第10話『Chat-G、最適解を越えて』
「Chat-G、お前に“勝てる方法”とか……ないのか?」
逃げ場なし、武器も頼りなし──
だけど“AIは最適解”を提示してくる。
異形のモンスター《異次魔》との死闘、後編。
タクトとChat-Gの間に、ついに“何か”が覚醒する。
「おいChat-G……なんか、お前に“勝てる方法”とか、ないのか?」
タクトは息を荒げながら叫んだ。異形の魔物──異次魔は、
まるで意思を持つ悪夢のように、じわじわと彼らへ迫ってくる。
《提案:敵の動作を先読みする“パターン予測支援モード”を一時解放します。ただし、人間の脳には若干の負荷が生じます》
「どんな負荷だよ!?」
《一部の使用者は、鼻血、幻覚、知覚の混線、“セリフが棒読みになる”などの症状が報告されています》
「最後のやつ演技崩壊やん!! ……いやもう、やるしかねぇか!!」
次の瞬間、タクトの視界に、ほんの一瞬だけ“敵の動きの残像”が先に映った。
「──右か!」
反射的に身をかわすと、異次魔の触手が寸前で地面を抉った。
「すげぇ……本当に、見える……!」
《ただし精度は90%未満です。残り10%は“死亡エンド”の可能性が》
「やかましいわ!!」
「タクト、大丈夫?」
エリナが後方から声を上げた。
「……戦うんじゃない、撤退するぞ! 魔法で時間稼ぎ頼む!」
「わかった……!」
エリナは魔力を込め、詠唱を開始する。長い呪文が空気を震わせ、封印の結界陣が足元に浮かび上がる。
「──聖なる束縛の鎖よ、穢れしものを縫い止めよ《セラ・レグナト》!」
輝く魔法陣が異次魔の足元に広がり、その動きをわずかに鈍らせた。
「今だ、エリナ、逃げ──っ」
その刹那、異次魔の触手が暴れ、岩壁に激突した。
崩れた岩の一部がエリナの足元に落下し、彼女の足を強打する。
「きゃっ──!」
エリナは地面に倒れ込み、苦悶の声を上げた。
「エリナ!!」
タクトは思わず駆け寄ろうとするが、異次魔がそれを遮るようにぬめりと立ち塞がった。
《警告:これ以上の接近は推奨されません》
「……でも、行くしかねぇだろ……!」
タクトは武器を手に構えた。
《補足:それ、また星4.1の護身棒術です。著:ムロタニ玄兵衛。レビューでは“対モンスター用途では推奨されない”と》
「レビューごとぶっ壊してやるよ……!!」
異次魔が再びうねり、触手を振り下ろす。
「──読めたっ!」
タクトはChat-Gの予測と直感で触手を交わし、間合いに飛び込む。
武器を叩きつけるが、異次魔の体は弾力を持ち、攻撃を吸収するように受け止めた。
「効かねぇ……!?」
さらに触手が襲いかかる。タクトはかろうじてかわしながら、攻撃を繰り返す。
その間にも、倒れたエリナは地面に膝をついたまま、必死に杖で体を支えていた。足を負傷している彼女は逃げることもできず、異次魔の触手の残滓が周囲を這い回るたびに、かろうじてそれをかわしているようだった。
「くっ……動かない……っ」
その声が、タクトの耳に届く。
「まずい……このままじゃ──」
だがその瞬間、タクトの脳裏にChat-Gの声が響いた。
《神経接続階層、第二階層へ突入》
《注釈:対象の心拍数、交感神経反応、保護対象(=エリナ)への共鳴値が想定外に上昇》
《規定外数値により“第二階層”が誤作動的に開放されました。……本来、あと3ヶ月先の機能です》
「え!? 早解放バグってこと!?」
視界が揺れる。タクトの呼吸とChat-Gの補助演算が完全に一致し始める。
《共鳴制御安定化……対象構造への“書き換え干渉”が可能領域に到達》
「今だ──ッ!!」
タクトの一撃が、異次魔の身体の一部に触れた瞬間──世界が“書き換わる”ような感覚が走る。
異次魔の表面が泡立ち、ひび割れが走り、内部から音もなく崩れていく。
その身は泥のように崩れ、形を保てなくなった触手が地に溶け落ちた。
やがて、低いうめき声のような振動だけを残し、その姿は完全に崩壊した。
「……倒した、のか……?」
背後で、エリナがゆっくりと身を起こしていた。
「……無事、なの……?」
崩れ落ちた異次魔の中から、黒い“チップ”のような物体が転がり出た。
タクトはそれを拾い上げ、Chat-Gの声に耳を傾ける。
《進化通知:戦闘特化演算支援モジュール“オーバーリンクβ”が展開されました》
《副次効果として、通信音声が外部出力可能になりました》
「外部出力……? ってことは……」
タクトはふと振り返る。
「……まさか、お前の声、今……」
「……Chat-G? 今の、あなたの中の声なの?」
エリナが不思議そうにタクトを見つめる。
「やっぱり……聞こえたのか」
《確認:はい。今後は“共有モード”が有効です》
「なんで今さら……恥ずかしいやりとりまで筒抜けじゃねえか……」
エリナは小さく笑った。
「ふふ、でも……ありがとう。助けてくれて」
タクトは肩をすくめるように言う。
「ギリギリだったけどな。最適解ってほどじゃない。感情に任せた……暴走気味のプランBってとこかも」
「……でも、それで助かった。だから私は、それが“最適”だったと思う」
その言葉には、ほんの少しだけ照れくさそうな優しさがにじんでいた。
タクトは、目をそらすように呟いた。
「……へんなのは、お互いさまだろ」
その夜、タクトの耳にはChat-Gの通知音が鳴っていた。
《進化支援:“異次魔適応モジュール”の一部が統合されました。次回戦闘時に応用可能性あり》
「勝ったらアプデ入るの、なんか“運営感”あって嫌だな……」
──つづく。
ご覧いただきありがとうございます!
今回、タクトとChat-Gに新たなフェーズ──「神経接続階層・第二階層」への進化が訪れました。
ピンチの中で発動した“誤作動バグ的覚醒”と、戦いを経て深まったエリナとの関係。
次回は、モジュール強化後の世界と、新たな依頼。
Chat-Gの“共有モード”がどんなトラブルを呼ぶのか……ご期待ください!




