SCENE2 覚悟 SIDE 国王夫妻:シルヴィア&ルーカス
思いがけない事件のあったパーティーのあと、わたくしはルーカス陛下との寝室で休養していた。正直、信じられないような、しかしずっと前から予測できていたような提案だった。
民はいつか立ち上がるだろう。父上の敷く政治は貴族に多大な利潤をもたらした一方で国の人口の99%を占める平民にそれまで以上の負担を強いた。ロメルも、ロベルトも、アデラも、そしてあそこにいたリタ・ジュストという手練れの女騎士も、きっと私たちより現実を見据えている。隣国ハークが平民を政治に参画させたことで予想を上回って国力を伸ばしている、その理由に気づいている。貴族だけが利潤を独占する政治のその先に起こることを分かって、そのうえで彼らの思う正義の道を進んでいる。
「シルヴィアは、良かったのですか?」
無力感に浸っているとふいにルーカス様に声を掛けられ、わたくしは内心少し焦りながら、しかし努めて冷静な声で返した。
「なにがです?」
「その、貴女の父上にもっと譲歩してよかったのではないかと思って。だって貴女は…」
あなたは、ジェペスの一族なのだから、と言いたいのだろう。
「わたくしは、そこに至るまでがどんな過程であろうと、もう王族の一員なのです。わたくしの決断はルーカス様の支柱となり、王族の意志の一部となります。」
幼き日より、わたくしは妃になるべくあるとあらゆる勉学を習得してきた。でもそれは決してルーカス陛下の積み上げてきたものには勝らない。それほどの研鑽を積まれてきた陛下にとって、ただ未成年だというだけで、己の権利を他者に踏みにじられ介入されることのどれほど屈辱的なことだろう。
ずっと隣で見てきた。私がこの人を支えるのだと。
たとえ理不尽に蔑ろにされようとも、若年の国王夫妻と見下されようとも、歪になるくらい抱え続けたこの想いが報われなくとも、私はこの人の。
「…私はあなたの味方でいるわ、ルーカス。」
―この人の、味方であり続けるのだと。
*
初めて会ったときは、なんてきれいな女の子なのだろう、と思った。
子供の5歳差は大きい。姉のように何もかも完璧な人に見えたものだった。
当時、僕には誰にも言えていなかった秘密があった。
僕は左目が生まれつき見えない。
右目は姉と同じ橙色で好きだが、左目はアオカビみたいな青緑色で、しかも何も写さない、仕事をしない役立たずで、この目が僕は大嫌いだった。
「あなた、右目はすごく燦燦とした橙色だけど左目は少し神秘的ね。まるで海みたいな色。」
ある日、シルヴィアが言った。
「海?」
「そう、海。知ってる?パルーマはね、海によって生かされているのよ。春になって町中の雪が解けると、白い帆船がたくさんの荷物を載せて深いエメラルド色の海に乗り出していくの。麦も織物も砂糖も海の向こう、遥か彼方遠くからやってくるのよ。」
彼女の薄紅の瞳が大きく見開かれ、遠くの未知なる世界を語る様は本当にきれいだと思った。
「ねえ、ルーカス。少しだけ見に行かない?」
「…」
「今はちょうど出港の季節なの。きっと綺麗な景色を見れるわ。」
「…ない」
「ん?」
「でも僕のこの目は、そんな景色は見られない。」
「どういうこと?」
「見えないんだ、左目だけ。」
ついに言ってしまった。
きっと気味悪がられると思った。
彼女は手を差し出して、僕の左目の上に重ねて、こう言った。
「右目は見えるの?」
「うん。」
「じゃあ、片目だけでも見ればいい。見えない分は、私がいつだって君のそばで見てあげる。」
驚きだった。
誰もが腫れ物を扱うように触れず、話題にもしなかった僕の左目に彼女はその存在価値をくれた。
社交辞令でも何でもない飾らない言葉が美しくて、まるで聖なるものを見たかのように照れくさくて、うつむいてなにも言えずにいた。なにか言ってしまったら、罰が当たるような気さえした。
そのあと、僕たちは二人でジェペス領内部にあるリューエット港に行った。船が僕の目の色をした雄大な海へゆっくりと出港していくのを見た。
この時、僕はやっとこの国の王になる決心がついた。このひとのそばで国を治めたい、この国を背負うのは僕でありたいと思った。初めて、未来への希望をしっかりとこの腕に抱えることができたのだ。