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剣が風を切る音、靴で床を蹴る音や自分の上がった息の音。その奇妙な響き方が、今俺はこの広い訓練場に一人きりなのだという贅沢を再認識させる。ギルドにも広い訓練場はあったが、身を翻すとたまに見える大鏡や妙に凝った彫りが入れられた柱などはなかった。こういう点を取って見ると、随分と大仰な地位に就いてしまったものだと思う。
一度剣を置いて水を飲み、深呼吸で息を整えた。一瞬視界が傾きかけるも、足に力を入れてなんとか踏ん張る。大丈夫、目眩なんてしていない。疲れてもない。まだ俺はやらなきゃいけないことがある。
剣を握り直したその時、背後に人の気配を感じて俺は素早く身を翻した。
俺が言うのも難だが、こんな時間に人が外にいるなんて少し異常だ。誰かを訪ねに来た客だろうか?こんな真夜中に?…騎士団は枢密院を筆頭に保守派の長老貴族のほとんどに嫌われているし、ロベルトさんが中枢にいない今アデラさんしか政略に秀でた人物は居ない。だからここに火急の用で訪ねに来るべき人は居ない。しかも近衛の有力騎士が騎士団に所属している以上その手の情報のまわりがおそいともかんがえられにくい。ということは他に考えられるのは暗殺目的の刺客…。
刺客が狙うような人…?
……ロメルさん!!
「武器を捨て投降しろ、気配には気づいている!」
「そうか、ならこうしよう。」
何をする気だ、無駄な抵抗はよせ。
そう言おうとした。
俺は、この声に聞き覚えがある。
暗がりの中にぼんやりと見えるその人物に目を凝らそうとした。
「『ルス・リベラレ』」
その呪文とともに、辺りは白い光に包まれた。不思議と眩しくはないのに、目を逸らしたくなるほど強い光源は、今まさに見ようとしていた人物から発せられていた。強い光に豪奢な鏡や大理石の床が見えなくなったが、不思議と恐ろしくはなかった。むしろなぜか感動さえ覚えている自分がいた。
どれほどの間、その光に見とれていたのだろう。無数の光線が自身を取り囲む幻想的な雰囲気に呑まれ、俺はそのふわふわとした感覚に漂っていた。まるでずっと前からこうしていたかのような時間感覚の薄れる空間で、俺はひどく安心できていた。
嗚呼、休みたい。
久しぶりにそう思った。
白く穏やかな光の束の中で、俺はゆっくりと眠りについた。
*
「これは…いくら私でも見たことがないです…。」
「セレナ嬢でもとなると、やはりかなり無理をしていたのだな。」
「ええ、模擬試合の時の戦闘学科のみなさんでも、ここまでは自分を追い詰めないでしょう。ましてや、ここなんて…。」
「ひどく腫れているな。」
「疲労骨折と言います。何度も強い刺激を与えられることで骨に負荷がかかり、やがて耐えきれなくなることでこのように。発熱も見られますので、痛みは並大抵のものではないでしょう。」
「…僕達は、それほどひどくユーゴを焦らせることをしたのだろうか。」
「…それは…本人にしか…」
「そうだよな、すまない。……セレナ嬢、夜半に手間を掛けて申し訳ないのだが、しばらくコイツを休ませておいてやってほしい。目が覚めたらユーゴに僕の名前を伝えてくれるとありがたい。」
「承知いたしました。これがわたし達ヒーラーの義務ですし、謹んで看病いたします。」
「恩に着る。」
「お気をつけて。おやすみなさい。」
「ありがとう。おやすみなさい。」




