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「ユーゴ、話があるんだが。」
ロメルさんのやや低い声に呼び止められて少しヒヤッとする。いつもの達観じみた優しい声ではない、俺は何かしてしまっただろうか、と考えを巡らすが残念ながら心当たりはない。剣の手入れはいつも通り抜かりなくやったし、素振りと走り込みもいつも通りだ。消灯時間からはちゃんと明かりを消していたし(暗闇の中でこっそり筋トレはしていたが)、規則やルールを破ったことはないはず。
「身構えないでくれ、手合わせがしたいと思ったんだ。」
「そうなんですか!光栄です、ぜひやらせて下さい!」
「付き合わせて悪いな、ありがとう。」
「へへっ、手加減してくださいよ?」
「それはどうだろう。」
先ほどの声は俺の勘違いだったのだろうか。
怒られてはいなかった事に安心して、俺はロメルさんが所属する第3小隊の訓練場へと向かった。
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「やっぱり、第一小隊の訓練場とは訳が違いますね!規模といい設備といい、まさに花形らしく華やかというか!」
「はは、僕達の小隊にはそんな設備でも気兼ねなく壊していく優秀な剣士殿がいるのだけどね。全く、女性騎士だからと侮ってかかった男どもは皆一度と言わず痛い目をみているよ。」
「まぁ、リタならば。ギルドマスターもよく調節を間違えて屋根を吹っ飛ばしたりドラゴンごと尾根を丸焼きにしたりしていらしたらしいし、血は争えないんでしょう。」
「まったく恐ろしい一族だね、ジュステ…。」
ロメルさんは俺を決闘場の中央まで連れ出すと、振り返って剣を構えた。俺も同じように剣を構える。俺とロメルさんは他流派ではあるが、お互いの件を読み抜けるほどには手合いを重ねてきた。
「それじゃあ、やろうか。」
「はい、お願いします。」
ロメルさんはまず間合いを一気に詰めてくる。俺はいつもそれに合わせて一歩引いて攻撃を受け止めつつ距離を置きなおして相手の隙を伺う方法をとっていた。
今回もそのはず、と受け身をとったその時。
ガゴン、と音を立てて剣の鍔が地面にぶつかった。
手に残る柄を握りしめた時の感触と、まるで平手打ちでもされた時のように痛む指。剣を弾かれた反動で手首が揺れる感覚。首に当てられた金属の冷たさは、一体。
「勝負あったな、ユーゴ。」
ロメルさんが俺の首から剣を離して鞘に納めても、俺は目を見開いたまま微動だにできなかった。喋ろうにも、うまく言葉が出てこない。こんなに呆気なく負けたのは久しぶりだった。
「『なんでこうなったのか』という顔だな。納得がいかないか?」
「いえ、あの、」
「心配するな、君は十分に強い。もう君は家に帰りなさい、引き止めて悪かった。」
「ま、待って下さい!!」
失望されてしまった。一体なぜ、よりにもよってこの方の前で、こんなに呆気なく負けてしまうなんて!
「俺は、俺はまだできます!やらせて下さい、お願いします!」
「ユーゴ。」
凛とした、この世の全てを包むような空気をまとった彼は、誰がどうみても勇者その人だった。
「もう帰りなさい。」
俺はゆっくりと踵を返して家へ帰った。
家に着くまで、決して顔を上げることはできなかった。




