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頭がズキズキと痛む。
家での光景が脳裏に蘇り、結局どこに行ったってお前の居場所などないのだと脳内で別の僕が叫んだ。
「そんな、僕なんて。そのまま死なせてくれても、よかったのに…」
自分でも聞いたことがないほど投げやりで自嘲的な声が口から出た。
なけなしの空元気で乾いた笑いを零し女の子とそのお母さんをちらりと盗み見ると、顔を見合わせて何かを示し合わせているようだった。しかし二人とも一向に口を開かず、気まずい沈黙が流れた。
気を使ってくれている?
僕に気を使う人なんて今までいなかった。気遣われるってこんなに安心するんだ。
いやいや、何絆されかけてんの、僕。
この二人にあのことを話したところで、しょうがない。
この人たちは人が好すぎるだけの他人だ。そう頭では分かっているのに。
沈黙を破るように口をついて出た一言が今まで溜めていたものの堰を切った。止め処なく溢れてくる言葉には論理性もまとまりもない。次第に泣きじゃくりだした僕に、女の子は静かにハンカチを手渡してくれた。こんなに優しい人たちだ、僕だから助けてくれたわけじゃないのに、勝手に信じて期待して縋ってしまっている。こんな時も嘘をつけない不器用な僕は、バカみたいに正直にすべてを打ち明けた。
そして喋りきってから後悔した。
あーあ、だめな僕。あれだけ冬道を歩いても学習していないじゃないか。
なんてね、冗談です、なんて下手なごまかしを言おうとした瞬間、女の子が僕の頬をとらえた。
久々の人の感触にびっくりして固まっていると、今度はがしっと両肩をつかまれて近距離で目を合せられた。
「少年!」
「なっ、なに!?」
声の裏返ったのも無視して、彼女は僕をぎゅっと優しく抱きしめた。
人の体とはこんなにも柔く暖かかっただろうか、と場違いなことに思考が持っていかれる。
「こうするとね、胸の痛いのがすっと軽くなって、心があったかくなるんだよ。」
ああ、確かにそうかもしれない。
「…貴女は、僕が変な子だと思わないんですか。」
「思うよ。」
「なら…」
「でも、いいじゃん。他人と違っても。どんなに否定されても、後ろ指を指されても、」
「少年は、少年なんだから。」
その言葉を聞いた途端、止まった涙がまた自然とあふれてでた。
静かに、音もたてず僕は泣いた。さっきの、自分自身の傷をえぐる痛みに苦しむ涙とは違う。心の奥はじんわりあったかくて、こんな感覚は生まれて初めてだった。
いいのかな。素直になっても。
いいのかな。誰かに甘えても。
僕は僕のままでいて、いいのかな。
これまでの僕は大切な一人息子だから、何でも我慢してきた。
泣きたいときも、怒りたいときも、それを奥にこらえて完璧を演じた。
ミラン伯爵家の長男は、そうあるべきだと。
両親に求められるままの僕を、そのまま映すように生きてきた。
でも、今この瞬間、僕はミランのものではない。
一瞬でいい、家にいないこの瞬間だけは、僕を僕のものにさせて。
「…こに、いたいです」
ふと零れた言葉は床に転がっていった。だから、もう一度はっきりと言った。
「ここに、いたいです!」
こんなわがまま、親にだって言ったことない。
でも、せっかく見つけたあったかい場所を、手放したくなかったから。
今手放して、後悔したくなかったから。
ふたりは目を丸くして驚いていたけど、すぐに笑顔でもちろん、と答えてくれた。
「わたし、リリーっていうの!リリー・コロン、14歳!で、母さんはルシア!少年の名前は?」
そう言って僕は涙を拭い、差し伸べられた右手を取って立った。
もう未練はない、そうだよね?
「僕はニセト。ニセト・ミラン、です!」
「そう。ニセトくん、よろしくね!」
リリーはぱっと花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。
この晩、僕はこの宿屋の外ではニセタと名乗ろうと決めたのだった。
*
居間のソファーに倒れ込んで招待状を睨みつけていると、リリーがひょこっと視界に入ってくる。
「何見てんのー?」
「ちょっと、とらないでよ、一応大事な招待状なんだから。ルーカスさんとシルヴィアさんの結婚式やるから来てねーだって。」
「ああそっか、ニセトくんって一応お貴族サマだもんね」
「不本意だけどね。」
「行きたくないの?」
「だってあの両親と邂逅待ったなしなんだよ?気が進むわけがない…」
「かわいい服着れるのに」
「それとこれとは別なの!」
そりゃ、僕だって行きたいよ。両親さえいなければ。
「行けばいいと思うけどな〜」
「…なんで?」
「えーだってさ、ニセト髪も伸びたのにもったいないじゃん!せっかく一番良いドレス着れる機会なんだから行かなきゃ損だし、それにずっと関係が拗れたまんまでくすぶってるよりもう一回ちゃんと話し合ったほうがよくない?こう、感情じゃなくて頭で。ほら、ニセト頭良い?らしい?し。それで、もし分かり合えなかったら縁切っちゃえばいいじゃん!うん、そうしちゃおう!」
こいつ、僕が数年間悩んでたことをいとも簡単に言い放ったぞ…
そんな僕をよそにリリーはふふんと鼻を鳴らして言う。彼女の猫みたいな金眼がキラリと光った。
「だーいじょうぶだって!誰が何と言おうと、わたしと母さんはニセトくんの味方だからね!」
…そうだよな、今の僕には帰ってくる場所がある。
僕が気を使うのではなく、僕を気にかけてくれる相手がいる。
「そこまで言われたら、行くしかないか―」
と、招待状に承諾のサインをしかけてそこで突然通信魔術が入った。
時刻は21時を回ったころ。こんな時間に誰から。
もしや急用かと慌てて応答の呪文を唱える。
「はいもしもし、こちらニセタです」
『…もしもし、セネンです』
「セネンさん!お久しぶりです!何かあったんですか?」
『あ、うん、えっと、』
なんだか焦ったような声がする。あの冷静沈着なセネンさんが焦るなんて、まさか本当に緊急事態!?
恐る恐る次の言葉を待っていると何かの爆発音に続いて呆れたようなセネンさんの声が続く。
『ロベルト捕まえに来てる。合流して。』
「…はい?」
今日一低い声が出た。
いつもの2倍書きました。
なっがい(2500字←長いのか?)。




