SCENE7 そして日は昇る SIDE 騎士団長:デセオ
ロベルトの思惑は分かったような気がする。
おそらく俺は予防線として抜擢された。
ロベルトはこの前の茶会での一件のあと俺に声をかけてきた。
第一印象は胡散臭い奴。へらへらと笑う態度が能天気に見えて多少イラっとした。
が、それ以上に彼の国家転覆の野望は俺を彼の味方へ誘導するには十分魅力的なものだった。俺はカリナ王女の専属護衛に当たる近衛騎士でこの世代の中では一番権力と実力が担保されている。つまり俺が一枚噛んだものにはたとえ現国王なれども確たる証拠なしには糾弾できない。この点において、俺はこの騎士団という組織の防波堤になりうる。しかも平民出身でこの団を率いるのにふさわしいと感じたのだろう。思いかけない大抜擢だった。
しかしここでロベルト本人が騎士団の団長にならないのは、些か不可解とも言える。彼に宮廷内での力が無さ過ぎただけなのか、あるいは。
…いや、本人が分からせようとしないことを俺が詮索して憶測するのも筋違いだな。
とにかく俺はアイツの言う通りにこの任務を全うし、この戦に勝って一気にカーストを駆け上る使命がある。そのためならどんな突飛な案にも載ってやるさ。
*
俺はそこら辺のどうってことない平民の家に生まれた。冒険者の一端だった父親は俺や兄貴が生まれる前から国中を駆け回っており、ダンジョンがない日は俺達に稽古をつけてくれていた。
大好きで、ずっと俺たちのことを見守ってくれると信じていた。
それは兄貴の三回目、俺にとっては初めてのダンジョンだった。
パーティーで罠にかかり父親がCランク魔獣に食われ死んだのは。
俺達は黙ってみていることしかできなかった。いや、させてもらえなかった。
魔獣の中に吸い込まれた父親は、俺達の最初の師匠は、葬式さえあげられることなく屠られたのだった。
それから、俺と兄貴は死ぬ気で剣の鍛錬をした。薪を集めに山へ入ったら、そこで木刀を作ってお互いを打ち合った。苦しかったけれど楽しかった。父を失った悲しみもすぐに薄れていくと思っていた。そのうち、俺達の腕を見初めたある剣士が、街の衛兵隊に俺たちを入れて稽古をつけてくれると言った。
久しぶりの稽古で、稽古をつけてもらう前日は興奮で兄弟ともども眠れなかった。
しかしやがて。稽古をつけてもらうにつれて、俺は違和感をおぼえ始めていた。
俺の方が優遇されているんじゃないか、と。
その理由が何だったのかわからない。俺と兄貴はいつも一緒でお互いのどちらかが何かに優れている、っていうのもあまりなかった。でも待遇の差は明らかだった。下積みが重視される騎士の世界で、俺の方が速く剣を握らせてもらい、俺の方が速く手合いを申し込まれた。兄貴もあんなに努力しているのに。なぜ俺だけがいい扱いを受けているのか心底わからなかったのだ。
だから俺は気づかないふりをした。剣士のえこひいきも、同僚からの俺の才能を称賛する声も、…大好きだった兄から向けられた憎悪まじりの嫉妬も。
それはある寒い初冬の夜だった。いつも通り衛兵として街の見回りを終え、自分と兄二人の宿舎の部屋に帰ってきたら、兄貴がそこで死んでいた。
夥しい量の血が部屋の床に赤い血だまりをつくり、その真ん中で兄は自分の胸を短刀で突き刺したまま仰向けに寝ていた。
なにも感じなかった。涙も出なかった。どこから間違えたのかさえ俺にはわからなかった。なんでこうなった、どうしたらよかったのか、言いたい言葉はあるはずなのに浮かんでくるそのどれもが俺の後悔を表すには軽すぎてただむしゃくしゃした。
机の上に残された手紙には俺に嫉妬してしまったことへの謝罪と、共に母へ孝行できないのが残念だという文言だけが、まるでテンプレートのように淡々と記されていた。
父に続いて兄まで失った俺や母はもう何もかもすべてに疲れていた。
そんな折、俺の衛兵としての業績が評価されたとかで俺は王都の近衛兵になるよう辞令が出された。
兄貴が死んだ次の春には俺はもう故郷にさえいなかったのだ。
そこから先のことはよく覚えていない。気が付いたら俺は王女付きの近衛騎士になっていた。たくさんの人に称えられて分かったことがある。俺はどうやら天才らしい。才能がある、筋力が付きやすい、などと散々周りに言われたが、その才能とやらが俺から兄貴を奪ったのかと考えると、俺は途方もない暗闇に一人取り残されて、そこで一人醜くのたうちまわっているように感じた。
そんなに才能が欲しいならくれてやるから俺の兄貴を返してほしいと思った。近衛の連中は何も関係ないのにいつか誰かに当たりたくなってしまうのではないかと不安になっては、ただひたすらに剣を振るって気を紛らわせた。
ロベルトに声を掛けられてから何度も思っていたことがある。もし俺と兄貴が反対だったら、騎士団長になっていたのは俺ではなく兄貴だったのではないかと。兄貴は努力家でよく気の利く天性の善人だった。
わがまま放題で両親を怒らせてばかりだった俺をかばってくれたのは兄貴だった。『俺がちゃんと見ていなかったのが悪かったから、デセオは悪くない。』と言って両親をたしなめてくれていた。きっと彼の方がいい長になっただろう。俺は兄貴から奪い取ってしまったのだ。もし兄貴も近衛にいたのならロベルトが声をかけていたのは確実に彼だったはずなのに、この記念すべき平民が立ち上がった象徴たる騎士団の長に選ばれる名誉を取りのがしてしまったのだ。俺のせいだ。
―俺は、兄貴の代わりなんだ。




