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「こんにちは。いきなり押しかけてごめんなさい。僕はロメル・オリヴァーといいます。この兵学部の卒業生で、宮廷で近衛騎士をしています。」
名前を出した瞬間にざわつく者、悲鳴を上げる者、ぽかんと呆ける者。
ネームバリューってこれか。
「僕がここに来たのは他でもなく、皆さんに助けを求めに来たからです。今、宮廷で最も火急で取り組まなければならないことについて、皆さんからの助力が欲しくて来ました。
―ジェペス家の独裁ともいえる状況を監視するための特殊武装組織、騎士団に加盟してほしいのです。」
誰かがハッと息をのむ声が聞こえた。
生徒の視線がただ一人に集まる。
ソフィア・ジェペス嬢、ただ一人に。
彼女には酷なことをするだろう、それは分かっていた。
でもこちらも命懸けだ。
「僕は、一介の騎士にすぎません。この騎士団の立画でさえ僕とその一個下の学年で建てたものです。だからもちろん反発は分かっています。どんな罵詈雑言だって僕は覚悟しています。
この中には、騎士になるためではなく、この学園最難関の学部を受験し受かったからここに入った人もいるかもしれない。前線に立つより優先すべきことがある人もいるかもしれない。それでも僕たちにはあなたたちの力が必要なのです。我々貴族が日々汗水をたらさなくても裕福な暮らしができるのは、国民の99%を占める平民が僕らの分まで過酷な労働をしているからです。商人が、騎士が、職を失わずにいるためにはまず平民階級の労働者が生産をしているからです。現在施行されている貴族を優遇した税制計画はいつかこれら点を基軸に平民の手によって崩壊するでしょう。その時―」
「失礼ながら!!」
僕の演説はある貴族令嬢によって遮られた。
「あなた様はいったいどこの立場からそれをおっしゃっていらっしゃって?たかだか侯爵の次男坊、光属性をもって生まれただけでちやほやされていい気になっていらっしゃるのではないの。あなたに貧乏の何がわかりますか。邪魔だと思っていた貴族の爵位によって突然降ってわいた金に泣くほど縋る生活をしたことはおありかしら。両親が借金まで負ってこの学園の学費を出してくれた時のやるせない気持ちがわかるのかしら。」
「ちょっとカミラ様、ロメル様になんて口の利き方を!」
「ええ。わかっていますわ、こんなの見当違いのやっかみ、妬み、醜い劣等心の暴露で彼には何の非もないことくらい!でも私はああいう奴が一番大っ嫌いだわ!」
カミラという令嬢が黙ると僕を含めてもう誰も話すことはできなかった。
何秒、何分の時間が経ったのだろう。
気まずい沈黙を破ったのはソフィア嬢その人だった。
「カミラ・オーウェン男爵令嬢。」
名前を呼びながら歩み寄る姿に畏れを抱いたのか、彼女の前で自然と聴衆が割れ、道が開ける。凛と背筋を伸ばした態度は一週間前に見たひょうきんな「ソフィア嬢」のものでなく「ジェペス公爵家の令嬢」のそれをしていた。ああ、彼女は確かに国王の義妹であると確信させられた。
そして彼女は突如として意外な行動に出る。
「貴女にジェペス家を代表して心の底よりお詫び申し上げます。」
そう、あろうことか、公爵令嬢が男爵令嬢に頭を下げたのだ。