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僕は辺りを見回した。
敵兵が衝突をはじめ、あたりがだんだん金属と金属のぶつかり合う音で騒がしくなる。
そのなかで僕は少し違和感を覚えた。
リタの様子がおかしい。
別に、どこか変というわけじゃない。
ふらついているわけでも、剣筋が乱れているわけでもない。
でも見逃せない違和感。
陽が登る前の暗闇の中、リタが敵兵を倒していく様子を注意深く見て、違和感は焦燥に変わった。
リタは、攻撃はしても明らかにわざと誰一人として殺さない。殺すのをためらうように、殺したかのように見せかけた峰打ちで敵をなぎ倒しているだけなのだ。
…故意に、人を殺していないというのか?
そうか、彼女ならそんなこともできるのか、と思っている場合でもない。
もし彼女が殺せないなら、それはまずいのだ。
この百人の中で、彼女ほどセルピエンテの首を取るにふさわしい人はいない。
やっと皆ここまで来たのに。ついに民が脚光を浴びる時代が来ようとしているのに。
リタが、その張本人であるこの子が、腑抜けてるんじゃ話にならないじゃないか…!
戦場にいる他の皆は目の前の敵を倒すのに精一杯。自由に動けるのは僕だけ。
そうだ、僕が、なんとかしないと…!
僕は力いっぱいに拳を握って叫んだ。
「リター!一旦ストーーップ!!」
僕の声は木霊して戦場中に響いた。
彼女に狙いを定め、思い切り勢いをつけた体当たりで自分ごと敵の少ない場所に吹っ飛ばす。
先程までリタと相対していた敵はぽかんと呆けていた。
吹っ飛ばされたリタがむくりと起き上がり、不服そうに口を開く。
「ちょ、ニセタ、何して…」
「何やってんのは君のほうでしょ!!」
ぱん、と軽い衝撃音が響いた。右の掌が痛い。彼女の頬が赤みを帯びている。
…平手を打ったのか、僕が。
普段なら絶対にしないことだ、体当たりだって。
それでも、冷静にはなれなかった。
大きな感情が『僕』を僕に戻した。
「なんで誰ひとりとして殺さないの!?殺さなきゃ殺されるのは僕達なんだよ!そんなんじゃセルピエンテの首なんて取れない!君がやらなくて誰がやるの!しっかりしなさい!!」
リタは僅かに戦慄すると俯いてしまった。その表情にはっと冷静になり直ちに後悔する。
僕は言いすぎてしまっただろうか。彼女の気に障った?
でも、ここでもし僕が引けば、皆の今までの努力が全部無駄になってしまう。
何かにおびえるように震えの止まらない彼女に治癒を掛けようとも思ったが、さっきの大技でMPはほとんど使い切ってしまったから高度魔法である精神治癒は使えそうにない。
このまま口で言うしかないか。
僕は努めて冷静に優しく言った。
「君にどんなことがあってどんなことを考えてるか知らないけどさ。みんなここまで頑張ってきたの。繋いできたの。今この場所で最後の決着を、勝敗を決めるのは君だ。ここで勝たなきゃ騎士団は一巻の終わりなんだよ。…ロベルトさんも、君にならできるって思ったからこの仕事を任せた、託した。違う?」
「でも、それでも、違うの、あたし、あたしはっ…!」
リタはまるで自分自身を否定するように首を振った。
俯き顔も上げずすすり泣く彼女の手から愛刀がずり落ちる。
その瞬間、リタの背後に黒い影が見えた。
「っリタ、後ろ!」
だめだ、間に合わない…!
僕はぎゅっと目をつむった。
神様がいるなら縋りたい。
お願い、誰か―。




