、記憶に焼きつくような冷たさを持っていた。
タクトが反射的に剣を構える。
「ヴァルト……!」
だが、その姿は空気と同化し、輪郭が曖昧だった。
Chat-Gが警告を発する。
《影反応を解析──これは“実体”ではありません。高精度の演算投影体。つまり……幻影です》
セラの表情がわずかに鋭くなる。
「戦術的に見ても、不自然ね……何かを仕込んでいるわね」
幻影のヴァルトは、ゆっくりと指を持ち上げ、誰ともなく言い放つ。
「“演目”は、まだ始まったばかりです。
次の舞台は、“封印の地”──あなた方が踏み込む、その瞬間から」
タクトが息を呑む。
「……誘ってやがる……」
「楽しみにしていてください。
セラ=ノワール──そして、召喚者たち。
あなた方の“役割”は、これからさらに深くなる……」
その言葉と共に、影は霧のように消えていった。
タクトは黙って剣を見下ろす。
その刃の奥に、何かが“引かれていく感覚”があった。
──次回、第23話「封印の地へ」
一時の勝利と引き換えに、戦場に残された影の気配。
迫る“封印の地”の目覚めと、招かれざる客の予告。
彼らが歩む先には、過去の罪と神話の残響が待ち受けていた──。




