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冬の62日、寒さも極まる早朝。
ボクはこの枢密院の前でソフィア嬢と額を突き合わせ、滾々と打ち合わせに興じていた。
議題はもちろん騎士団本部について…ではなく。
「やはりカリナが祝辞を述べたほうが良い、新郎の姉だし国民にカリナの顔を覚えてもらうにはよい機会だ。」
「いえ、それではカリナ様のご容態にも懸念があると思います!ここは新婦の妹である私にお任せを。」
「君に任せるのが不安だと遠回しに言っているのが伝わらないかい!?」
「何をおっしゃいます、我らが両陛下の晴れ舞台、この私が精一杯盛り上げさせていただきますわ!」
「だからそれが駄目だと言っているんだ!!」
思わず荒げたボクの声が静寂に包まれたジェペス邸に響く。
思ったより大きな声が出たことに僕自身が驚いて慌てて口に手を当て息をひそめた。
人の来る気配がないのを確認して密かに安堵したのも束の間、目の前では年上の動揺した姿が面白かったのかゆるゆるとソフィア嬢が笑っている。気まずいやら腹立たしいやら、視線を外した先にはジェペスが誇る庭が見えた。
豪奢な庭の一角に誂えられたこのバルコニーからは遠く眼下にバラの花園が見える。ここは春の終わりから夏の始まりにかけて色とりどりの花を咲かすことで有名で、見頃には王都に住む一般市民にも開放される公園になるとか。ジェペスの栄耀栄華が良くあらわされた場所だ。
ジェペスの一族は今回の一件で確かに信用を失っていたとしてもそれをを上回る実績と伝統、資産がある。ゆえにあの程度の傷でこの家を貶めるにはあまりにも惜しいのだ。実際、シルヴィア様は優秀な方でおられる。彼女の評価がその父の行いによって落ちるのは我々バエズ含めた国王派からしてみれば最も避けたいことであるのには違いない。
「ともかく、祝辞はボク。これで決定だ。貴族派にはまだジェペスの一派が多すぎる、君が自らを国王派と主張するのはあまりにまだリスクが大きい。」
ギャーギャーと反論するソフィア嬢もそっちのけでボクの思考は別の方向へと移った。
あの男、ロベルトは何を思って退いた?
あの夏の終わりからずっと引っかかって消えないわだかまりのような疑問だった。
ボクの推論の及ぶ範囲を整理しよう。まず彼はシルヴィア様とも関係が深く、差別を受けやすい自分が身を引くことにした。エマを自分の弟子と公表することで、平民であるエマも彼女から遠ざけることができる。シルヴィア様の周りから自分たちのように『欠点』と指摘されうるものがなくなったその瞬間こそ、国王夫妻の立場を盤石にし平民や騎士団、ギルド連合の皆を一気に国王派につけるチャンスだと。この機に国王派を大々的に売り込みつつ貴族派を枢密院から揺さぶるもよし。アデラ・バエズに任せておけば問題ない、と。彼の行動からここまでなら読み取れる。
しかしあれほどの度胸ある人物がこの程度の理由で身を引くのか。
騎士団に本部を作るなら軍師である彼の名は欠かせない。加えて彼の着火によりカリナが国政に大きく影響を与えられるようになってきている。
王姉にスポットライトが当たるも善し悪しだ。貴族派が国王派に対抗してカリナを権力者へと推す前に決定的証拠で完全に黙らせる必要が出てきてしまう。それがわからないロベルトではないはず。
晴れない気持ちで立ち上がり、考え込んでいたボクへ訝し気な視線を送るソフィア嬢に早い時間からの接待に簡潔に感謝しジェペス邸を発つ。
帰りの馬車の中、ボクはセネンへの依頼を意思伝達魔法で伝えたのだった。




