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遺伝子

作者: 古数母守
掲載日:2024/12/27

「結婚したい人がいるんだ」

ある晴れた日の午後、私は遺伝子に言った。結婚は遺伝子にとって極めて重要なことに違いないから、いつかきっちりと話さなければいけないと前々から思っていたのだが、もしかしたら反対されるかもしれないと思って、つい先延ばしにしていたのだった。

「職場で話しているうちに仲良くなって一緒に食事に出掛けるようになった。いろいろ話しているうちにこの人とならうまくやっていけると思った。価値観もよく似ているし、お互いの人格を尊重しながら、幸せな家庭を築いていけると思う」

遺伝子はじっと私の目をみつめたまま黙って話を聞いていた。私の話が一通り終わると、コホンと咳払いをしておもむろに言った。

「子供はどうするんや?」

とても落ち着いた声だった。

「まだそこまでは考えていない。生活が安定してからじっくり考えればいいと思っている」

「彼女は子供が欲しいと思っているんか?」

「いや、はっきりとは聞いていない。でもお互いの気持ちが通じ合っていれば、自然とそういう流れになると思う」

「それじゃ困るんや」

不機嫌そうに遺伝子は言った。

「あんたにとっては子供のいるいないはたいしたことじゃないのかもしれへん。でもワシら遺伝子にとっては最重要案件なんや。妻の手料理がとてもおいしいですとか言って、あんたは浮かれた新婚生活をすごせばいい。でもワシらはそれじゃダメなんや。ワシら遺伝子はいつも将来のことを見据えて行動している。そろそろあんたにもそういう自覚がほしい。後世に遺伝子を残す。それこそが一番大切なことなのだとわかってほしいんや」

とつとつと遺伝子は語っていた。すっかりスイッチが入ってしまったようだった。連綿と続く自分たちの存在の尊さについて先代の遺伝子から引き継いだ信念のようなものがあるらしく、それだけはどうしても譲れないようだった。

「でも、いきなり『子供は何人欲しいですか?』とか『子供は何歳までに欲しいですか?』とか聞けないじゃないか?」

私は反論した。

「あんたが聞けないなら、ワシが会って話をする」

遺伝子はそう言い放った。彼女に直接会って話をすると言って聞かなかった。ややこしいことになってしまったと思いながら彼女に相談した。すると彼女の方も似たような状況ということがわかった。彼女も彼女の遺伝子に相談したようだが、本件は極めて重大な問題であるため、会って直接話がしたいと言われたということだった。結局、お互いの遺伝子同伴で食事をすることになった。


「子供はどうするの?」

空気も読まず、いきなり切り出して来たのは彼女の遺伝子だった。

「生活が安定して来たら、一緒に考えてみようと思います」

不意打ちをくらって私は少し慌てていた。

「それはいつ?」

「安定するって具体的にはどういうこと?」

「貯金がいくらになったらとか?」

彼女の遺伝子の容赦ない質問が続いた。自分の遺伝子のあまりに専横な振る舞いを恥じてか、彼女はずっとうつむいたままだった。

「子供が生まれた後はどうするの?」

「共働きを続けるの?」

「あなた一人のお給料でやっていけるの?」

彼女の遺伝子はまくし立てて来た。そんなことまでズケズケ聞いて来ることはないじゃないかと少し腹が立った。私の遺伝子は黙って話を聞いている。子供をどうするかという問題は彼も聞きたかったことだから、この話が続くのは彼にとっても好ましい状況かもしれなかった。

「さっきから話聞いてるとちょっとムカつくな。何でもかんでもこいつに押し付けるのはちょっと違うんやないか?」

突然、私の遺伝子がしゃべりだした。

「今は男女平等の世の中や。経済的な責任を男一人に押し付けるのはちょっと違うんやないか? 小さい子にはかわいそうかもしれへんけど保育園に預けるという選択肢もある。そういうことは二人でしっかり話し合ったらいいんや」

「それは家事を分担するという前提があってのことですよね? それくらいはやるんですよね? 手伝ってと言ったらやるのではなくて自主的に家事育児をする男性なんですよね?」

彼女の遺伝子も次第に興奮して来たようだった。なんだか少しズレたところで白熱した争いが繰り広げられていた。

「いいかげんにしてください」

その時、彼女が言った。私の遺伝子も彼女の遺伝子もしゃべるのをやめて、彼女の方を見た。私たちで勝手にどうこう言うのは間違っていると思った。子供が生まれるとしたら、産むのは彼女だった。遺伝子たちもそのことを察したようだった。

「すまんな。当事者でもないのにズケズケしゃべってしまって、申し訳ない」

私の遺伝子は彼女に謝っていた。

「あんたはどう思っているんや。それについてワシらがとやかく言うことはない。でも、あんたがどう思っているのか、ワシは聞きたいんや」

私の遺伝子は言った。

「私は・・・」

彼女はためらいがちに話し始めた。

「赤ちゃんがいるんです。お腹に・・・」

それからすぐに私たちは結婚した。あの日以来、私の遺伝子と彼女の遺伝子はすっかり意気投合したようであり、毎日ベビー用品を見にあちこちに出掛けていた。


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