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第18話『Chat-G、仮想訓練領域を展開しました』

タクトとエリナが手にした、古代の訓練システム《アーキ・コードコア》。

神威継承によって一足先に次元の扉を越えたセラの背中を追いかけ、二人は仮想戦闘空間での訓練を開始する。

転んで、噛んで、ドタバタしながらも積み重ねた3ヶ月の軌跡は、果たして“本物”に通じるのか──。

そして、再びあの名を冠する敵が姿を現す。《ヴァルト=ゼルハ模擬体》。

静かな仮想空間で交差する、演算と感情、訓練と宿命。

「戦う意味」を知り始めた彼らの、最初の“答え”がここにある。

──第三騎士団 詰め所。

石造りの建物の一角。仄暗い医療区画のベッドに腰掛けていたセラ=ノワールは、頬に手を当てながら静かに息を吐いた。神威継承の余波は大きく、セラは数日間を詰め所の医療区画で静かに過ごした。

その後、回復した彼女は詰め所を後にし、数日してから一度だけタクトたちのもとを訪れる。

「ここ、好きに使っていいわ。……壊さない程度にね」

そう言って、彼女は訓練区画の鍵をタクトに手渡した。

「え……これって、しばらく戻らないってことか?」

「ええ。遠征よ。辺境で魔族の動きがあるらしくてね」

背を向けたセラの声は淡々としていたが、どこか二人への期待がにじんでいた。


扉が閉まる音とともに、タクトは静かに拳を握った。

「……やるしかないよな、俺たちも」

エリナが頷く。

「うん。セラに恥ずかしくない姿、見せられるように」


《曖昧な目標 “恥ずかしくない姿” に対し、過去ログから推奨される行動例を提示:①転ばない②噛まない③何かカッコつけようとして滑らない》

「最後のやつ、完全に俺限定だよな!?」


──同日夕方。

訓練室の中央に設置された金属球アーキ・コードコアが、微かに鼓動のような振動を響かせていた。


《起動確認。仮想戦闘空間アーキ・フィールド、初期構築開始》

Chat-Gの声が部屋にこだまする。

「じゃあ……いくか」


タクトが手をかざすと、空間に光の波紋が広がった。

次の瞬間、景色が一変する。

──無機質な床、発光する壁、無数の幾何学模様が浮かぶ天井。


《この訓練空間は、仮想の敵を生成し、実戦に近い形での反復演習を可能とします》

「えっ、これ完全にSFじゃね?」


「……ちょっと緊張してきたかも」


《第一訓練──“リザードマン模擬個体”、展開します》

空気を裂くような音とともに、三体のトカゲ型モンスターが出現した。

「うおっ!? こいつら……!」

「前に出たやつと似てるけど……動きが速い!」

タクトは慌てて木剣を構えたが、すぐにその刃が空を切る。


リザードマンは軽快に跳ね、鋭い爪でタクトの脚を狙う。ギリギリでかわしたが、バランスを崩して転倒。

「うわっ、いてっ……!」

「タクト、下がって!」

エリナはとっさに杖を構え、詠唱に入った。

「凍てつく鎖よ、敵を穿ちて──グレイ、グ、グレシャッ……!」

だが、焦りと距離が間に合わず、言葉が喉で絡み、詠唱は途切れた。

「くっ、ちょ、ちょっと早……っ!」

背後から迫ったリザードマンの爪が、すぐそこに。


《詠唱、滑舌エラー。修正モードを提案します》

「今じゃねぇぇぇ!!」


タクトがエリナの腕をつかんで引き寄せると、振り返りざまに木剣を振る。

かろうじてリザードマンの顎に命中し、動きが止まった。

「詠唱補助じゃなくて、空気読め補助モードとかないのかよ……!」

初日から混戦。ドタバタと転びながら、二人は訓練空間の“洗礼”を受けていた──。


──そして、3ヶ月後。

《次の訓練:上級個体 “ヴァルト=ゼルハ模擬体”、展開します》

空間の空気が、急激に引き締まる。

「おいChat-G、これ難易度ハードどころか“開発者モード”だろ」


光の魔法陣が訓練場の中央に浮かび上がり、そこから一体の人影がゆっくりと立ち上がった。

黒銀の外套がひるがえり、足元の気配すら掻き消すように音なく現れるその男。

背中には漆黒の細剣。瞳は深い紅に染まり、口元には“勝者の余裕”を滲ませた微笑。

「──模擬とはいえ、手を抜くつもりはないよ。育成対象の君たちに、適切な敗北を」

その声すらも、氷のように冷たく、研ぎ澄まされていた。

「っ……あいつ……あの時の……」

