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真夜中。コンコンと扉を叩く音がして、俺は怪訝に思いながらも部屋の玄関へ向かった。
騎士団が国家機関になってから建てられた宿舎は、各小隊一階ずつで入居者がまとめられている。隊長と副隊長にはそれなりに良い個室が、下っ端の隊員は相部屋が割り振られているが、扉の外からはその部屋がどのランクの部屋なのかは分からないようになっている。つまりこんな常識はずれな時間にピンポイントで俺の部屋を尋ねられるのは部屋番号を伝えてあるフェリクスか、第一小隊でもそれなりの階級の騎士だけだ。
と油断していた。
「誰だ?」
『オレだよ、マルティン!』
「えっ!?……あ、あぁ。わざわざ足を運んでくれて悪いな。入ってくれ。」
予想外の訪問者に若干取り乱しながら、とりあえずマルティンを中に招き入れて紅茶を差し出す。マルティンはそれを一気に仰いでから椅子に深くもたれかかって俺を見据えた。その姿はさながら説教直前のギルドマスターのようだった。
「こんな時間にどうして来たんだ?」
「いやそりゃ、あんな空気のまんま帰っていったら気になんだろ。どうしたのかなーって思った。」
「……俺、このあと予定があるんだ。来てくれて早々済まないが、出直してくれないか?」
「……は?お前さ、ロメルさんに休めって言われたんだろ?こんな時間からどこ行く気?」
……しまった。口を滑らせてしまった。
「出かけるわけじゃないから、心配しないでほしい。とりあえず今は…。」
「何に焦ってんの。」
マルティンの問いかけに、図星を突かれたと白状するかのように肩が揺れた。
「オレが言える立場じゃねえけど、今何時かわかってる?深夜1時過ぎ。消灯からは3時間以上経ってる。オレはちょっと寝てから来たけど、お前は違ぇだろ?だってこんな時間のアポ無し訪問にしては寝たような痕跡がまるでねえし。そんでこれから予定あるなんてぜってー休む気ねえじゃん。」
返す言葉もない。
「なぁ、無理してまで行くような用事かよ?これからはお前とオレはバディなの。墓場になるかもしれねえ場所で背中預け合う相棒。なんかあってからじゃ遅いだろ?ロメルさんはお前が変な気の入れ方してるから怒ったんじゃねえのかよ。」
「……っ……る……。」
「なんて?」
「そんなことはわかってると言ってるんだ!!」
今までになく声を荒げた俺にマルティンがわかりやすく息を呑んだ。マルティンの気遣いはわかっていても、わかっているからこそ、俺は到底目を合わせられるはずもなくて、俯いたまま声だけ張り上げた。
「急に何?逆ギレ?」
「君がやっていることは大きなお世話だ。俺には、こうする以外の方法がない。これでいいんだよ……!」
マルティンは苛立ったように一呼吸すると膝を叩いて立ち上がった。
「……勝手にすれば。」
聞き慣れた床板の軋む音。
ドアの蝶番がこすれる音。
バタン、と戸が閉じる音。
遠ざかっていく一人分の足音。
そのすべてを俺は顔を上げることなく聞いていた。
……こんな時は剣を振るに限る。俺は性急に剣を掴んで、裏口から第一小隊の訓練場へ走った。
素振りをしている間、雑念は入らない。今まで潜ってきた数々のダンジョンと同じ、目の前の敵を倒すときはただ夢中になっていれば良かった。
マルティン・マーレ。あの男を見るたびに自分はどうしようもなく焦ってしまう。たった一つ年上なだけの青年なのに、これほどに遠いと感じてしまう。
あの夏を繰り返したくない。もう二度と俺は無能に成り下がりたくない。恩人に報いるために俺ができることは、せいぜいこれくらいしかないのだから、だったらどんな無茶でも、やらなくては。




