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「リタ嬢。取り返しのつかないことを恐れて手を抜くのは、後に自分が傷つかないようにするためでしかない。
君は強い。僕よりも強い。だから君は強者らしくその力を振りかざす権利があるのだ。後から泣くのも弔うのもそれは君の自由であり、良いところになる。
しかし今だけは、全力でぶつかってきてくれた兵に自分の最大限をもって応えたいと思ってみないか?」
言葉の端々には、ロメルさんの優しさと強さがにじみ出ている。
リタは徐に立ち上がるとロメルの隣でゆっくりと剣を構えた。
「そうそう、その調子だ。」
ロメルさんは気の良い笑顔で爽快に笑った。
僕は肩をすくめるしかなかった。
僕に出来なかったことを平然とやってのけてくれた。
流石としか、言いようがない。
「リタ、大丈夫?」
「…大丈夫。できる限り、やってみる。」
剣を持つ手はまだ少し震えているけれど、それでも覚悟を決めたような、そんな声色だった。
「行くぞ、リタ。僕もついていくから心配するな。」
そうロメルさんが呼びかけると、2人は敵陣の方へ走って消えていった。
僕はほっと安堵すると同時に、自身の無力さに胸が痛くなった。
僕はここでは何もできない。
足手まといになるだけだ。
襲い掛かってくる敵を交わしながらなんとか隠れ場所を探す。
防御魔術を得意にしておいてよかった、結界を張っておけば剣で切られることも矢に貫かれることもない。
木に登って上から戦場を見下ろしていると、途端に虚しくなってきた。
どんなに鼓舞するようなことを言っても、僕はリタを動かせなかったことが。
戦いに加わるほどの力量が無かったことが。
革命にも発展しうるこの記念すべき戦場で、僕は無力だということが。
味方が、敵が殺されるのを黙って見るしかないということが。
遠くで火の手が上がった。
炎の持続時間が長いから攻撃魔術じゃない。
きっとリタの火魔法だ。
よかった、実力を出せているんだ。
今の状況を詳しく確認するためにも飛行魔術で飛んでいきたいところだが、飛ぶためにはどうしても進行方向を固定するために棒状のものが必要になる。まだ落下の時のMP消費が影響していて防御魔術を保つのにも精一杯な今、枝を折っても加工している間に殺されてしまう可能性が高い。
ロベルトさんはいったいどんな気持ちで指揮を執っているのだろう、とふと思う。
僕よりも弱いあの人が戦場に立つことは後にも先にもないだろう。それでも最前線に気を回して軍略を練ることのいかに困難なことか。
彼は、ふざけてはいても、自分の命令と用兵一つに何千もの命の責任を背負う重大さのわからない人ではない。
自分もあの崖上で待機しながら囮軍が身を粉にして戦う様を山頂からみていた。
勢力差は7倍を超える。マルティンさんのような学園の秀才の集団でも、さすがに余裕の戦いじゃなかったはず。
僕の今見ているこの光景の何倍もの規模の人々が殺し合っているのを、ロベルトさんはどんな気持ちで見ていたのだろうか。
リタとロメルさんが率いる僕たちの軍はまるで一本の矢のように敵陣の真ん中へ進んでいた。味方の状況が把握しやすいほど有利になる奇襲戦で、少人数で団結力の強い今の僕たちはセルピエンテを討ち取るに足るコンディションにある。しかも敵は、きっと崖からの奇襲を想像してはいなかったのだろう。それも僕たちに味方した。
地上戦から白み始めた空が、直に日が昇ることを指し示していた。
日が昇ってしまったら視界が明瞭になり、暗闇だからこそできていた目晦ましはできなくなってしまう。
―お願い、どうか。僕たちに勝利を。
僕は願うしかなかった。




