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湿っぽい空気を払うように口を開いたのは我らが騎士団長だった。
「まあ?確かにバエズ嬢に比べれば俺たちは家柄も経験も遥かに劣る。こと政治に関してはバエズ家は代々のスペシャリスト。任せておくよ。礼服のクリーニングだけ発注するか。」
「だから言ったろう、僕じゃ政治事には役に立てないと。僕は侯爵の生まれではあるけれども所詮はしがない次男。勇者号だってそこまで政治に影響があるものでもないさ。」
「それを言うなら俺はしがない平民の次男坊だけどな。」
ナバーロはそう言いながらサインした書類を机の端に放り投げると、ゆっくりと首を回した。首元からゴリゴリと人体からしてはいけなさそうな音が聞こえた。
「はぁ、一日中読んではサイン、読んではサイン。騎士団が国家機関になっちまったせいで事務仕事が山積みだ。まともに剣も握れない。」
彼の言葉に、そんなに時間がたっていただろうか、と自分も机の傍の窓を見る。
少しほこりをかぶったその窓は、疲れた目には眩しすぎる橙の西日を取り込んで僕の足元の床へそれを映していた。
そうだ、とアデラが軽やかな声で言った。
「時間もちょうどいい、そろそろ元気あふれる学生騎士たちが剣をふるいに来るぞ。残りの事務仕事はボクが請け負うから手合わせの時間としたらどうだ、ロメル。」
「いや、しかしいいのか?君も別に疲れていないわけじゃないだろう?」
「ボクはシエスタをとったばかりだから大丈夫だよ。この手の事務仕事は得意だしね。」
「行こう、オリバー。俺はもう腕がうずいて仕方ねえ。」
早くも愛剣を手に騎士団長室を出ていこうとする彼を僕は慌てて追いかけた。
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ロベルトによって振り分けられた3000名に加え後から入団した7000名、合計10000名はそれぞれ4つの小隊に振り分けられ、その隊の特性に合わせた個別の訓練が行われている。
第一小隊は中規模の人数から構成され、実践の場での遊撃を目的とする。融通を利かせられるよう短距離から長距離まで多くの戦法に通じた人材が配属されており、騎士団の中でも花形と認識されているようだ。
次に第二小隊。これはなかなか謎の立ち位置だ。若干名の闇属性を持った団員が配属されているが、所属員が小隊規模で訓練を行っているところは見たことがない。ロベルトはこの小隊をどのように使うのかさえ書いてはいなかったがなぜかアデラには通じたらしい。
第三小隊。特攻を専門とし、純粋に武力に長けた騎士が多い。最前線で戦うための過酷な訓練を受けており、攻撃は最大の防御と言うように彼らは実践においても勇猛な矛にも堅固な盾にもなるだろう。
第四小隊は最も多くの人数を擁するいわば本隊だ。騎士団に新たに加盟した者のうちの大多数はここに所属する。様々な武器に対応した個別の訓練を重ねそれぞれの長所を伸ばしつつ、全体の連携も損なわないのが要だ。
僕は第三小隊の長を務めている。ソフィア嬢やリタ嬢も一緒だが彼女たちはまだ学生で要職にはいささか早いので僕が一人で隊員を訓練している。学生の団員は学園が終わってから来るのでちょうど今頃着くだろう。
アデラから聞いた話から察するに、これから枢密院では大きな変動が起るのだろう。誰かが武に頼ったその時は我々がそれに対応しなくてはならない。
僕達は束の間の平和にあぐらをかいてはいられないのだ。漠然と抱いた危機感を置き去るように前を走る団長の背中を追った。