タクトが一歩、無意識に後退する。

「違う、これは……模擬体。けど、空気が……全然、違う……」

Chat-Gが静かに補足する。


《本模擬個体は、実戦記録および精神戦術傾向を元に構成された、“対ヴァルト演算体”。現在、再現度63%》

「63パーでこの威圧感って……本物どんだけだよ……!」

「来るよ──!」


ヴァルトが踏み込む。瞬間移動のような機動から繰り出された斬撃が、タクトの木剣を弾き飛ばす。

「くそっ……!」


その一瞬、エリナが前に出た。

杖を握る手に力を込め、彼女は低く詠唱を紡ぐ。


「理の環よ、敵を縛る輪となれ。星の律動を鎖へと変え──封鎖陣アーク・ロックバインド!」

魔法陣が足元に瞬時に展開され、幾何学的な光の輪が回転しながら広がっていく。

空間が一瞬だけ重く沈み、模擬ヴァルトの動きがわずかに鈍る。

「タクト、今!」

「ナイス、エリナ!」

タクトが間合いを詰めようとする──が、模擬ヴァルトの瞳が一瞬、赤く光った。

「ふむ、少しは“抵抗”になってきたか」

次の瞬間、重力陣を踏み抜くようにしてヴァルトが前に出た。

《拘束成功率:68%。敵演算パターン、適応速度上昇中──》

タクトは木剣を構え直し、わずかに息を吸った。

「Chat-G、リライト・インパクト。0.6秒、干渉合わせろ」


《了解。存在階層への干渉領域、同期開始──》

空間が波打つ。世界の“論理”が、刹那だけ書き換えられる。

ヴァルト模擬体の姿が、一瞬“ノイズ”のように揺れた。

タクトの剣が、その隙間へ突き刺さる。


ゴン──と空気を裂くような音。刃が本来届かないはずの空間を穿ち、

模擬体の肩口に“存在のヒビ”が走る。

「やった……!」

ヴァルトが初めて表情を動かした。

「なるほど……君、存在に触れたのか」

ヴァルトの口元に、初めてわずかな“関心”の色が浮かぶ。

だが、そこで場面はふっと暗転する。


──数刻後。

訓練場の床に、タクトが膝をついていた。

肩で息をしながら、木剣を地面に突いて辛うじて立っている。

「……くそ、あと一撃……いや、三手先まで完全に読まれてた……」

その隣では、エリナも静かに座り込んでいる。


《模擬訓練終了。評価:B。干渉スキルによる初撃成功。だが戦闘継続力不足。敗北判定》

「勝てなかった。でも……やっと、反応させた」


そのとき、訓練室の扉が開いた。

静かに差し込んだ光の中に、ミスリルの軽装鎧を纏った女性が立っていた。

「……セラ!?」

「もう遠征から戻ったのか?」

セラは返事をせず、そのままゆっくりと訓練場の中央を見据える。

まだ仮想空間の余韻が残る中──

模擬ヴァルトとの戦闘、その**終盤の“異常な一撃”**を彼女は確かに目撃していた。

タクトの剣が空間を歪ませ、ヴァルト模擬体がわずかに反応を遅らせたあの瞬間。

セラは、わずかに目を見開いた。

「……一瞬、存在の軸が乱れた。……見間違いじゃなければ、今の……」

「……これは、三ヶ月でできることなの?」

二人の姿を見て、心から驚いていた。

「ずいぶん、変わったわね……特に、タクト」

「……ま、まあ、いろいろ教わったからな」

セラは無言で歩を進めると、訓練場の中央で立ち止まった。

「そろそろ、“本物”と向き合う時期が来る。──私にも、あなたたちにも」

タクトとエリナが、息を呑む。

「今、王都の北部で……“異端召喚”の痕跡が発見された。調査隊の先行部隊が戻ってこない」

「異端召喚……?」

セラは振り返り、まっすぐにタクトを見つめた。

「あの存在に触れたあなたなら、きっと分かるはず。これは、ただの異変じゃない」

──次回、第19話「異端の兆し」


つづく

修行回なのに、めっちゃ熱かったですね。

でも安心してください、Chat-Gは今回もちゃんと【噛んだログ】【滑ったログ】【存在に干渉したログ】を全部保管してます。

そのうち「タクト反省会ダイジェスト」とかやり出す未来が見える。

3ヶ月でここまで来た彼らに、セラが残した一言は──

「模擬戦はもう必要ないわ」

そう。“本物”が、動き出している。

次回、第19話「異端の兆し」では、タクトたちが初めて仮想ではない脅威と向き合うことになります。

お楽しみに!

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