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「カリナ、起きているか?ボクだ、アデラ。入っていい?」
王宮のドアは重厚で中まで声が届きにくい。その逆もまた然り、カリナのただでさえ弱々しい声はよく耳を傾けないと聞こえない。
入室の許可をもらい、護衛騎士におおよその滞在時間を告げて部屋に入る。唯一無二の親友は今日は心なし元気そうだった。
「例の件?」
「あぁ。ずっと考えていたことがあるんだ。それを実行してよいものか、相談しに来た。」
「へえ?アデラが。」
「何、ボクが相談しに来たら変だと言うの?」
「ううん、そうじゃなくて。アデラのずっと考えてきたことで面白くないものなんてきっとないから。何がしたいの?」
カリナは軽く笑った。相変わらず青白い顔だが、以前に比べれば格段に明るくなった表情に少し安堵する。
「ずっと考えてたんだ。騎士団の頭脳、本部を作りたいって。」
「…それは、セールズのこと?」
「いずれはロベルトも加えたいけれど今はよしておいたほうが良いと考えている。あれは自由を愛する男だからね、こうやって組織に束縛されることはあまり好まないだろうし。でもその弟子、エマ・カリエドという子はなかなかの頭脳の持ち主だと思う。」
「カリエド?聞いたことのない名前なのだけれど、平民かしら。」
「うん。でも商人の娘だけあって頭のキレは良い。ボクや君、ロベルトが知識を蓄えた秀才ならば、彼女は機知を蓄えた天才だ。…確かに、貴族に比べれば受けてきた教育が違うから知識量は劣る。でも知識がないからこそ、ロベルトと共にあれば彼女はそれだけでこの国の頭脳に大いに貢献すると踏んだ。」
「そう。」
カリナは思案しているようだった。
平民の価値観に寛容になった現在でも未だ差別的風習は残ってしまっている。しかも今エマを保護しているのは闇魔法手のロベルト・セールズ。闇魔法手はただでさえ見た目から排斥を受けた歴史がある上、ロベルト自身『貴族裁判を起こしてなお侯爵の養子であり続ける名折れた平民の子』と専らの評判だ。
数世代前の世なら生きることさえ許されないような環境下の二人を国家機関の中枢に置くのは彼女には少し腰が重いだろうか。
カリナは嘆息して伏し目がちに俯いた。白く透き通った長いまつげが血の気のない頬に影を落とす。
「わたくしは、人を生まれで判断したくない。自分がそうしないように意識しています。しかし、その案に対して反対する意見はきっと多い。アデラもそれを見越しているでしょう?
まさかカリエドだけを本部のメンバーにする気はないはず。あなたはどのようにしてこれを枢密院とルーカスに認めさせる算段でいるの?」
「そう、だからこれはあくまでゴールだ。僕達が枢密院に介入するための口実でしかない。」
「どういうこと。」
ボクは人が払われていることを確認して声を潜めて話した。
「今度の枢密院総会議の場で、騎士団の面々から『本部を設置し闇魔法手と平民をその座に置きたい』と上奏するんだ。枢密院は常時議題に飢えた暇な奴らだ、こうすることでボクらは定期的に枢密院に呼ばれるようになるだろう。そこでギルド連合の件も巻き込んでめちゃくちゃにする。」
カリナは呆気にとられた顔をして、
そしてしばらくの間の後静かに頷いた。
*
「やはり、あの男は一度訪ねておくべきか…?一体、今はどこで何をしているのだか…。セネンに向かってもらうしかあるまい。」
誰もいない王宮の広い廊下に、ボクの独り言は響かず消えた。




